エネルギー事情や安全保障体制が異なるドイツと同じ道は歩めない 櫻井よしこ
エネルギー事情や安全保障体制が異なるドイツと同じ道は歩めない
櫻井よしこ
7月13日夕方、菅直人首相は官邸で記者会見を行い、「原発に依存しない社会を目指す段階に来た」と語った。だが、首相の言葉は少なくとも2つの点でうつろである。
まず、これまでの首相提言同様、具体的中身に欠ける。震災の復興も満足に指揮出来ない首相が、将来のエネルギー戦略の大転換を打ち上げるのは勘違いもはなはだしく、不遜である。第一、首相は近々辞める人ではないのか。
次に、原発すなわち原子力研究の国家的意味合いをまったく踏まえていないことである。原発および核について今世界には、二つの大きな流れがある。ドイツやイタリアなどEU諸国の脱原発の流れと、核不拡散条約(NPT)体制にもかかわらず核保有を強め、あるいは新たに核を開発しようというパキスタン、インド、北朝鮮、イラン、イスラエルなどの流れである。
原子力技術は原発など原子力平和利用と政治的、軍事的武器としての核兵器開発の二つの側面を持つ。両側面はすべて基本の部分で通じており、表裏一体である。原発で原子力平和利用の技術を向上させることが、核技術の向上に連動するのは明らかで、原発がエネルギーと安全保障の両面で国防力の基本を構成しているのである。
ドイツを筆頭に、いくつかのEUの国々が脱原発を唱えることが出来るのは、不足のエネルギーを原発大国フランスから購入する政治的、経済的体制が出来上がっているからだ。自国内の原発は許さないが、他国の原発に依存することは構わないという価値観がEUでは許容されているのだ。
国防上欠かせない核戦力についてはどうか。ドイツは原発放棄で核開発も放棄したことになる。かといって核の脅威に対する備えを諦めたわけではない。北大西洋条約機構(NATO)の一員としてフランスや英国、さらに米国の核に守られているからだ。
加えて、21世紀の紛争の海はもはや大西洋ではない。第三次世界大戦はロシアの脅威から起きるのではなく、21世紀の争いの海は中国が支配権確立を目指す西太平洋とインド洋であるというのが、国際社会の一致した分析である。
ドイツと日本を取り巻く状況はあまりにも異なる。わが国には不足の電力を輸出してくれる陸続きの国は存在しない。わが国周辺には、世界制覇の野望に燃える中国が存在する。中国の手助けですでに100発以上の核兵器を保有すると見られるパキスタン、中国の黙認の下、ミサイル技術を輸出し、核の増産に励む北朝鮮が存在する。中国、北朝鮮、パキスタンの連携で、第三世界に核とミサイルが拡散しつつあり、前述のように人類が今世紀体験する安全保障の大問題は、わが国周辺海域で発生すると見られている。
中国海軍のただならぬ動きを誰よりもよく知っているのが菅首相のはずだ。中国海軍はこの6月、じつに6度にわたって南シナ海で軍事演習を実施した。軍の機関紙、「解放軍報」は6月14日、南シナ海を「古来、自国領」と主張し、南シナ海問題が発生したのは、「関係する国々が身分不相応に、同海域の石油・天然ガス資源を求めたことが原因である」と解説した。中国政府はすでに「中国の海」の防衛のため、周辺海域の監視要員を現行の9,000人から1万5,000人に、航空機を9機から16機に、監視船を260隻から520隻以上に増やすと決めた。
去る3月に発表された中国の「国防白書」はこれからの10年間を「中国の重要な戦略的チャンスの時期」と定義し、富国強兵政策の推進を強調した。
周辺状況を見れば、菅民主党が原発離れを加速させ、エネルギー戦略も国防戦略もない丸裸の国家になっていくことの危うさに背中が寒くなる。日本の取るべき道は再び事故を起こさない世界一の原発技術を開発し、それを安全保障の基盤につなげることだ。
『週刊ダイヤモンド』 2011年7月23日号
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