公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.07.13 (金)

課題解決へ邁進の好機 櫻井よしこ

課題解決へ邁進の好機

 櫻井よしこ 

 小沢一郎氏の勢力、49人の離党こそ野田佳彦首相にとって大きなチャンスである。民主党は従来よりもはるかに合理的な政策運営が可能となり、首相にとって、自分の信ずる基本路線を邁進(まいしん)する好機である。

 決められない政治を脱却し、これまで積み残されてきた多くの課題を一つずつ、果敢に片づけていくことによってのみ、閉ざされたかに見える政局の道が開けていく。税と社会保障の一体改革に政治生命をかけ、不退転の決意で臨んだように、日本の存亡に関わる安全保障、国土、領海の守りに必要な措置を、大いなる決意で断固講じていくべき局面だ。

 首相は尖閣諸島を国が買い取ると語った。本来、それこそ正しい道であるのに、国への信頼がないために、首相の言葉は評価されていない。だが、これは必ずしも首相一人の責任ではないだろう。

 歴代の政権下で、外務省が尖閣諸島を借り受け、日本国民を寄せつけず、中国に領有権主張の隙を与え続けてきたこと、菅直人、仙谷由人両氏が尖閣での領海侵犯事件で中国に屈服したことを思えば、国民が首相よりも石原慎太郎都知事に希望を託そうとするのには、十分な理由があるのだ。

 国として尖閣を買うと真に思い定めているのなら、首相は静かに、着実にその意思が本物であることを示せばよい。まず、丹羽宇一郎中国大使を更迭し、大使たる者が祖国の国益を害するのを日本国政府は許さないと、内外に示すのだ。中国政府は日本政府の決意を深く受けとめることだろう。

 次に尖閣問題であらゆる形の摩擦が中国との間に発生することを想定し、備えを整えるのだ。まず、日米関係を真に相互互恵の果実を生む体制とし、米国にとっても日本こそ必要だという枠組みを作る。その第一が、集団的自衛権の行使である。首相が「迷いなく、疑念なく選任した」森本敏防衛相の支えを得て、日本に集団的自衛権は認められているが、その行使は憲法上許されないという内閣法制局の支離滅裂な解釈を、首相の決断で変更する好機とすればよい。

 首相の決断は、同じ価値観を有する政治勢力の結集を促すであろうし、さらに日米同盟は比類なく強化され、真に互恵の同盟となる。尖閣周辺海域にとどまらず、東シナ海、南シナ海、西太平洋、インド洋まで、中国との軋轢(あつれき)を懸念する沿海諸国にとっても、日本の決断は大きな朗報となる。

 もう一つの課題は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加である。TPPは経済の枠組みを超えた根源的な次元に立つ戦略である。それは日本が依拠してきた価値観、多くの国々が多少の留保はあっても基本的に公正だと認めてきた価値観を担保し、諸国の閉鎖性を緩やかに解き、国を開いていく力となる。

                   ◇

 国家にとって経済基盤の安定と強化はまさに生命線である。日本の膨大な財政赤字を考えれば消費税増税の首相の決断を評価する。小沢氏らの離党の直接のきっかけとなったこの増税は、良識ある人々なら誰もが必要だと考えていることの一つである。1000兆円規模の財政赤字は若い世代にツケとして回される。若ければ若いほど負担は大きい。とりわけこれから生まれる子供たち、〈将来世代〉がその一生で引き受けなければならない純負担は1人当たり1億500万円に上る。

 この数字は内閣府の経済社会総合研究所の分析結果だ。生まれながらに億単位の借金を子供や孫ら未来の日本人に背負わせるような財政状況では日本の繁栄など到底覚束(おぼつか)ない。第一、将来世代の子供たちが気の毒だ。増税はどの時代においても不人気だ。ポピュリズムに堕(お)ちた政治家には到底、言い出せない増税を首相は兎(と)にも角にも決断した。

 原発再稼働も真っ当な判断だった。それでもまだ首相は民主党の負の遺産に搦(から)めとられている。7月1日に始まった自然再生エネルギーの全量固定価格買取制度(FIT)である。太陽光、地熱、風力、バイオマスなどによる再生可能エネルギーの電力を、最長20年間、電力会社に買い取らせる。太陽光電力の価格は業界の要望より高い1キロワット時、税込みで42円、ドイツの約2倍の高値に決まったが、これは最終的に国民負担となる。

 日本がお手本にするドイツはしかし、1991年のFIT導入から約20年後の現在、大幅な見直しを進めている。累積で約10兆円を注入しても、太陽光発電はドイツの総電力量の3%を占めるにすぎず、主要企業の倒産も続いた。

 ドイツの事例から学べるのは、自然再生エネルギーの将来の可能性は大きいとしても、現時点での経済効率は低く、安定的な基盤エネルギーとするには、相当な時間がかかるということだ。ドイツの失敗の例をそのまままねた日本版FITは、菅氏の極端に偏ったエネルギー政策の置き土産である。首相は脱原発は軌道修正したが、FITのゆき過ぎなど菅氏の悪(あ)しき残滓(ざんし)を徹底的に払拭しなければならない。

 いま政府は将来の日本のエネルギー政策における原発比率などを「討論型世論調査」を行って国民の意見を反映させて決定するとしている。エネルギー政策は国の経済政策の根本で、安全保障政策でもある。民意の大切さは言うまでもない。だが、国の基本政策を民意への丸投げで決めるようなことは責任ある政治家のすることではないだろう。

7月12日付産経新聞朝刊「野田首相に申す」