公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.10.11 (木)

野田政権、女性宮家問題で暴走の予兆

 野田政権、女性宮家問題で暴走の予兆 

 櫻井よしこ  

社会保障と税の一体改革と称した消費税増税法を成立させた後の野田佳彦首相は、もはや首相の任に耐え得ないと思えてならない。その8月以降、野田政権が手がけた事案のおよそすべてで論理の整合性と国益擁護にかける決意が欠落していないか。

たとえば尖閣諸島の国有化である。国有化の意義は、政府が船だまりや灯台を設置し、海上保安庁の職員や漁民らが始終尖閣諸島に上陸出来るようにすることで島々と周辺の海への日本の領有権が明確になることだ。

しかし、国民の税金で国有化したものの、野田政権は島の現状を変えようとしない。国連で「国際法に則った問題解決」を訴えたが、肝心の島々に日本人を上陸させず空っぽにしておくことが国際法上日本の領有権主張にプラスに働くはずはなく、却って中国の侵略を招く。首相の国有化の論理は支離滅裂である。

支離滅裂なのは原発政策も同様である。2030年代に原発ゼロを目指すと発表したが、一体どこに代替エネルギーを求めるのかも不確かだ。新エネルギー開発の実現性に関しては夢物語を語るに等しい。原発ゼロでどのようにして日本が成り立っていくのか、その道筋も示さずに、闇雲にゼロ政策を提示したかと思えば、原発立地自治体や米国の反対を受けて政策を事実上変えた。原発ゼロからの方針転換は評価しても、そのプロセスにおける政治責任の放棄は甚しい。

人権救済法案の悪法は、反対する閣僚の海外出張の隙を突いて閣議決定に持ち込んだ。同法案の最も熱心な推進者の1人、前原誠司氏の説得を受け入れたといわれるが、人権の定義も曖昧なまま同法案が成立すれば、公正取引委員会と同等の強い法的強制力を持つ人権委員会が設置される。地方参政権が付与されれば市町村に設ける人権擁護委員には外国籍の人々も就任可能で、その人々には「不当な差別、虐待その他の人権を違法に侵害」する事案を告発する権限が与えられる。この法律が政治的に悪用される危険は少なくなく、そんな法案を姑息な手法で閣議決定した首相の政治資質が疑われるのは当然だろう。

論点捏造

そして今度は女性宮家創設で思いもかけない動きが表面化した。NHKが9月29日19時のニュースで、政府は女性宮家を巡る論点整理を近く公表し、来年の通常国会への提出を目指す予定だと報じたのだ。論点は、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」創設案と、皇室を離れても「国家公務員」として皇室活動に参加出来る2つの案を柱に整理されたとの報道だった。

NHKの報道は2つの点において衝撃的だ。第1は、野田政権には日本の歴史の根幹をなす皇室の在り方を論じ、皇室典範を改正するだけの力はもはやないために、論点は整理するが、閣議決定や法案提出は行わず次期政権に任せると、これまで複数の政府関係者は語っていた。だが現実は正反対で、野田政権の下で一気に皇室典範改正を進める構えが見えてきたことだ。

第2の衝撃は、論点は今年2月から6回にわたって行った有識者12人の意見陳述に基づいて整理したとしているが、12人の1人として陳述した私自身を含めて、どの陳述人も述べていない、結婚後の女性皇族は国家公務員になるという案が突如示されたことだ。これはもはや論点整理ではなく論点捏造である。NHKの報道が事実なら、野田政権は日本の皇室を葬る先兵である。

NHKの報道の前日、「朝日新聞」が女性宮家問題について報じたが、朝日の記事は「国家公務員」には触れていない。但し、NHKの報道につながる伏線は記されている。女性皇族は結婚で皇籍を離れても内親王や女王などの尊称を保って皇室活動を続けるといういわゆる「尊称案」は、「法の下の平等を定めた憲法に抵触しかねない」というくだりである。尊称の使用には憲法違反の恐れがあるため、「元女性皇族が使う新たな称号を設ける」ことが必要だと「朝日」は指摘した。NHKの報道はこの点を強調し、下記のように決定的に踏み込んでいる。

「尊称案」は「法の下での平等を定めた憲法に抵触するおそれがあり、実現は難しい」と政府は判断しており、「代わりに(元女性皇族は)国家公務員として」皇室活動を続ける制度を設けるという報道である。

意見陳述した12人の中で「尊称案」を支持した人は少なくなかった。にも拘らず、野田政権は「憲法」や「法の下の平等」まで持ち出して「尊称案」を否定しようとする。現行憲法を至高の価値観と位置づけ、2,670年の伝統を有する皇室をたかだか65年の歴史の憲法に合わせて、変えていこうとしているのだ。皇室と、戦後に米国人が作った憲法と、日本にとってどちらが本家本元かは明らかだ。野田政権の挑戦はあってはならない本末転倒で、日本の歴史、文化文明、その軸をなす皇室への悪意ある貶めである。

記憶を否定

いま日本が直面するおよそすべての問題の元凶は、現行憲法を貫く価値観だといってよい。たとえば、野田政権はなぜ、尖閣諸島を購入しながら、島防衛の手を打たないのか。それは第1に、憲法の自虐史観ゆえに、中国の意向を恐れるからであろう。また、国防のための国家意思も軍事力構築も否定し、国際社会の善意という幻想に縋ってきたために、いまや尖閣防護に立ち上がる気力もないのであろうか。

アジア諸国の中で、長い歴史を通して中国の属国にも朝貢国にもならずにきたのが日本である。自主独立の誇り高い国家であり続け得たのは、危機に際しては戦って国を守ってきたからだ。そうした記憶を否定し、忘れさせる役割を担ってきた現行憲法を変えることこそ、いま最大の政治課題とすべきである。憲法を改正して戦後の歴史でねじ曲げられ、軽んじられてきた皇室の在り方も大修正することだ。

野田政権の女性宮家問題の議論を振りかえれば、この政権には皇室典範改正を担う資格がないことを痛感する。野田政権の設定した議論の大前提は、女性宮家問題を皇位継承問題と切り離すということだった。だが、両者は切り離せない。女性宮家創設は必ず、女系天皇輩出につながり、男系天皇の長い伝統を断ち切る結果になるだろう。そのことに目をつぶる議論自体がおかしく、その議論に乗る首相は男系天皇の伝統を守る気がないと言われても仕方がないだろう。

そのうえ今回の論点捏造である。結論ありきの議論を容認する野田首相にこれ以上、皇室典範改正問題を任すわけにはいかない。国政も任すことは出来ない。

野田首相に望みたい。せめて、12人の陳述意見を正しく反映させた論点整理を指示すること、それ以上のことには一切、手を触れず、一日も早く退陣することである。

『週刊新潮』 2012年10月11日号
日本ルネッサンス 第529回