公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.12.10 (土)

中国に「投資反動不況」の予兆が 渡辺利夫

中国に「投資反動不況」の予兆が

 拓殖大学総長・学長 渡辺利夫 

 中国は東アジア諸国の最大の貿易相手国であり、アジア太平洋の先進国、新興国による最大の投資対象国である。2008年秋のリーマンショックを受け、各国経済が落ち込む中で、いち早くV字型成長を遂げ世界経済を牽引(けんいん)したのも中国であった。

 米国経済が低迷し、EU(欧州連合)の金融危機が闇の中に引きずり込まれるような不気味な様相を呈しつつある。日本もまた平成不況という長期停滞から脱する気配がない。超円高と電力需給逼迫(ひっぱく)という新たな要因が加わって、先行きはまことに不鮮明である。

 ≪高度成長、持続性に懸念あり≫

 やはり光明は中国なのか。しかし、中国経済の成長持続性に懸念はないのか。高成長の過程で蓄積された負の要因に足を捕られて、中国経済に急ブレーキがかかる危険性はないか。

 中国の成長方式の特徴は、外需においては輸出依存、内需においては投資依存が際立って高く、家計消費が一貫して低迷してきたことにある。輸出・投資依存型の経済成長である。

 日本を含む東アジアの国々から中間財を輸入し、これを組立加工した最終財を欧米に向け輸出するという加工貿易が中国の成長を支えてきた。しかし、高い輸出依存度は欧米との貿易摩擦を頻発させ、何よりリーマンショック後の欧米経済の低迷により従来以上の輸出依存は難しい。

 すでに高い投資依存度をさらに引き上げれば、投資効率の低下は避けられない。投資は投資のみでは自己完結しない。投資は家計消費と結びついて循環が一巡する。しかし家計消費が盛り上がる気配は一向にみえない。中国の深い悩みがここにある。

 ≪中南米をも凌ぐ分配不平等度≫

 家計消費が上向かないのは、所得分配が不平等だからである。消費性向の高い貧困層に所得が薄くしか分配されていないために家計消費が伸びないのである。胡錦濤-温家宝体制は「和諧社会」(調和的社会)をスローガンとして出発したものの、この10年間に所得分配は地域間、都市農村間、都市内部のいずれでみても不平等化した。この間の中国の国内総生産(GDP)統計を検討してみると、利潤率や税収率は上昇する一方、「労働報酬比率」(労働分配率)は明らかに下降してきた。「ボリュームゾーン」と呼ばれる中間階層市場が拡大していることは一面の事実である。しかし、中国の分配不平等度は世界で最も高いラテンアメリカをも上回るほどになってしまった。

 中国は圧倒的な投資依存経済である。誰がこの投資を担っているのか。2つの主体が注目される。1つは、国有企業である。市場経済化の下で私営企業の進展が顕著であり、事業所数、生産額、就業者数における国有企業のシェア低下傾向が明らかである一方、利潤シェアのみは上昇している。加えて、残された国有企業は100社台に絞り込まれ、石油、通信、銀行、電力、化学、自動車などの基幹部門において独占、寡占的支配を強めている。

 国有企業の戦略的再編は江沢民-朱鎔基体制下で開始され、胡-温体制下で完成の域に至らんとしている。10年の統計によれば、「央企」と称されるわずか130社の中央政府管轄企業が国有企業の営業収入の55%、利潤総額の57%、上納税額の61%を占める。

 『フォーチュン』誌の世界売上高上位企業調査によれば、中国石油化工集団公司(SINOPEC)、中国石油天然気集団公司(CNPC)、国家電網公司の3つが上位10社に名を連ねる。リーマンショック後の空前の規模の財政出動、金融緩和が利したのは、誰あろう「央企」であった。「央企」には多様な優遇条件が与えられ強い投資衝動が充満している。中国の発展が後発国のモデルとされるのは、この「ステートキャピタリズム」(国家資本主義)のありようである。

 ≪国有企業、地方政府注ぎ込む≫

 もう1つ注目されるのは、地方政府である。産業振興、インフラ建設、都市開発などにおける省・市・県レベルの投資衝動は際立って強い。地方政府は、所有権の曖昧な土地を安価な補償費で農民から買い上げ開発区に仕立てて入札を行い、内外資を導入して厖大な土地譲渡収入を掌中にし、これを原資として投資欲望を満たしている。地方政府の土地譲渡収入は地方政府収入の実に5割を超える。国家財政収入との対比では33%に相当する。土地譲渡収入は予算に組み込まれることのない「予算外収入」であり、地方政府の自由裁量によって自在に使用できる投資資金である。

 中国の投資依存経済は、1つには独占、寡占的な国有企業の、もう1つには地方政府の止(とど)まることを知らない投資衝動の帰結である。所得再分配政策や社会保障のための制度設計がなお未熟な状態にありながら進む投資率の著しい上昇は、やがて投資反動不況を呼び起こして中国経済をダウンスイングさせる危険な予兆なのであろうと私はみている。(わたなべ としお)

12月9日付産経新聞朝刊「正論」