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2010.07.01 (木) 印刷する

【詳報】 日米安保シンポジウム 「インド洋の覇権争い―21世紀の大戦略と日米同盟」 第一部 基調講演

国家基本問題研究所は平成22年6月4日、東京新宿区の早稲田大学国際会議場・井深大記念ホールで、日米安保条約改定50周年シンポジウム「インド洋の覇権争い―21世紀の大戦略と日米同盟」(産経新聞社後援)を開催しました。第一部では、長島昭久防衛大臣政務官、インドのブラフマ・チェラニー政策研究センター教授、中国の楊明傑現代国際関係研究院副院長、米国のマイケル・ピルズベリー国防総省顧問の4人が基調講演をしました。第二部では、櫻井よしこ理事長、田久保忠衛副理事長を交え、チェラニー、楊、ピルズベリー3氏がパネリストとなって、討論を行いました。

会場には324人(会員177人、一般120人、招待者11人、役員16人)が集まり、合計6時間以上に及んだ講演と討論に耳を傾けました。パキスタンとマレーシアの駐日公使も姿を見せ、シンポジウムは国際的にも注目されました。第一部の詳報は以下の通りです。

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開会あいさつ

櫻井 国基研の目的は日本をまともな国家にすることにあります。戦後の日本は、精神的な鎖国状態にありました。米国の保護の下に、安全保障も外交も考えず、ひたすら経済活動に集中してきたのです。明治時代の富国強兵で立派になった日本は、いつの間にか消えてしまいました。今こそ、この精神的な鎖国を打ち破る時です。目を見開くと、わが国周辺の状況は劇的に変わりつつあります。日米安保条約改定50周年の今年、日本の多くのシンクタンクは日米2国間のことだけを取り上げています。

しかし、日米だけで世界を乗り切ることはできません。米国や中国の大きな変化に、日本やインドなどアジア諸国と国際社会がどのように対処していけばよいのかを、複眼的思考で探らなければなりません。

一番の問題は中国です。目覚ましい台頭と、素晴らしい成功に尊敬の念を抱きます。けれども、中国は本当に尊敬に値する国なのか。中国は脅威となりつつあるのではないか。アジアと世界の不安定要因となりつつあるのではないか。それを知るため、中国、米国、インドの代表を招きました。

21世紀の争いの海になりつつあるインド洋について論ずることが今日のセミナーの主目的であり、日米安保改定50周年の最大のテーマだと自負しています。このセミナーが多くの人に考えるきっかけを与え、日本がまともな国として立ち直る第一歩となるように、真剣に討議したいと思います。

基調講演


長島昭久 防衛大臣政務官

長島 米国の地政学者ニコラス・スパイクマンの著書『世界政治における米国の戦略』を座右の書の一つにしています。第二次世界大戦中の1942年に書かれたこの本は、米外交に大きな影響を与えたことで有名で、戦後の米国がモンロー主義(孤立主義)に回帰せず、国際的な関与を続けたのはこの本の大きな功績でした。スパイクマンはこう言っています。

「もし米国が、欧州やアジアから遠いので安全だと不介入政策を選択したとしても、旧世界(ユーラシア大陸)が特定の国家に統一されれば、必ず新世界(米大陸)を征服するに至るし、その時は防ぎようがない」

ユーラシアに大きな影響力を持つ国が出現すれば、われわれの生存と繁栄を支えているシーレーン、すなわち海洋の安全を脅かすことができる、という趣旨だと思います。スパイクマンの処方箋は次のようなものです。

「リムランド(ユーラシア周辺部)を形成する国々と共同してハートランド(ユーラシア中心部)の勢力の拡大を抑止する以外に、米外交の取るべき道はない」

スパイクマンは70年も前に、戦後はリムランドの海軍国である英国や日本と同盟を結ぶべきだと言い切っています。そして、国務省の親中派に次のような警告を発しました。

「近代化し軍事力を増強した中国は、アジアの地中海(南シナ海)で西側諸国への脅威となるだろう。航空戦力を有した中国は、その大陸的性格と相まって、アジアの地中海を制するだろう」

このスパイクマンの“予言”を証明するかのような発言が中国海軍首脳から2008年に飛び出しました。

当時のキーティング米太平洋軍司令官が5月14日にインド海軍のメヘタ参謀長に中国海軍首脳の言葉を伝えたことがインドの新聞に載り、それが世界を駆け巡ったものです。それによると、中国海軍首脳は中国が将来空母を複数所有することを前提に、次のように言っています。

