丹羽宇一郎在中国日本大使の恥ずべき事なかれ主義外交 櫻井よしこ
丹羽宇一郎在中国日本大使の恥ずべき事なかれ主義外交
櫻井よしこ
「Voice」3月号に、2010年7月より在中国日本大使を務める丹羽宇一郎氏へのインタビュー記事が掲載された。私はしばし呆れた。
氏について、赴任当初から気にかかることがあった。氏が著書『新・ニッポン開国論』(日経BP)で老人は退くべしとして、「極端なことを言えば、70歳を過ぎたら全員一線を退くという法律を作った方が良いくらいだ」と書きながら、自身は71歳で大使に就任したことだ。それから1年半が過ぎたいまなお、70歳以上の排除を法制化せよといった氏は、「日中友好に尽くしたい」と現職にとどまる意向だ。
自分以外の70歳以上は引退させるべきだが、自分だけは例外と考える自己愛の驕りの人物に大使職が務まるのか。大使は、日本の国益を最前線で担う。強い意志と国家観、広い視野、洞察力、熱い祖国愛を備えていなければならない。
氏がそうした資質に決定的に欠けることは、赴任後間もない10年9月7日に発生した尖閣諸島領海侵犯事件への対応にも明らかだ。
事件発生当初から中国政府は丹羽大使を呼びつけた。7日に続いて10日には楊潔〓(よう・けつち)外相が、12日深夜には外相より格上の戴秉国国務委員が呼びつけた。「Voice」の同件についての問いに、丹羽氏はまともに答えず、山本五十六の言葉を引用した。「苦しいこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。これらをじっとこらえていくのが男の修行である」。
山本五十六に自身のイメージを重ねるような、自己を客観視できない自画自賛はやめてほしい。五十六は日独伊三国同盟にも日米開戦にも明確に反対だったが、日本が対米開戦を決定すると、祖国のために一身を捧げて戦った立派な日本人だ。
かたや丹羽氏はどうか。「戴秉国氏に深夜に呼びつけられた」ことの実態は、外交素人の丹羽氏がどうしてよいかわからずに対処を本省に尋ね、時間がかかって、ついには深夜に中国政府の扉をたたく羽目になったというのが、私が取材で得た真実だった。
主権国の大使として領海侵犯事件への基本的対処法はおのずと明らかだ。しかし、氏は国家観も歴史的経緯への知識も欠けていたゆえに、うろたえたのではないのか。
「Voice」は尖閣領海侵犯事件から約1年後の11年8月に起きた領海侵犯事件についても尋ねている。10年の領海侵犯は漁船だった。11年は2隻の漁業監視船、つまり公船だった。いまや中国政府が堂々とわが国領海を侵犯し始めた。日本がいかに侮蔑されているかを示すもので、深刻な事態になっているのである。
丹羽氏は同件で中国側に抗議したと語りながらも「一方で日本人に知っておいてほしいのは、中国は世界一の官僚国家」と強調する。つまり、領海侵犯する役所もあるが、役所ごとに考えは異なり、領海侵犯は必ずしも「外交部」の考えではないというのだ。したがって、角を立てずにおとなしくして、事なかれ主義に安住せよということか。
氏は中国の内部事情を知っていると自負するが、知っていても実態が見えなくなっている。中国はすでに東シナ海のガス田でガスを採取し、尖閣諸島を中国の「核心的利益」と呼び始めた。こうした行動に反映されている中国政府の意思を、丹羽氏はまったく読み取れていない。
昨年7月、日本国が北京に新築した大使館に、設計にない吹き抜けがあったとして中国政府は使用許可を出さなかった。約6ヵ月間の交渉で、丹羽氏は新潟市と名古屋市の広大な土地を中国が取得できるよう便宜を図ることを示唆する口上書を中国に出し、新築大使館の使用許可を得た。これが丹羽氏の事なかれ主義の恥ずべき外交である。あらためて70歳引退の自身の言葉を噛み締めてはどうか。
『週刊ダイヤモンド』 2012年2月18日号
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