公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.10.07 (金)

すぐに中国宇宙軍の時代が来る 平松茂雄

 

すぐに中国宇宙軍の時代が来る

中国軍事専門家・平松茂雄  

  

 中国が、初の宇宙ステーション建設に向けた無人実験機、「天宮1号」の打ち上げに成功した。

 ≪宇宙ステーションが拠点に≫

 宇宙ステーションは、2020年の建設を目指して計画が進んでいる。「天宮1号」はそのひな型で、今後、3回打ち上げられる宇宙船とのドッキング技術を確立する目的だとされる。13年には、中国初の女性宇宙飛行士が「天宮1号」に移動し、宇宙での植物成長の観察など各種科学実験を実施する予定だという。中国はこれまでも宇宙での各種種子・苗の育成を実験している。宇宙には鉱物、太陽エネルギーなどの資源が無尽蔵にあるから、新素材の開発・加工・製造なども行われるだろう。

 だが、今回の打ち上げには、宇宙ステーションの軍事利用という重大な意図も込められていることを見落としてはならない。宇宙ステーションは単なる科学実験室ではなく、宇宙軍が行動する舞台の一つにもなるとみるべきである。

 1980年代中葉のことだ。中国軍内で「国防発展戦略」と呼ばれる高度な戦略論が戦わされた。中国軍では当時、85年から3年間にわたりトウ小平が断行した「百万人の兵員削減」を機に、全面的な改革・再編成が進行していた。この戦略論議は、それに伴う軍の新しいあり方を検討したものだ。中に次のようなくだりがあった。

 将来の戦争は「地上での争奪を目的とした平面戦争」から、「空間の争奪を目的とした立体戦争」へと発展し、その「空間の争奪」の一つの焦点が宇宙空間であり、「宇宙空間で優勢になった者が空間争奪戦を優位に展開することになる」。「空間争奪」という観点から、「今後の陸軍、海軍、空軍は一体運用されるようになり」、今後の武装部隊は、大気圏外における単独の「宇宙軍」と、大気圏内で高度に統合化された「陸海空軍」に二分されるようになる。

 中国軍が、それまでの前近代的な軍隊からようやく近代的な軍隊に転換しようとしていた時期に早くも、宇宙ステーションを軍事拠点にすることを前提にしたような宇宙軍の創設構想を論じていたことは、長らく中国軍を観察してきた筆者にとっても衝撃だった。

 ≪すでに20年以上前からの着想≫

 当時、わが国では全く話題にもならず、防衛庁や自衛隊内で筆者が口にしても笑い飛ばされるのがおちだった。だが、これは中国軍の全面的で大胆な変革への烽火(のろし)にほかならなかったとみていい。

 それから20年余、中国はその方向へ着実に発展している。99年11月に、無人宇宙船「神舟1号」を打ち上げて回収し、以後、2001年1月、 02年3月、同12月と、立て続けに打ち上げ・回収を成し遂げた。これを受けて、03年10月には有人宇宙船「神舟5号」を打ち上げて回収し、05年10 月、08年9月と計3回打ち上げ・回収を重ねている。今回の「天宮1号」は20年までに打ち上げ予定の「神舟8号」、9号、10号と、それぞれドッキングして、宇宙基地を建設する計画だ。そこに宇宙軍が駐屯する可能性は排除できない。

 宇宙船は1日に十数回地球を周回でき、搭載された高感度カメラで、米国、日本、台湾などの軍事施設に対する精密な偵察情報を収集できる。しかも、搭乗する飛行士を通して情報通信できるから、地上に対する指揮命令の伝達、コントロールも可能になるという事態を想定しておいた方がいい。

 他方、中国はレーザー兵器で米軍事衛星を攻撃して無力化することを意図して数回にわたり実験したものの、予期した成果を上げなかったようで、数年前にはミサイルで自国衛星を破壊する実験を行い、衛星の無数の破片を宇宙空間に飛散させる危険な行為である、と国際的非難を浴びた。有事には米偵察衛星を破壊して、米国の軍事力を無力化することを目的とした実験だったのは間違いない。

 ≪宇宙空間に米国の弱点見出す≫

 中国がこのように宇宙を軍事利用しようとしているのは、米国と戦って負けないためには何が必要かとの発想を起点としている。

 中国は、米国に対してがっぷり四つの戦いを挑むことなど考えてはいない。どうすれば、米国の弱点を突いて打ち破ることができるか日夜、懸命に考え抜いている。たどり着いた結論のひとつが、米軍事力は宇宙経由の情報や指示によって動いているから、軍事衛星を破壊すれば機能不全になる、という考え方だったのであろう。

 中国軍に宇宙兵器が装備され、関連した技術を有する軍人・専門家から成る宇宙軍が創設され、宇宙に軍事拠点が築かれて、中国がそれを足がかりに動く日は、それほど遠い将来のことではない。

 わが国も、宇宙開発には多額の国民の血税を注ぎ込んでいるわけだから、中国が宇宙を軍事利用する近未来への備えを、例えば米国などと共同で検討し始めるときに来ているのではないだろうか。

 中国が台頭し進出するに連れ、わが国の安全保障を支えてくれている米軍のアジア・太平洋地域での存在は、相対的には低下してくるという長期的傾向に、わが国は正面から向き合う必要がある。(ひらまつ しげお)