「米国はハワイの東を、中国はハワイの西とインド洋を支配する。そうすれば、米国は西太平洋とインド洋に手を伸ばす必要がなくなる。われわれも東太平洋に出ていかなくて済む。われわれの方で何かあれば米国に知らせる。そちらで何かあれば中国側に知らせてほしい」

西太平洋に加えてインド洋にも言及した、中国海軍首脳の自信あふれる発言だったと思います。

インド洋の話へ行く前におさらいをすると、冷戦終了後の20年間に南シナ海と東シナ海で何が起きたか。(中国の行動には)パターンがあります。まず領有宣言。1991年にフィリピンから米軍基地が撤去されると、翌年、中国は独自の領海法を宣言して、南シナ海のほとんどの海域を中国の領海であると宣言した。尖閣もそこに入っていました。

その後、海洋調査が随時行われるようになり、最終的には軍艦が張り出してきて、いわゆる民間人が上陸し、実効支配をして、軍事施設を建設する。こういうパターンで中国は南シナ海で支配権を確立していった。ここで注目したいのは、すべてが平時に起きていることです。まさに孫子の兵法、戦わずして支配権を拡大していく傾向が中国にあることを頭に入れておかなければならない。

中国には「海洋強国」を作ろうという戦略があるといわれています。

中国の長期的な海洋戦略は、鄧小平の右腕と言われた劉華清という提督が1982年に策定したもので、2000年までに中国沿岸の防衛能力を高め、2010年までに第一列島線(九州~琉球~台湾~フィリピン~ボルネオ)の内側の制海権を確立し、2020年までに複数の通常型空母艦隊を建設して第二列島線(小笠原諸島~グアム~サイパン~テニアン~パプアニューギニア)の内側の制海権を確立し、2040年までに複数の原子力空母艦隊を建設して米海軍の西太平洋およびインド洋における制海権を削ぎ落として、やがて米国と対等の海軍国になるというものだと伝えられています。

つまり、今から30年前に既に、インド洋を視野に入れた戦略を構築していたということです。

現実の動きは5年ぐらい遅れているといわれます。2015年には中国本土から1500キロまで―これは大体、第一列島線の外側のラインとなります―の海域の航空優勢を陸上の航空兵力によって確保し、水上艦艇とともにミサイル搭載潜水艦を40隻以上配備して、米国の空母艦載機が接近してくるのをそのラインで阻止するというのが中国海軍の近代化計画ですが、この計画と(劉華清の長期戦略は)時期は多少ずれるがほぼ合致しているというのが日本の専門家の見方です。

特に水上艦艇や潜水艦に搭載される巡航ミサイルや弾道ミサイルの脅威が飛躍的に増大しています。この「アクセス(接近)拒否」能力を、中国は中長期的に持ちつつある。中国が第二列島線までアクセス拒否海域を拡大した場合には、日本も韓国も台湾もフィリピンもすっぽりその中に収まってしまいます。

普通、大陸国家は海洋への進出が難しいといわれてきました。大陸国家は各国と国境を接し、国境の守りを固めないといけないからです。中国はロシア、ベトナム、ミャンマーなど14カ国と国境を接し、国境の画定をしないと海へ出ていくことは難しい。しかし、国境の画定をしているのです。

あとはブータンとインドだけが残っている。そこもだいぶ落ち着いてきた。そこで、国力を全部海へ、つまり東は西太平洋へ、南はインド洋へ注ぎ込んでも惜しくないぐらい中国は大きくなりつつあるということです。

インド洋はアジアとアフリカと南極に囲まれた広大な海域です。インド洋の沿岸には、海賊が跋扈(ばっこ)するソマリアがあり、核兵器開発疑惑のイランがあり、テロが頻発するパキスタンがあり、シーレーンのチョークポイントであるマラッカ海峡がある。米国はかつてこの地域を「不安定の弧」と呼んだが、それにふさわしい様相を呈している。そのインド洋を年間10万隻の貨物船が航行している。年間10億トン以上の原油がここを経由している。海上交通の40%はマラッカ海峡を通過している。取引される原油の40%は(ペルシャ湾からインド洋へ入る)ホルムズ海峡を経由している。

世界のエネルギー需要は2030年にかけて45%上昇するといわれているが、その上昇分の半分はインドと中国で分け合うという試算がある。特に中国向けの石油製品の85%はインド洋を横切る。ですから、インド洋は中国にとっても、今後の経済発展にとって死活的な重要性を持ってくる。

