独の二の舞か『太陽光発電』買取制度 櫻井よしこ
独の二の舞か『太陽光発電』買取制度
櫻井よしこ
鳩山由紀夫・菅直人両政権が残したものは混乱と実害ばかりだった。日本と日本国民はこれからも長く、その被害を蒙り続けかねない。そのひとつが、7月から始まる再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度(Feed-in Tariff=FIT)である。
FITは、太陽光、地熱、風力、バイオマスなどによる再生可能エネルギー由来の発電量全量を、最長20年間にわたって固定価格で電力会社に買い取らせる制度だ。電力会社はこれを電力料金に上乗せすることを許されているため、最終的には国民が全額負担する仕組みである。
上のことを定めた「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」、通称FIT法は菅政権の下で2011年3月11日金曜日に閣議決定された。その日、「朝日新聞」は一面トップで、菅首相が外国人から献金を受けていたことをスクープした。同じ問題で前原誠司氏が同月6日、外相を辞任したばかりで、首相の辞任も確実と見られていた。そのような瀬戸際で閣議決定したのがFIT法案なのだ。
その数時間後、東日本大震災が発生、首相は辞任を免れた。国家の未曾有の危機を前にして、国民は心を合わせて結束し、政府に危機克服の力を発揮するよう期待した。菅氏はその国民の想いに応えず、やがて圧倒的多数の国民が氏の辞任を要求し始めた。それでも菅氏は首相の座に固執し、「辞任の条件」を次々と突きつけた。それらが解決されれば辞任してやるというかのような、究極の開き直りの中で可決成立したのがFIT法案だった。
FIT法は菅氏の置き土産と言ってよい。同法によって買い取り価格は、太陽光発電による電気が1kWh、税込みで42円、風力発電は23・10円(20kW以上)、水力発電は規模によって25・20円から35・70円となった。いずれも値段は固定化され買い取り期間は20年にわたる。一方地熱発電は27・30円から42円の幅で、期間は15年とされた。
肝心のドイツが…
この価格を自然再生エネルギー先進国のドイツと較べてみよう。ドイツの場合、太陽光発電由来の電気は1kWhで18円から24円、日本はドイツの約2倍である。風力発電ではドイツが5円から9円で日本が23円、バイオマスはドイツの6円から14・3円に対して、日本は最高40円強といずれも2倍以上である。
ドイツの太陽光由来の電気料金に差があるのは、発電事業体が多様なためである。ドイツでは太陽光発電の約60%を企業や工場が各施設の屋根を利用して生み出している。30%が地上設置のソーラーパネル、残り10%が個人住宅の装置によるもので、個人の小口供給により高い価格を設定しているのだ。ちなみに日本は2011年実績で太陽光発電の内、86%が個人による。
太陽光発電をはじめ自然再生エネルギー生産コストはソーラーパネルなどの装置と設置のための人件費を除けば、原材料費はタダである(但し木材チップなどを使うバイオマスは除く)。主な原材料がタダで、またソーラーパネルなどは国際商品だ。にも拘らず、日本の買い取り価格はなぜドイツのそれより2~3倍なのか。
経済産業省の「調達価格等算定委員会」が決定したこれらの価格に関しては、自然再生エネルギー推進派からさえも批判が出ているが、明確な説明もないまま、7月から実施されてしまう。この新法は大きな間違いである。高い買い取り価格や自然エネルギーへの過度の期待への反省から、菅氏らが手本にした肝心のドイツが大幅な軌道修正に乗り出しているのだ。
ドイツは1991年にFITを導入し、20年余り、太陽光発電や風力発電に力を入れてきた。電力全量を電力会社に固定価格で買い取らせた。
前述のように、太陽光も風力も原材料費はタダである。設備は中国や韓国などが大量生産で値を下げ続けた。市場参入者も増え、固定価格の買い取り予算が急上昇し続けた。11年だけで136億ユーロ(約1兆3,600億円)、内約半分を太陽光電気が占めている。過去20年間に太陽光発電に注入した累積額は10兆円にも達したが、ドイツの総電力量に占める太陽光発電の割合は現時点で3%にすぎない。ドイツ誌「シュピーゲル」が今年1月16日号で太陽光発電を「巨大な金食い虫」(massive money pit)として非難したのも無理はない。
ドイツ政府は買い取りに費やす資金の膨大さと国民への重い負担を回避するために、買い取り価格を段階的に引き下げ始めた。09年に1kWhで43円だったのを、昨年7月には24円、今年春にはさらなる値下げと、①買い取り価格の月ごとの見直し、②買い取り量を発電量の80%に制限、などを盛り込んだ法案を提出した。法案は下院では可決されたが上院で否決され、6月26日現在も調停委員会に委ねられたままだ。
耐え難い国民負担
結果は予測出来ないが、ドイツは明確に自然再生エネルギーの過度の推進を改めつつある。メルケル首相が、一旦全否定した原発の見直しに踏み切る可能性も論じられている。そもそも、ドイツはエネルギー基盤をフランスから輸入する原発の電力に頼っており、その原発否定論は最初から成り立たない。
この間に国際社会では太陽光発電の主体となってきた企業の倒産が続いている。4月2日には太陽電池メーカー大手のドイツのQセルズが法的整理の手続きを申請すると発表した。同じ日、米国の大手太陽光発電デベロッパーのソーラー・トラスト・オブ・アメリカが破産法に基づく保護を申請した。同社の親会社はドイツのソーラー・ミレニアムだが、ミレニアムもまた、昨年12月、ドイツで破産法による保護を申請済みだ。
ドイツの経験が、日本に多くのことを教えている。自然再生エネルギーの開発は人類の未来に重要な意味を持ち、日本は新技術開発の最先端に立つべきだが、現段階では自然再生エネルギーをエネルギー政策の主軸に置くには国民の経済負担が大きすぎる、長期にわたる固定価格買い取りは耐え難い国民負担の増加につながる、などである。
であれば、日本が始めるFITは早急に改正されなければならない。まず、買い取り価格の見直しが必要だ。ドイツと同じく月ごとの価格見直し制度の導入が必要だ。日本のFIT法は発電費用に適正利潤を上乗せして価格を設定すると定めているために、いわゆる「買い叩き」が起きる余地はなく、新分野に進出した太陽光発電業界の利益も守られるはずだ。そもそも42円という価格自体、業界の要望を上回る高価格であることを忘れてはならない。直ちにFITを見直し、同時に原子力発電の重要性に気づき、その技術革新の先頭に立つことが日本の将来のためだ。
『週刊新潮』 2012年7月5日号
日本ルネッサンス 第516回