現状墨守に弔鐘鳴らす「大阪都」 屋山太郎
現状墨守に弔鐘鳴らす「大阪都」
評論家・屋山太郎
橋下徹氏率いる「大阪維新の会」は、大阪府知事、大阪市長のダブル選挙で圧勝し、「大阪都」構想の実現に向けて動き出した。野田佳彦首相も、「大阪都」を政権検討課題として取り上げざるを得なくなった。首相の諮問機関である「地方制度調査会」でも、審議を始める方針だという。
≪二元・二重行政に「ノー」≫
橋下氏は市長選で民主、自民、共産の3党が推す統一候補に20万票差を付けぶっちぎりで勝った。大阪市民は既成政党に強烈な「ノー」を突き付けたのである。
2008年1月に橋下氏は府知事に当選し、大赤字を抱えた府財政の再建に取りかかった。28余のハコモノを潰し、職員の給与ばかりか退職金もカットし、健全化への目途を付けた。この過程で、橋下氏は府と市に大学や浄水場がダブって設置され、余剰人員を抱えていることを指摘し、二元・二重行政の問題をあぶり出した。橋下氏は、市長が260万人を一体として統治する行政のあり方に疑問を投げかけた。
大阪市には24の行政区があるが、東京都の23区のように独自に住民サービスをする権限がない。これに対し、平松邦夫市長は大阪都構想は「大阪市をバラバラにするものだ」として反対した。
しかし、大阪都構想は、大阪府内の行政サービスを担う43の市町村と同様の権限を大阪24区にも与えるというものである。行政サービスは目の届く範囲の基礎自治体で行うのがベストで、都知事は各自治体の特色を有機的に結び付けて成長戦略を図る役割を負うべきだとの考え方だ。この結果、「国際戦略総合特区制度」が立法化された。東京都の石原慎太郎知事は当初、「都は東京だけだ」と憤ったが、橋下氏の構想を知って、強く支持するようになった。
≪都構想は明治来の体制変える≫
基礎自治体とそれを統轄する都・府・県という考え方を突き詰めていくと、国の直轄事業などは断るという立場に行き着く。橋下氏は府知事当選後、国の直轄事業負担金について、「ボッタクリバーだ」と支払いを拒否し、負担金制度を廃止寸前に追い込んだ。
これは、国・地方が直結した明治以来の国家システムを切り替えることを意味する。これまで地方分権は何十年も叫ばれながら、全く進まなかった。中央の官僚組織が現状墨守を決め込んだからだ。しかし、大阪都構想を推し進め、地方自治法改正にまで持ち込めば、国の出先機関の廃止にもつながる可能性がある。
橋下氏は、「行政部門が政治をやっている」と、府職員の“出過ぎ”を厳しく抑えた。「行政部門は選ばれた政治家の言うことを聞くべきだ」と述べ続けている。市長当選直後にも、「選ばれた私の言うことを聞かない職員には辞めてもらいます」と言い放った。これは、当然、中央官僚にも言えることで、国家公務員は政治家である首相、閣僚の方針をいかにうまく執行するかが本務である。
橋下氏が提起している「職員基本条例案」は、職員の能力に応じて昇給や降格を行う。局長は公募によって選ぶというものである。安倍晋三政権時代に構想され、後に成立した「国家公務員制度改革基本法」の考え方と全く同じだ。同法に基づいて公務員制度改革が行われるはずだったが、民主党も自民党も実現できなかった。大阪の職員基本条例案は公務員の身分を保障した地方公務員法違反だ、と連合などは反対しているが、余剰部門の職員をクビにするのは当たり前のことではないのか。
≪橋下3改革日本動かすテコに≫
加えて橋下氏が提案しているのは、「教育基本条例案」。校長などの公募制と職員の能力評価を給与に反映させるものである。橋下氏は知事就任直後、文部科学省が行っている全国学力テストの結果を、市町村別に公表すると宣言した。これを押さえにかかる文科省を「バカ」呼ばわりし、「クソ教育委員会」ともののしって、ついに全国で公開されることになった。この結果、教育現場は見違えるように活性化した。
文科省は「テストの公表は学校現場に過度な競争をもたらし、不当な学校序列化を招く」と、日教組の言い分を丸ごと取り次ぐ愚かさだった。官僚は決してリスクを取らない。職員も教員も現状維持に固執する。こうして硬直した組織が続く。日本社会が活性化しないのは、現実には中央も地方も官僚が政治をやっているからだ。
社会の動きに対応しない組織はいずれ破綻する。橋下氏の大阪都構想の前から、新潟県と新潟市の「新潟州」構想があり、愛知県と名古屋市の「中京都」構想もあった。神奈川県は横浜、川崎、相模原の3市が大半を占め、県知事の存在は霞(かす)む。明治以来のシステムが終わりを告げているのだ。
橋下氏は、国、地方の統治システムを問う大阪都構想、公務員のあり方を律する職員基本条例案、そして日教組の学校支配を砕く教育基本条例案という3つの課題を突き付けて変革を迫る。これらの3点は大阪を超え、日本を動かすテコになるかもしれない。(ややま たろう)
12月13日付産経新聞朝刊「正論」