そこで中国は、南アジアの友好国にさまざまな援助を与え、重要港湾施設の建設に多大な資金をつぎ込んできた。その目的は三つ。一つはマラッカ海峡を通過せず、南アジア、特に一番近いミャンマーから直接中国へ物を運べるようにすること。第二に、インド洋進出に立ちふさがるインドを牽制すること。第三に、劉華清の長期戦略にあったように、インド洋を制する目的があると私は思っています。

中国はパキスタンのグワダール港に12億ドルを投入し、三つしかないバースが2012年には12個に膨れ上がる。原油輸送の中継地点に当たるスリランカのハンバントタ港にも盛んに投資しており、ここは水深が22メートルあるので空母も利用できるのではないかとか、最終的には33隻の船が並ぶ大変な港になるとかいわれています。

バングラデシュの第二の都市チッタゴンではコンテナ・石油関連施設を拡張しており、総額約90億ドルのプロジェクトが完成すると、港のキャパシティーは現在の3倍になるといわれている。ミャンマーは中国がマラッカ海峡を迂回するために大変重要な国で、インド洋からミャンマー経由で中国の雲南省に最短距離で直接アクセスすることができる。

中国はミャンマーのシトウェー港にテコ入れしていますが、ほかにもココ諸島に電子情報施設や軍事施設を建設したといわれています。こうした一連の施設がいわゆる「真珠の首飾り」と呼ばれるものです。このほか、タイのクラ地峡に運河を造る構想もあり、仮に建設さればインド洋と南シナ海が完全に直結し、パナマ運河、スエズ運河に続き、世界地図を塗り替える壮大なプロジェクトとなります。

米国やシンガポールや環境団体の反対を押し切れるか政治的には疑問符が付くものの、中国の戦略的弱点を克服できる構想なので、単なる絵空事ではないと感じています。

もちろんインドもこれに対抗しています。ミリタリー・バランスの2010年版によると、インドのメヘタ前海軍参謀長は新ドクトリンを掲げ、①中国と軍拡競争はしないが信頼に足る抑止力を維持する ②インド洋に次ぐ重要海域に南シナ海その他の西太平洋海域を加え、そこに属する友好的な海洋国家と連携を取っていく―と言っています。連携相手にはもちろん日本も含まれると思います。

インドは中国より一足先に空母の建設にも着手しており、今後数年間に300億ドル以上を海軍の増強に使っていくということで、注目しなければならないと思っています。加えて、インドはインド洋に浮かぶマダガスカルやアフリカ大陸のモザンビークに軍事情報施設を、中国の裏庭であるカザフスタンに空軍基地を、モンゴルに宇宙情報センターをそれぞれ造り、中国を牽制しています。

言うまでもなく、インド洋は日本の生命線です。私たちはインド洋の安全保障について、太平洋に勝るとも劣らないレベルでの重大な関心を持っています。インドは多国間でシンポジウムを開いたり、海軍の共同演習を主催したりして、この海域の安全保障に建設的な関与をしようとしており、私たちはこのインドの姿勢を強力にバックアップし、積極的に協力していきたい。

2007年9月にはベンガル湾のココ諸島近くで米国、インド、日本、オーストラリア、シンガポール5カ国の海軍の共同訓練が行われました。参加人員2万人、空母3隻(米国2隻、インド1隻)を含む艦艇28隻、航空機150機が加わった大規模な演習で、対空、対潜水艦、対水上艦作戦の訓練をしました。昨年4月には九州・沖縄海域で日米印3カ国による演習もしました。インド洋での演習を恒例化することを含めて、日本は演習に積極的に参加する必要があると思います。

インドが創設した多国間の海軍シンポジウムには日本も米国も、もちろん中国も参加できていません。私たちは、オブザーバーでよいから参加させてほしいと言っています。日本はインド洋に面していないので参加要請は来ていませんが、こうした海洋秩序の話し合いは中国を含めて積極的にやっていく必要があると思います。

鳩山政権の8カ月間で反省しなければならないのは、このように大事なインド洋から自衛隊護衛艦を撤退させ、約8年続いた給油活動が打ち切られたことです。今、辛くもソマリア沖の海賊対処で護衛艦2隻がインド洋の西側海域に行き、哨戒機P3Cがジブチに派遣されていますが、どういう形かは別にして、つまり、テロ対策で給油活動を復活させることがいいのか、それとも海上阻止活動そのものに自衛隊が参加することがいいのかは別にして、インド洋におけるプレゼンスを日本は1日も早く回復しなければならないと思っています。

