公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.12.09 (金)

国益実現への人事を 櫻井よしこ

国益実現への人事を

 櫻井よしこ  

 首相の責任のひとつは政権維持のための人事ではなく、国益を守るための人事を行うことだ。

 日本周辺の国際政治と安全保障の枠組みは、中国の台頭を引き金とする歴史的な変動の真っただ中にある。とりわけ日本は対中関係で深刻な局面に立ち続けて久しい。

 だからこそ、いま、中国に正しく物を言える人物を国防の要に据え、周辺情勢の大変動を乗り切るために、安全保障・外交の基本を固めうる人事が必要である。

 現防衛相はその任に耐えうるか。防衛大学校長内定者は真に日本の国防についての見識を備えているか。厳しく問うものである。

 米国のオバマ大統領が就任3年目で明確に実行に移したアジア・太平洋回帰路線は、中国の本質を理解したうえで打ち出された正攻法である。11月17日に豪州キャンベラで、また18日にインドネシアのバリ島で行った演説は、ユーラシア、アジア、太平洋が地殻変動の真っただ中にあることを示している。

 豪州議会での演説はイラク、アフガンの2つの戦争を終結させて、米国は太平洋国家としてアジア・太平洋に過去も未来もコミットすること、同地域では国際法の遵守、航行の自由、問題の平和的解決が担保されなければならないとの内容だった。「熟慮と戦略」の末に生まれた厳しいつぶてが中国に次々に投げつけられたに等しい。

 大統領の言葉はダーウィンの豪州軍の基地への米海兵隊、及び編成を強化された米空軍の配備によって明確に裏づけられている。

 次に訪れたバリ島では大統領はミャンマーについて率直に語った。ホワイトハウス高官による説明では、大統領はエアフォースワンからの電話でアウン・サン・スー・チー氏と約20分間、オバマ家の愛犬ボーに話題が及ぶなど、うち解けて語り合った。大統領はスー・チー氏の「政治に関する深い洞察と人間的な温かさに打たれた」そうだ。

 11月30日から3日間ミャンマーを訪れたクリントン国務長官も、長年の軟禁を経て自由の身となったスー・チー氏と接して、「信じ難いほど熱い喜びの想いに満たされた」と語っている。

 国務長官就任直後の2009年からミャンマー政策を再検討してきたという長官は、ミャンマーが、中国が行ってきた巨大なミッソンダム建設計画を一方的に中止したことを好機とみて、接近政策に踏み切った。

 両国の歴史的な接近はミャンマーの民主化を促し、中国をも民主化に追い込むアジア・太平洋の地殻変動のマグマとなる可能性がある。

 守るべき価値観を正面に据えて中国に相対する外交姿勢は、従来のオバマ外交からの大転換といえる。

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 オバマ政権の1年目はG2(米中二大国)という言葉に象徴されるように、中国への思い入れが強く、米国は台湾やチベット問題で中国の立場を容認した。

 2年目の去年、「米国は太平洋国家」、「南シナ海の航行の自由は米国の国益」など表明したが、必ずしも行動が伴わなかった。

 だが、3年目の今年11月、米国は太平洋国家であることを実際の行動で示し始めた。前述の豪州への米軍配備、インドネシアへの最新戦闘機 F16C/Dの売却、フィリピン、ベトナム、インドなどとの合同軍事訓練などが米国の決意が本物であることを示している。

 中国の変化も明らかだ。南シナ海及び東シナ海での横暴な振る舞いが米国のアジア・太平洋地域への回帰を促し、ASEAN諸国が米国のコミットを歓迎する構図が生まれ、中国の長年の盟友、ミャンマーには楔(くさび)が打ち込まれた。

 中国共産党機関紙「人民日報」傘下の国際情報紙「環球時報」は12月2日、「米国のアジア回帰はとりわけ中国を狙った戦略」だと断じ、「米国の援助は往々にして武力と厳しい政治的警告の形でもたらされる」「米国の援助は当該国にとっては無意味で為にならない」とこきおろした。「対照的に中国の海外援助はインフラ整備と福祉のためにある」「諸国の痛みを解消し、長期に継続する解決策をもたらす」と我田引水の論を展開した。米国への強い非難が中国の激しい動揺を示している。

 アジアの4つの共産主義国、中国、北朝鮮、ベトナム、ミャンマーの内、後者の2カ国が米国と関係改善を果たした事実は、中国にとって大きな脅威だ。ミャンマーの民主化が本物となって広まれば、チベットやウイグルにとっては、独立を視野に入れることの出来る歴史的転換となる。中国にとっては耐え難いことであろう。

 だが、民主化の影響がすでにロシアにも及んだことは、4日の下院選挙でプーチン氏らの統一ロシアが大幅に議席を減らしたことにも明らかだ。民主主義と自由への人間の渇望は決して抑圧しえない。民主化運動を助ける情報通信手段の発達は、如何(いか)なる権力者にも止めることは出来ない。

 中東からユーラシア、アジア、太平洋地域へと広がる自由への憧れのうねりを、オバマ政権はとらえたのだ。そしていま、歴史的な変革が起きつつあるのだ。

 日本の大きなチャンスである。民主化を望む諸国が渇望する資質はすべて日本の価値基盤でもある。中国に同じ価値観を浸透させていくことが日中双方の国民の幸福である。野田民主党政権はいまこそ大いに発言し、行動すべきだ。最高の人事権者である野田首相にはこうした世界の大きな動きに対応出来る人事をこそ、行ってほしい。

12月8日付産経新聞朝刊「野田首相に申す」