公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.11.08 (木)

中国に迫り来る「投資反動不況」 渡辺利夫

  中国に迫り来る「投資反動不況」

 拓殖大学総長・学長 渡辺利夫   

  

 明日から中国共産党大会が始まる。党総書記には習近平氏が選ばれよう。氏が直面する最大の課題が「発展方式の転換」である。

 「われわれは今後5年間、さらには相当の長期にわたり経済発展方式の転換を主要任務とする」。昨年の全人代(全国人民代表大会)で第12次5カ年計画が採択された直後の温家宝首相による記者会見での発言である。

≪異様に高い固定資本形成率≫

 「発展方式の転換」の重要性が強調されたのは、この時が初めてではない。2006年に始まる第11次計画においても意図されていた課題であった。「発展方式の転換」にはいまなお成功の見通しが立っていないということである。

 現在の中国経済が他の発展国と異なるのは、圧倒的に高い投資率によって成長が持続していることである。11年の日米中3カ国の国内総生産(GDP)に占める固定資本形成(機械・設備投資や公共投資など)率を比べると、日本21%、米国16%に対して、中国は実に49%の高水準にあり、なお増勢がつづく。異様な高さである。

 発展国の中で最も高い固定資本形成率を達したのは、日本の「いざなぎ景気」時の39%、「漢江の奇跡」と称された韓国の1990年前後の38%である。現在の中国の同比率は日本、韓国の歴史的最高値を10ポイントも上回っている。経済史に鑑(かんが)みれば、どの国にも投資の趨勢(すうせい)加速(スパート)期がある。しかし、投資は最終需要である家計消費の裏付けがあって初めて成立する。家計消費の裏付けがなければいずれ成長は失速する。「いざなぎ景気」後の日本、「漢江の奇跡」後の韓国でも起こったことである。

 中国の家計消費は長期にわたり低迷をつづけてきた。2011年の日米中のGDPに占める家計消費額の比率をみると、米国71%、日本66%に対して、中国は35%という低率である。中国の家計消費率はなぜかくも低いのか。

≪格差拡大で家計消費伸びず≫

 要するに、所得分配が著しく不平等であり、不平等度がさらに拡大する危険性が大きいと見込まれるからである。家計消費を拡大するには、消費性向(可処分所得に占める家計消費額の比率)の高い低所得者層に所得が厚く分配されねばならないが、中国では逆に高所得者層に所得が集中している。胡錦濤-温家宝体制が発信しつづけたスローガンが「和諧社会」(階層間で調和の取れた社会)の実現であるが、この10年間に階層間の所得格差はむしろ拡大してしまった。

 「発展方式の転換」の緊急性は多くの指導者によって認識されている。しかし、厖大(ぼうだい)な規模に及ぶ低所得者層に所得を再分配し、さらには年金・医療・失業・教育・生活保護までを含むセーフティーネットを拡充するには、これまた厖大な資金と制度改革のためのエネルギーを要する。そんな迂回(うかい)路をたどっている余裕はいまの中国にはない。共産党独裁の身の証しを立てるには高成長の持続が必須の条件なのである。

 そのためには、基幹部門に属する中央政府直轄下の国有企業に手厚い国家的支援を集中し、かつ中央ならびに地方政府によるインフラ建設を促すことによって、投資主導型成長を維持するより他に選択肢はないのであろう。

 投資は家計消費と結びついて一つの経済循環が完結する。その意味では、投資は経済循環の過渡的な過程である。中国政府はこの過渡的過程の固定化、さらにはその拡大を図ろうとしているのだが、ここに中国経済の解き難い「自家撞着(じかどうちゃく)」がある。北京の清華大学のあるエコノミストは、この点を論じて中国が「転型期の罠(わな)」にはまり込んでいるといい、投資反動不況というべき資本ストック調整がそう遠くない将来にやってくると警告するが、私も同意見である。

≪リスク分散は待ったなしだ≫

 尖閣国有化に対する中国政府の強硬策に民衆が応じて、いつになく不穏な反日感情が噴出している。対中進出日系企業の事業所が襲撃を受け、日本製品の不買運動も広がった。中国が尖閣諸島の領有権をめぐって日本への強圧の手を緩めることはあるまい。中国は日本が屈する日まで恒常的に圧力をかけつづけよう。それゆえ、中国人の反日感情も強まりこそすれ弱まることはなかろう。

 やがてやってくる資本ストック調整と中国人の反日感情の恒常化のことを考えれば、日本の企業は現在以上の対中進出には抑制的でなければなるまい。中国だけが投資対象国ではない。タイ、ベトナム、インドネシアなど東南アジアの国々が発展軌道に乗りつつある。対中投資のリスク(カントリーリスク)をこれら諸国に分散する必要がある。

 中国は東南アジアとすでに自由貿易協定を結んでおり、日本も東南アジアのほとんどの国々と協定締結にいたった。東南アジアへの企業進出により、同地域の域内需要に応えるのはもとより、域内の日系企業を経由して中国市場を狙うというビジネスモデルも大いに有効であることを認識されたい。(わたなべ としお)
11月7日付産経新聞朝刊「正論」