西太平洋では、先に触れた中国のアクセス拒否能力に対抗していかなければならない。今年2月に米国で公表された「4年に一度の国防政策の見直し」(QDR)の中で、注目すべきキーワードはAir-Sea Battle Conceptで、空と海の統合作戦によるアクセス拒否への対応措置というものがはっきり打ち出されました。日本も米国と協力を緊密化させて、西太平洋の平和と安定にどこまで貢献できるかが重要になってきます。

(普天間飛行場の移転先を辺野古沖と確認した)5月の日米合意で、私たちは自民党政権下の合意になかったコンセプトを入れました。それは、米海兵隊基地を日本本土に分散展開することで抑止力をさらに高めていくという「動的(ダイナミック)・抑止(デタランス)」の概念です。日米とも使える基地を増やし、場合によっては自衛隊の哨戒機をグアムに常駐させる、あるいはテニアンで米軍との共同訓練をやる、インド洋のディエゴガルシアも日本が共同で使用するといった形で、面的に海洋の安定を図っていく必要があると思います。

最後に、それを支える国内的な法的基盤も作っていかなければならない。海上阻止活動や船舶検査を今はまだ公海上でやれません。立ち遅れていた法整備を確立していく中で、日本が責任を果たしていける態勢を作っていきたい。


ブラフマ・チェラニー インド政策研究センター教授

チェラニー インド洋地域ほど安全保障情勢が動きやすく不安定な地域はありません。この地域は広大で、オーストラリアからアフリカの東部および南部まで広がっています。また、「アフリカの角」地域やサウジアラビアの砂漠から、マレーシアやインドネシアの島々に至るまで、イスラム圏全体を包み込んでいます。世界のイスラム人口の大半はこの地域に集中しています。

イスラム原理主義と国際テロリズムの関係からみて、世界におけるテロ攻撃の大多数がこの地域に集中しているのは偶然でありません。過激主義やテロリズムから海賊やシーレーンの安全まで、21世紀の世界のさまざまな課題はこの地域に集中しているのです。

インド洋地域はまた、環境汚染や沿岸生態系の荒廃からエネルギーへの重商主義的アプローチまで、世界の非伝統的な安全保障上の課題も表象しています。この地域は、古くからの安全保障上の懸念と新しい安全保障上の懸念が交わっている場所なのです。この地域は、世界の安全保障上の課題がいかに根本から変わったかの事例研究に役立ちます。かつてわれわれは伝統的な安全保障上の課題に気を取られていましたが、非伝統的な安全保障上の課題が徐々に重要性を増し、インド洋地域ではそれが明白となっています。

アジアの安全保障情勢を忘れてはなりません。不安定なのです。アジアは世界で最速の経済成長を遂げていますが、世界最速の軍事支出の伸びを示し、世界で最も危険な紛争地を抱え、最も激しいエネルギー争奪戦の現場なのです。世界の歴史上、勢力均衡をめぐる競争は欧州に集中していました。冷戦も実は東西の争いではなく、欧州をめぐる二つの陣営の争いでした。われわれは今、全世界で勢力の均衡を構築する任務に初めて直面しているのです。そして、その勢力均衡は、アジアの力関係に大きく影響され、アジアの刻印がはっきり押されたものになるのです。

アジアおよびインド洋地域での最大の課題は、安定した力の均衡をどう築くかということです。アジアが多極化するか、一極化するかを決するのに、インド洋地域は決定的に重要な役割を果たすでしょう。この問題を決するのはインド洋地域であり、勢力均衡が多かれ少なかれはっきりしている東アジアではないのです。

より根本的には、世界で進行中の力の移動は主としてアジアの驚異的な経済成長と結び付いています。アジアがいかに大きく急速に成長したかは、スウェーデン人の経済学者でノーベル賞受賞者のグンナー・ミュルダールが1968年に書いた本から見て取ることができる。『アジアのドラマ』という題の本で、ミュルダールは貧困、資源の制約、人口の圧力がいかにアジアの重荷になっているかを書き記しました。2010年の今日、アジアのドラマは一転しました。

アジアには貧しい人はたくさんいますが、今日のアジアのドラマは日の出の勢いの繁栄についてであり、国際関係におけるアジアの注目度の増大についてなのです。アジアの台頭によって進んだ世界の力の移動は、歴史上初めて、戦場での勝利や軍事同盟の締結によらず、現代世界に特有の要因である急速な経済成長によって起ころうとしています。

アジアにおける力の変化は、中国外交が自己主張を強め、日本がより「対等」な対米関係を望み、中印のライバル関係が先鋭化してヒマラヤの国境地帯で再び緊張が高まったことなどに示されています。

