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2012.10.04 (木)

韓国の危機は反日よりも反韓感情だ 櫻井よしこ

 韓国の危機は反日よりも反韓感情だ

 櫻井よしこ  

韓国政治の迷走が続いている。韓国にとっていま最重要の課題は北朝鮮と中国の脅威に如何に向き合うかである。韓国の国家戦略上、北朝鮮緊急事態と中国の動きに備えて、日米両国と揺るぎのない協力関係を築き、経済は無論、軍事的連携体制を整えることこそ、最優先事項だ。

にも拘わらず、韓国は竹島問題と慰安婦問題を突然持ち出し、自ら反日感情の渦に落ち込んでいる。9月26、27の両日にわたる韓国南部海域での日米韓豪の大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)訓練では、韓国が海上自衛隊の釜山寄港を拒否した。多国間訓練で一国を排除するのは主催国としてあるまじき振る舞いだ。韓国指導層は国家戦略も考えられなくなってはいないか。

残り任期3カ月で実兄や元秘書の逮捕及び有罪判決を抱え、自己保身のために反日に走る李明博大統領は無論、国の安全を最終的に担保する国軍までもが、日韓関係及び韓国の安全保障に関して思考停止に陥っているかのような現状は、この地域全体の大きな不安定要因である。

ではポスト李大統領を狙う3名の大統領候補らに日韓関係改善は期待出来るのか。文在寅、安哲秀、朴槿恵の3候補を分析してみる。

文氏は北朝鮮の影響を強く受ける民主統合党の候補で、盧武鉉前大統領の秘書を務め、今年4月に議員に当選したばかりだ。国政経験の浅い氏の価値観を一言でいえば、盧大統領礼讃と韓国の全否定である。

たとえば、大統領選挙立候補に当たって文氏は李承晩、朴正煕、金大中の3人の元大統領が眠るソウルの国立墓地を訪れた。氏は金大中氏の墓にだけ詣でた。李、朴両氏の墓を無視したのは、日本軍への協力者を裁きもせず、米国に依存し、韓国の民族精神を正しく実践しなかったからだそうだ。

国会を捨てて街頭に…

文氏及び民主統合党は、日米に頼らず、中国及びソ連とも異なる自主独立の道を歩み、主体思想を掲げ続ける北朝鮮こそ、民族精神を正しく実践してきたと考える。従って北朝鮮との関係緊密化に動いた金大中氏は正しく、北朝鮮と対立した李承晩、朴正煕両氏は否定されるべきだというわけだ。

この考えはいまや、「日本軍国主義の恩恵を受けた親日派を活用して大韓民国を創建したのは間違いで、大韓民国は生まれながらにして汚れた国だ」との極論にまで行き着いている。この韓国全面否定思想の基盤を作ったのが金大中、盧武鉉両氏で、信奉者が文氏である。氏が大統領に選ばれれば、日本にとって朝鮮半島はかつてない大きな脅威となる。

次に安氏である。氏は医師だったが、IT産業に入り成功を収めた。政治経験も政党基盤もないが若者世代の英雄で、9月中旬の各種世論調査の全てで最高支持率を得た。氏の掲げるキーワードは「政治交代」だ。政権交代とも異なる政治交代とは、政治の主役が替わるという意味だと、統一日報論説委員の洪熒氏が解説した。

「政治が国会を捨てて街頭に出るということです。政党政治が後退し、直接民主主義と機会主義が席巻するということです。安氏はその中心軸の人物で、政党も政治組織も抜きにして、SNSや携帯電話で前代未聞の政治勢力を作りつつあるのです」

ちなみにソーシャル・メディアと呼ばれる新しい通信手段がSNS、social networking serviceである。

韓国政治がSNSなどで広がった大衆運動に振り回された事例は少なくない。4年前、李大統領が米国産牛肉の輸入規制緩和を決めたとき、反対勢力は米国産牛肉を食べると直ちにBSE(狂牛病)に罹るかのようなデマを流した。メディアも科学的情報を無視して、聞くのも恥ずかしい間違った情報を報じ続けた。

反対派は大規模ローソクデモを連日開催し、ソウル中心部は幾十万の人々に不法占拠され、無政府状態が2カ月間も続いた。デモは牛肉輸入反対から、すぐに反李大統領、反米運動へと質的転換を遂げた。私は現地で取材したが、BSEについてまともに論じる知識もない大群衆の、熱に浮かれたような様子を見て深い危機感を抱いたのを覚えている。

しかし安氏は、新しい通信手段を用いて、「政治交代」を叫び続ける。氏の政治も突き詰めれば韓国の現体制、韓国の現状の全否定に行き着く可能性は否定出来ない。

朴氏はどうか。朴正煕元大統領の愛娘で、与党セヌリ党候補の彼女は国民的スターだ。保守を代表すると目されていたが、前述したように、安氏がいとも容易に彼女を抜いて、世論調査のトップに躍り出ると、朴氏の擦り寄りと迷走が始まった。

氏は他の候補が韓国を全面否定するのとは対照的に、韓国に対する自分自身の愛と誇りを軸に、韓国を守り立てていく決意と方策をこそ語ればよかったのだ。しかし、彼女は正反対の道を選んだ。彼女はなんと、父、朴元大統領の政治について国民に「おわび」したのである。

私益が優先

朴元大統領は現在も国民の高い支持を得ている。1961年の政権奪取はたしかに軍事クーデターによるものだったが、北朝鮮の金日成勢力から韓国を守った。奇跡的な高度経済成長の基盤を築いたのも、北朝鮮に圧倒的な差をつけ韓国を世界第16位の経済大国に押し上げる礎になったのも、朴元大統領だ。そのために氏が決断したのが1965年の日韓基本条約だった。

同条約締結に当たっての特別談話で、朴元大統領はこう語っている。

「過去だけに思いをいたすならば」、日本は「不倶戴天」である。が、「この酷薄な国際社会」で過去の感情にのみ執着することは出来ない。「今日と明日のため、必要とあれば昨日の怨敵とも手をとらなければならない」。

こうして日韓両国は過去のいきさつ全てが完全に解決されたとの合意で基本条約を結んだ。シンクタンク国家基本問題研究所の企画委員で東京基督教大学の西岡力教授が語る。

「日本は3億ドルの無償援助と2億ドルの借款を決めました。それを朴元大統領は高速道路、ダム、製鉄所などに効率よく使って、66年から75年の10年間の経済成長寄与率年平均20%、経常収支改善効果年平均8%を達成しました」

日韓両国は竹島の現状維持を相互に確約、両国間の問題は慰安婦問題も含めて全て完全に解決した。

国際政治の厳しさを十分に理解して条約を結んだ朴元大統領は、韓国民から最も尊敬されているが、その父の真価を娘が評価しないのだ。しかも彼女の父親否定は、明らかに北朝鮮寄りの人々の批判をかわすことで支持率低下を防ぎたいとの思いから出発している。私益が優先され、国の未来と国益、さらには韓国という国自体が否定されている。韓国の真の危機は、実は反日感情よりも反韓感情なのである。

『週刊新潮』 2012年10月4日号
日本ルネッサンス 第528号