公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.01.11 (水)

日本再生の年頭に 田久保忠衛

日本再生の年頭に

 杏林大学名誉教授・田久保忠衛 

■大衆迎合では「激動」乗り切れぬ

 米誌タイムの2011年「今年の人」は、「ザ・プロテスターズ」(抗議活動参加者たち)だった。世界の潮流をうまく言い当てたと思う。チュニジアに始まった「アラブの春」からロシアで起きている「モスクワの冬」に至る各国の抗議デモには、それぞれの事情はあるものの、「反独裁」は共通しているだろう。

 今年、指導者選びが行われる米国、中国、ロシア、韓国、台湾のうち、中国とロシアで登場するトップには国際的にも国内的にも厳しい目が注がれる。対照的に指導性を忘れて、国民目線を追い求める競争に入った日本政治に対しても、強い抗議を申し入れたい。

 ≪21世紀日本最大の課題は中国≫

 21世紀の日本にとり、最大の課題は中国にどう対応するかだ。内閣府の調査で、一昨年の尖閣諸島沖の中国漁船体当たり事件以降、中国に「親しみを感じない」世論は70%を上回っている。国民の他国への悪感情を政治家が煽(あお)るのは厳に慎むべきだが、さりとてこの数字を軽く見てはいけない。世界が中国を見る目が変わったのである。

 米国のブッシュ前政権後期とオバマ政権発足時、米中両国であたかも世界秩序を取り仕切るといわんばかりの「G2」論が幅を利かせていた事実は忘れられない。しかし、軍事力を背景に黄海、東シナ海、南シナ海、インド洋などで近隣諸国と摩擦を起こす中国の外交には、米国も警戒の度を強め始めた。昨秋、オバマ大統領はハワイを起点にオーストラリアのキャンベラ、ダーウィン、インドネシアのバリ島を訪問した。その言動を調べれば、米国を中心にアジア全体が中国に対応する構図が浮かび上がる。

 大統領はキャンベラでの議会演説で、国際法、国際規約、航行の自由を守ることが国際社会の「核心的原則だ」と中国に通告した。日本、韓国、台湾、豪州、ベトナムを含む東南アジア諸国連合(ASEAN)、インドが合唱団に加わる。国内に反体制派を抱え、外交的に四面楚歌(しめんそか)に陥った中国はいかなる各個撃破に出てくるか。

 ≪プーチンのロシアにも綻び≫

 独裁化傾向を平気で強めてきたプーチン氏のロシアにも綻(ほころ)びが出てきた。法定の2期8年大統領を務めた後、メドベージェフ氏を後釜に据えて自らは首相に転じ、3月4日の大統領選に再出馬する。大統領任期は6年に延ばしているから、12年間も居座る道が開かれた。合法とはいえ、こんな茶番が通用するか。政権批判をしたポリトコフスカヤ記者の殺害、政敵の元石油王ホドルコフスキー氏の長期拘束など民主国家ではあり得ない事件が相次ぎ発生している。

 昨年12月の下院選でプーチン氏を党首とする与党「統一ロシア」は惨敗した。しかも、選挙不正が判明し、モスクワなどで大規模抗議デモが2回、起きている。参加者は初回が2万5千人、次回が3万人と公表されたが、主催者側は後者に13万人が集まった、という。下院選前にモスクワで開かれた総合格闘技の試合後、プーチン氏がリングに上がってマイクを握った途端、大ブーイングが起こる前代未聞の事態も発生した。

 “裸の独裁者”がクレムリンの主に返り咲いたときに、ロシア国内はどう反応するか。ロシア経済を支える石油、天然ガス価格は横ばい状態だが、値下がりした場合にどうなるか。北方領土でも高圧的な態度を続けられるかどうか。

 ≪外に目向かぬ日本政治家たち≫

 昨年暮れの大ニュースは北朝鮮の金正日総書記の死去だった。後任の正恩氏の権力を見定めるには時間がかかる。「核とミサイル」を背景にカネ、モノなどを奪い取る瀬戸際政策は体制崩壊を防ぐ武器にもなっている。この国が改革・開放に転換するだろうとの希望的観測や、そちらの方向に導くべき時期が到来したなどの言説が出回っているが、20年間騙(だま)されても分からないお人好しの発想だ。

 その北朝鮮と中国は、一方が武力攻撃を受けたときは他方が自動的に参戦する軍事同盟を結び、経済は相互依存関係にある。中国を議長とする6カ国協議などは偽善的な枠組みにすぎない。国連は、中露両国が常任理事国になっているかぎり、安全保障理事会が機能しなくなっている。

 独裁への抗議が強まる世界的な傾向とは逆に、日本では人々のエゴイズムに阿(おもね)る民主政治の末期的症状が顕著である。目は外に向かず、選挙での票目当てに、人々の顔色を見て注文取りに走る政治家は少なくない。外交は事務方のお膳(ぜん)立て通りに、その場を凌(しの)ぐのに精一杯のように見受けられる。

 外交・防衛の決定力の基礎である国際情勢の流れが分かり、日本の戦後体制がそれに合っているかいないか公言でき、外交と軍事は同じコインの裏表という現実が理解できる-3つの条件に合致する政治家があまりに少ないのに愕然(がくぜん)とする。独裁者の持つ指導力と決断力をむしろ必要とするのは日本の政治家ではないか。(たくぼ ただえ)

1月10日付産経新聞朝刊「正論」