今日、中国はインド洋地域への関心を疑いなく高めており、米国防総省が言うところの「真珠の首飾り」戦略を追求しています。だからこそ、この地域における安定の構築が必要なのです。非伝統的な安全保障上の課題に加え、伝統的な安全保障上の課題も依然として重要です。この中には航海の自由、シーレーンの安全確保、海の国境線の保護、大量破壊兵器の拡散、海賊や武器密輸など海上の法秩序への挑戦が含まれます。

アジアの将来の中核を成すのは、中国、日本、インド3国の戦略関係と、アジアで最も重要なプレーヤーであり続ける米国とこれら3国の関係です。つまり、これら4カ国の関係が、アジアの地政学的見通しに大きな位置を占めるのです。

そこで、この4カ国それぞれの役割について簡単に触れてみたい。まずは日本からです。日本はアジアで最初に経済的に成功した国家として、他のアジア諸国をいつも元気づけてきました。日本の経済的な成功物語は明治時代にさかのぼります。明治以降の日本の興隆は他のアジア諸国の手本になっただけでなく、20世紀初めのアジアの独立運動に支えを提供しました。

今では、虎に例えられた中進国の出現や、中国とインドの台頭により、アジアは全体として2世紀近くの歴史的衰退から立ち直りました。アジアにおける今世紀の最も大きな動きで、しかもほとんど注目されていない動きは、日本の政治的な復活です。消極的な小切手外交を行うことはもはやなく、今日の日本はアジアの勢力均衡に影響を与えることに熱心に見えます。

アジアの経済発展に中国とインドが大きな位置を占めているように見えますが、ずっと小さな日本は将来にわたり世界の経済大国としてとどまる可能性が大きいのです。日本の経済規模は5兆ドルほどもあります。中国が急速に経済成長を遂げており、日本は追い越される日が来るのを覚悟してきました。しかし、優れた先端技術を持ち、職人芸にもこだわる日本は今後とも繁栄すると思います。

中国がインド洋地域に戦略的影響を及ぼそうとしていることは疑問の余地がありません。中国が独裁体制の下で1世代の間に世界的なプレーヤーとしてのし上がったことは、世界の勢力の質的転換を象徴しています。日本が明治時代に大国の地位に上って以来、西側以外の国がこれほど速く台頭したことはありません。米国の情報機関による2009年の分析が指摘したように、中国は他のどの国よりも世界の地政学に影響を及ぼす立場にあります。しかし、中国の台頭はアジアを団結させず、分裂させています。

歴史的には、海軍の急速な増強は国家的野望の拡大の先駆けになってきました。今日、中国は二つの近代化に集中しています。一つは海軍の近代化であり、もう一つは核戦力の近代化です。だが、何年か先の中国の戦略目標は今とそれほど違わないでしょう。中国は基本的に五つの目標を追求しています。

第一に、陸と海の広大な辺境地帯を守ることです。中国はアジアの中央に位置し、陸だけでも14カ国と国境を接しています。第二に、国内の安定と治安を保つことです。中国の懸念は、国土の60%が少数民族の故郷から成っている事実によって裏付けられています。2008年にはチベット人、2009年にはウイグル人と2年連続で少数民族の反乱がありました。第三に、海外での商業的利益と貿易を拡大することです。第四に、他のアジア国家とりわけ日本やインドが対等な競争相手になるのを防ぐことです。ちなみに、中国自身は、強大な軍事力と活力ある経済力で米国と対等な競争相手になろうとしています。第五に、中国の周辺で外部勢力が新たな軍事基地を造ったり、安全保障上の取り決めを結んだりするのを妨げることです。

中国は軍事力の増強を通じて、もっと有利な立場から今後何年かのうちにこれらの利益の多くを増進することを狙っています。中国はまた、貿易と外交、貿易と兵力投射能力をはっきり関連付けようとしています。中国が防衛範囲を徐々に拡大していることで、中国の戦略ドクトリンと軍事費の透明性についての国際社会の懸念が増大するでしょう。

中国の優先課題は、長年の優先課題が今後もそのまま維持されるでしょう。それは、アジア・太平洋地域の勢力均衡を自国に有利なように変える努力をすることです。排他的経済水域(EEZ)のはるか遠くまで海軍力を投入することに力を注いできた中国は、弾道ミサイル原子力潜水艦の艦隊を配備しようとしています。

