公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.10.12 (金)

防衛予算、二桁伸ばせ 櫻井よしこ

防衛予算、二桁伸ばせ

 櫻井よしこ  

 残り任期を意味あるものにするために、野田佳彦首相は今こそ、信念に忠実であれ。党派を超えて志を同じくする人々と連携し、己の志を妨げる勢力に訣別(けつべつ)して日本立て直しに集中してみせよ。

 尖閣諸島国有化以降、島周辺海域で中国の公船がわが物顔に航行する。彼らは10月1日以降、本稿執筆の10日まで連日接続水域に入り、しばしば領海を侵犯する。海保は彼らを監視しても排除はできず、領海侵犯も防ぎきれない。しかも島に日本人はおらず空っぽである。これでは現状は、わが国の実効支配ではなく、日中五分五分である。中国公船の侵入の常態化は明らかな日本の後退である。

 国有化に当たって首相はこんな事態を想定したわけではあるまい。船だまりや日本人の上陸で真の実効支配確立を望んでいたと思われる首相を翻意させた岡田克也氏らに、首相は質(ただ)すべきだ。岡田氏らの親中的配慮で問題は解決されるのか、日本の国益は守られるのかと。答えは明確に否である。

 中国は空母「遼寧」を就役させ、10月4日にはミサイル駆逐艦など艦艇7隻が沖縄本島と宮古島の間を通過し太平洋に出た。彼らは尖閣諸島の領有及び東シナ海の制覇を一つのステップとして台湾を併合し、南シナ海を内海とし、西太平洋及びインド洋を中国の海とする大戦略に向かっている。

 大戦略に対しては大戦略をもって対処するのが常道だ。そのために、党派を超えて自主独立の外交・国防政策を実現し、国家再建の道筋をつけることが急がれる。憲法前文や9条に象徴される主権国とはいえない現状を根本から転換する壮大な挑戦は、ひとりの政治家、一代の政権では担いきれない。野田首相は日本再生の志ある政治家群の先頭に立ち、まず、確実な第一歩を踏み出すことを自分の使命ととらえよ。それを次の政府に引き継ぐ心構えで自らが斃(たお)れるまで走ることによってのみ、野田政権の意義が生まれるだろう。

 尖閣から南西諸島全体に視野を広げれば、鹿児島から西の国境、与那国島まで1200キロを超える広大な海とそこに散らばる南西諸島はおよそ皆、空っぽである。無防備が中国の侵略を手招きしている現状を変える第一歩は、海保及び自衛隊の来年度予算を二桁の規模で伸ばすことだ。1割増やしても5千億円、この額はそれに幾層倍する政治的効果を発揮する。

 中国は過去四半世紀、営々と二桁規模で軍事費を増やし続けて現在に至る。同時期、日本はその日暮らしを続けて防衛費を削り、国防の危機に陥った。

 現在、財務省主導で来年度の防衛予算は今年度よりさらに削減される方向だ。だが、国防予算は、平時の国家財政を考えているにすぎない財務省には任せられない事柄だ。領土の危機、主権侵害の淵(ふち)にある日本はいま有事の中にある。

 平時と有事の区別がつかない民主党は、東日本大震災で大失敗し、被災地の人々を苦しめ続けている。首相は同じ愚を繰り返してはならず、なんとしてでも、政治判断で防衛予算を大幅に増やすのだ。

 そのうえで、集団的自衛権の問題に着手せよ。内外の抵抗は集団的自衛権に信念を抱いているはずの森本敏防衛相、長島昭久副大臣らと心を合わせて、斃(たお)れてもやり遂げる決意で取り組めばよい。

 ここまで実行できれば、日本の評価は大きく好転する。米国がこの1年顕著に打ち出したアジア・太平洋戦略と日本の戦略は、史上初めてまともに噛(か)み合い、相乗効果を生み出すと思われる。南シナ海の東南アジア諸国、豪州のダーウィン、パース、ココス島、インドなどをつなぐ米国の、次代を見詰めた大戦略に貢献することが、日本に求められている役割だ。日本とアジア諸国の国益に資するこの戦略を如何(いか)に実現するか、首相のみが決断できるのではないか。

 弱い政権基盤と低い支持率、任期も残り少ない今、首相は些事(さじ)など忘れよ。夏以降の首相の失敗続きの元凶が党内融和であろうに、国家観と志の異なる同僚議員らとの融和になんの意味があるのか。

 かつて男系男子の皇統を守ると明言した首相は藤村修官房長官の10月5日の論点整理発表をなぜ許したのか。長官の論点整理は女性宮家創設へと世論を誘導する内容で、最終的に女系天皇の誕生で長い皇室の歴史を断絶させることに、必ず、つながる。結婚後の女性皇族を国家公務員化するなど、12人の意見陳述人の内の誰一人として述べていない。藤村長官の論点整理は、論点捏造(ねつぞう)である。

 このような結論は、以前の首相の言葉と異なり、首相の本心とは思えない。側近の強力な主張ゆえの変節だとすれば、その側近は外すのがよい。問題の多い人権救済法案は前原誠司氏の強い主張で閣議決定され、尖閣諸島の船だまりや灯台設置は岡田克也氏らの強い反対で抑制された。

 一連の閣議決定や発表で、首相の岡田氏らへの配慮の証しは立ったとして、自身の信念はどこに消えたのか、そこに国益はあるのかと、首相は厳しく自問すべきだ。

 信念を異にする人々への配慮ゆえに政策を歪(ゆが)めるのは首相の私益である。民主党の枠など突き抜けて、自身の政権への執着も払い捨て、国益のために闘うしか、首相の存在意義はない。己を無にして、日本立て直しの一歩を踏み出し、保守改革の先兵となれ。

 

10月11日付産経新聞朝刊「野田首相に申す」