公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.09.25 (火)

「政治空白」はもう引き延ばせぬ 遠藤浩一

「政治空白」はもう引き延ばせぬ

 拓殖大学大学院教授・遠藤浩一 

 空疎な、あまりにも空疎な、民主党代表選挙だった。

 野田佳彦首相が圧勝して選挙が盛り上がらなかったから、そう言うのではない。候補者がいずれも小粒で魅力に欠けていたからでもない。「原発ゼロ」方針をめぐる不毛なやりとり以外に政策論争が見当たらなかったからでもない。

 ≪解散先送り期待で野田再選≫

 候補者の小粒化も政策論争不在も、いまに始まったことではなく、この党に期待したって詮無いことである。

 気に入らないのは、所属議員および党員・サポーターなど、民主党関係者が野田氏を再選させた主たる動機が、当面解散しないらしいという期待にあったことである。解散を先送りして延命をはかりたい、というさもしい気分に支配された内向きの党首選挙なんぞ、見向きもされまい。

 民主党政権発足後の3年は、長すぎた「政治空白」だったと言うほかない。これ以上の空白の引き延ばしは国家と国民の利益に反する。

 野田首相は代表選の街頭演説で、「財政がこれほどひどい状況になったのは自公政権からではないか。過去の原子力行政を推進した政権は誰だったか。領土領海をいいかげんに無作為できた政権は誰だったか」(19日)と、自民党を罵(ののし)った。

 たしかに、自民党政権時代の失策は数え切れないほどある。しかし野田氏が列挙した問題は、民主党が政権を担当するようになってから、ますます悪化している。

 ≪重要政策ブレ続けたこの3年≫

 成長なきバラマキ政策によって財政悪化は決定的になった。消費税率を引き上げないと大言し票を掻(か)き集めて成立した政権は、結局、増税に転換せざるを得なくなった。内心増税は避けられないと理解している国民も、民主党にそれをする資格があるか、と舌打ちした。

 鳩山由紀夫元首相が思いつきのように「温室効果ガス25%削減」と言い出して、その辻褄(つじつま)を合わせるように「原発発電比率50%」と謳(うた)ったのは民主党政権である。ところが、震災による原発事故が起こり、デモ隊に取り囲まれると、今度は一転して「ゼロ」である。

 政策の振幅が大きすぎる。昨日言っていたことと今日行うことが違うということは、今日言っていることは明日反故(ほご)にされるということである。

 これでは、誰も信用しなくなる。こうした、目を覆いたくなるような政治的モラルハザードをもたらしたことについて、首相以下民主党関係者は深刻に反省しなければならない。

 東京都が購入するとしていた尖閣諸島を、民主党政権は値を吊(つ)り上げて横取りし、形だけの「国有化」をはかった。本来もっと早く国が買い取って実効支配の具体的措置を進めるべきであり、それを怠ってきた自民党政権の責めは小さくない。

 しかし、今回、民主党が「国有化」に転換してみせたのは、都が行おうとしていた船だまりや通信施設の整備など最低限の実効支配措置を棚上げするためである。現状維持のための国有化だと中国側に伝えて理解を求めたが、豈図(あにはか)らんや、現状変更を求める中国は、ますます態度を硬化させた。ここに問題の核心がある。

 鳩山政権が普天間飛行場移設問題をいたずらに混乱させたことと、中国の露骨な尖閣侵犯への動きは連動しているとみていいだろう。もちろん、アメリカが尖閣を守ってくれるというのは思い込みにすぎない。領土・領海・領空を守るのは日本国自身である。しかし同時に、同盟国たるアメリカをして中国を牽制(けんせい)させるのはわが国にとって貴重なカードである。民主党政権は、この機能を決定的に低下させてしまった。

 ≪民主の間、中国は押してくる≫

 相手が民主党政権だからこそ、中国は強硬な姿勢を打ち出しているという側面は否定できない。本来管理可能なデモが暴発したのはなぜか。千隻の漁船は何処(どこ)へ行ったのか。その漁船には燃料代として当局から10万元(125万円)支払われると伝えられるが、これまで尖閣海域への出漁を規制していた当局が推奨するようになったのはなぜか。民主党政権が続くうちに押せるだけ押してやれ、そう彼らは考えているのではないか。現状維持どころか現状変更に向けて、日本はいよいよ追い込まれている。

 さて、戦後日本の平和ボケからいよいよ覚醒せざるを得なくなったそのときに、民主党と自民党の党首選挙、すなわち次期総選挙後の首相を選択する選挙が行われているのは、むしろ意義深いことだと思う。

 自民党総裁候補者の言動にもクビを傾(かし)げたくなるものが散見される。「国有化によって中国の虎の尾を踏んだ」などと言ってしまう人物が、総裁に選ばれ総理になったならば、現政権よりも侮られること必至である。

 その意味で、自民党総裁選は民主党代表選のように無関心ですませるわけにはいかないのである。(えんどう こういち)

 

9月24日付産経新聞朝刊「正論」