中ロ間の原子力艦船の格差は小さくなりつつあり、遠からず中国はロシアより多くの原子力艦船を保有することになりそうです。通常型の艦船についても、中国は国内での建造を増やし、沿岸から遠く離れた海域に展開しており、中国の海軍力が急速に伸びることは決まっています。中国海軍が、石油をはじめとする物資の重要な交易ルートであるインド洋への進出にあからさまな関心を示し始めたことは、驚くに値しません。

この関心は、インド洋地域における中国のさまざまなプロジェクトから明らかであり、長島政務官が指摘したように、スリランカのハンバントタでの港湾建設、バングラデシュのチッタゴン港の改修、パキスタンのグワダールでの港湾新設が含まれています。ペルシャ湾岸の石油の唯一の出口であるホルムズ海峡に面するグワダールの港は、既に使用されています。さらに中国は、中国の雲南省とミャンマーのベンガル湾岸の港を結ぶイラワジ回廊の建設を進めています。

中国が将来どうなるかは、近隣諸国や米国などが中国の力の拡大をどう管理するかにかかっています。それをどう管理するかによって、中国が傲慢な方向へ進まず、帳簿のプラスの側にとどまるかどうかが決まるのです。

インドに関しては、非常に難しい地域に位置していることは明らかです。インド洋地域の安定はインドの経済的、戦略的利益にとってなくてはならないものです。インドは石油の80%をイランなどペルシャ湾岸からの輸入に頼っており、その依存度は世界のどの大国に比べても大きい。日本は輸入石油への依存度がインドより高いが、インドと違って、石油の輸入先を多様化し、湾岸以外でも供給国を見つけています。それでも、日本もペルシャ湾岸からの石油の輸送が遮断されると、やはり弱い立場にあります。

世界の輸出石油の多くはインド洋を通過しています。具体的には二つの隘路(あいろ)を通っています。一つは、イランとオマーンの間に位置する幅89キロのホルムズ海峡で、もう一つは海賊が出没するマラッカ海峡です。マラッカ海峡はインドネシアとシンガポールの間にあり、最も狭い所で幅は2.5キロしかありません。毎年5万隻以上がマラッカ海峡を通過します。日本やインドのような石油輸入国にとって、この石油大動脈の安全確保はエネルギー供給の安全確保に欠かせません。

米国についてですが、ブッシュ政権はアジア政策に関して非常に明確な地政学的な考えを持っていました。オバマ政権のアジア政策にそうした明確な考えがあるとは思えません。予見できる将来、米国はアジアやインド洋地域で中心的なプレーヤーとしてとどまるでしょう。

米国はアフガニスタンやイラクで戦争を続けているし、インド洋のディエゴガルシア基地も利用しているから、インド洋地域で米国以上に重要な役割を果たす国はいません。アジア地域全体では、中国の台頭が新たな懸念を引き起こし、米国のアジアでの役割が強まっています。

しかし、米中関係がどのように進行するかで、アジアにおける米国の同盟関係や戦略的パートナーシップは影響を受けます。同盟関係やパートナーシップは常に進化します。米国が中国との関係をどう形成するかに応じて、アジアにおける米国の同盟関係やパートナーシップは進化します。米中関係の基盤が今後数年間で広がり、深まると、米国の既存のパートナーシップがぎくしゃくする可能性があります。中国とのより強力な協力関係の構築が、中国を刺激しないように同盟諸国への新型兵器の売却より優先されるということが初めて起ろうとしています。

長島政務官はインド洋での5カ国軍事演習、米日印3カ国演習に言及しましたが、オバマ政権は最近、中国の反応を気にして海軍演習への参加に慎重になっている。このような新しい動きがあるので、私は米中関係の進化がアジアでの米国の同盟関係、パートナーシップに影響すると言っているのです。

最後に、アジアにおける大きな課題は、地政学的な競争をいかに極小化し、互恵協力をいかに極大化するかです。インド洋はそのテストケースになります。エネルギー資源の長期的供給を滞らせようとする重商主義的な試みは、エネルギー協力を慣行化する努力に水を差します。エネルギーはアジアの地政学と密接に絡み合うばかりでなく、戦略的思考や軍事的な計画立案にもかかわってきます。シーレーンの安全と、供給の遮断に対する脆弱性の高まりへの懸念から、一部の国は海洋安全保障の協力を模索しています。

アジアは国家関係に大きな影響を与えている歴史問題を克服する必要があります。また、アジア共通の規範と価値観の構築に取り掛かる必要もあります。欧州の共同体は民主主義国家の間で築かれましたが、アジアの政治体制はあまりにもばらばらで、国によっては不透明であり、共通の価値観はもとより、国家間の信頼をアジアで築くのは至難の業です。

欧州では20世紀に血なまぐさい戦争が戦われ、武力紛争はもう考えられないという状況になりました。しかし、アジアでは戦争が紛争の解決に至りませんでした。欧州では平和を支える機構が成立しましたが、アジアではまだそのプロセスが本格的に始まっていません。それどころか、歴史上、中国、日本、インドが同時に強力な国家であったことはないのです。

これら3国はアジアにおける利益を調和させ、平和的に共存して繁栄することを可能にする基盤を見いださねばなりません。これら3国と米国が異なる台本を持っていることは否定できません。米国はアジアの多極化を望むが、世界を一極支配したいと思っています。中国は世界の多極化を望むが、アジアを一極支配したいと思っています。日本とインドは世界もアジアも多極化してほしいと思っています。

経済的な相互依存が高まると、それだけで地域あるいは世界の地政学的な関係は好転すると考えるのは間違いだと思っています。アジアを見れば分かるように、今日のように市場が動かす世界において、貿易は政治によって制約されません。だからこそ、競争する国家間でさえ、盛んな貿易が行われているのです。盛んな貿易や経済的な相互依存が地政学的な対立を抑え、紛争を防ぐことができたなら、第一次世界大戦は起きなかったでしょう。

なぜなら1914年の世界は経済的な相互依存が今日以上に強かったからです。この教訓から、政治関係の改善は経済関係の改善と同等に重要なことが分かります。どちらか一つの改善ではいけません。政治関係の改善は、戦略的ドクトリンや軍事支出の透明性を高めるし、共通の関心事への協力的な取り組みを構築していくことになります。


楊明傑 中国現代国際関係研究院副院長

 中国における軍備増強について、政府の立場を繰り返すのではなく、私見を述べたいと思います。国家基本問題研究所によると、本日の議題は「インド洋の覇権争い」となっています。プログラムの表紙を見ると、地図に四つの赤い点が付いています。外国の方々の中には、それを「真珠の首飾り」と呼ぶ人もいますが、私の意見は少し違います。

インド洋の問題や中国の軍備増強を語る時に、対立や覇権争いや勢力均衡という伝統的な考えに基づくのは誤りです。一部の外国の友人はわが国の法律や政治の枠組みを分かっていません。そこで、本日は中国の軍備増強の法的、政治的枠組みに焦点を当てたいと思います。

中国の台頭で、近隣諸国には将来の中国の軍事的意図に懸念があるのではないかと思います。しかし、人民解放軍(PLA)の真の意図は何かを考えることが重要です。まず、PLAの法的、政治的な基礎は何でしょうか。外国の友人は、PLAは独立しており、それを指導する機関は存在しないと言うが、そうではありません。

中国では、軍は党に指導されなければならないことになっています。中国の政治制度によると、PLAは中央軍事委員会に指導されなければなりません。中央軍事委はPLAの政策決定や、ドクトリンの策定などで大きな権限を持っています。PLAには総参謀部、総装備部、総政治部、総後勤部の四つの総部があり、すべて中央軍事委が率いています。七人の軍区司令官も中央軍事委が率いています。つまり、党と中央政府がPLAを統率しいているということです。

また、中央軍事委は政治的な戦略を決定し、人事を決定する以外に、PLAのさまざまな任務を決定します。例えば、演習や災害救援の出動に関して、中央軍事委はどの部隊や装備を使うかを決定する権限を持っています。軍備増強に関しても、中央軍事委はドクトリンと政策を持っています。つまり、党がPLAのほとんどすべての主要機能と任務を統制しているのです。

もっとも、中央軍事委がすべてを統制するのではありません。中国の政治制度でもう一つ重要なのは国務院です。中国の国防法によると、国務院は予算、軍備増強などについて中央軍事委と協力することになっています。すなわち、国務院にはPLAを指導する経済的な権限があるということです。

もう一つの国務院の権限は危機管理です。自然災害が起きれば、国務院が担当します。その時はPLAが国の危機管理システムの一部になります。例えば、2008年や今年の地震で、首相が軍を被災地に送り、民生部門や現地政府を支援するよう指示を出しました。

すなわち、国防法などに基づき、軍は党と中央政府の統制を受け、場合によっては国務院の統制も受けるということです。PLAは単独の自立した権力機関ではなく、政治制度の一翼を担うにすぎません。

これについては、人的な問題から分析するとはっきりします。中国共産党政治局には9人の常務委員がいますが、彼らは文民です。一般の政治局員には制服組もいます。つまり、PLAは軍ではなく文民に率いられているのです。

次に、中国の軍備増強をどう見るか、です。中国の軍事力は増大していますが、どんな種類の増大なのでしょうか。歴史的に、中国の軍事費は対国内総生産(GDP)比で減少しています。1950年代から2009年まで、軍事予算のGDPに占める割合は、最初は約30%でしたが、70年代末に改革開放政策が始まるとその比率は下がり、その後も低下が続きました。

軍事予算については(改革開放後の)時期を三つに分けることができます。79~87年は経済開発に重点を置き、軍備増強などを犠牲にして経済開発を進めました。この時期、軍事費(の対GDP比)は劇的に減りました。PLAにとって困難な時期で、一部部隊は商売をしなければならないありさまでした。

80年代末から90年代末は改革開放のお陰で経済状況が改善し、軍備増強がまた始まりました。政府はPLAによる商売をやめさせ、軍人給与や必要な装備の支払いをする政策を取りました。

90年代末から現在までは、PLAの軍備と予算の実質的な構築の時期です。それは、経済発展のゆえでもあるし、中国に対する国際社会の要請のゆえでもあります。ご存知のように、中国は「責任あるステークホルダー」の役割を果たすよう求められています。すなわち、中国の軍備増強は普通のプロセスの一環なのです。

次に、PLAの政治的、法的枠組みを考える時に、もう一つ考えなければならない変数があります。中国では政治が非常に重要で、最高指導者であるためには政治を考えなければなりません。政治的枠組みが軍備増強の基盤になっていると思います。PLAの戦略やドクトリンは、安全保障問題に関する共産党と中央政府の認識に従い奉仕するものでなければならないのです。冷戦が終わり近年になって、中国では世界および安全保障に関する共産党の理論に大きな変化がありました。

一つは「変革の理論」で、世界は今、未曽有の歴史的変革を遂げているという理論です。中国は、世界が大変革、大発展、大調整の時代に入ったと考えています。これは国際社会にとっても中国にとっても大きな変革です。この変革は軍事の分野でだけでなく、社会、経済、文化の分野でも起きています。われわれが安全保障の問題を考える時には、新しい理論が中国から出ています。

例えば、非伝統的な安全保障という概念です。もともとは70年代半ばに日本から出てきた概念ですが、近年、非伝統的安全保障という言葉は、国際および国家の安全保障を考える際には、単に主権とか領土といった伝統的な問題だけに焦点を当てるのではなく、伝統的な問題を越えて、非国家主体からの挑戦であるテロや組織犯罪、あるいは人力の及ばない自然災害といった問題にも安全保障の概念を拡大しなければならないという意味で使われるようになってきました。

この理論は、軍事的な安全保障に三つのレベルで反映されています。第一に、国際および国家の安全保障の概念が変わりました。先に述べたように、非伝統的な安全保障という概念が中国の軍備増強の戦略に取り入れられました。第二に、中国が軍備増強を考える際、全世界の軍事革命(RMA)とりわけ情報分野の革命を考えるということです。だからこそ胡錦濤主席は、PLAの増強を考える際にはその背景に世界の科学技術の発展とくにRMAを考えなければいけないと言ったのです。最後に、PLAは新しい歴史的使命を遂行しなければならないということです。そうした使命の一つは災害救援活動です。

例えば、四川大地震では、空軍や陸軍だけでなく、宇宙部隊を含むPLAの全部門が救援活動にかかわりました。われわれは衛星の画像や通信を利用したのです。PLAのヘリコプター能力はひどいものでした。米国から輸入したブラックホークだけが使いものになりました。それ以外に、人命救助に適したヘリはありませんでした。

もう一つの使命はテロ対策です。近年、アルカイダのネットワークが全世界に広がり、中国にも攻撃を仕掛けてきています。アルカイダの一部指導者はビデオ演説で、中国を米国のパートナーとみなし、新しいジハード(聖戦)を中国で展開したいと発言しました。

三番目は平和維持や海賊対策などの国際的な使命です。PLAの兵士はインド軍兵士と海賊対策の合同訓練を行っています。中国とインドは共に海賊の犠牲者だからです。中国海軍はソマリア沖にも艦船を送り、中国船だけでなく他国の船も警護しています。これまでに約800隻の外国船を警護しました。

党の理論でもう一つ変わったのは「協力の理論」です。党と中央政府は、新たな安全保障上の脅威に直面して、国際社会の協力を強化することが必要であると確信しています。安全保障は孤立したものではないし、ゼロサムゲームではないし、絶対的なものではないからです。また、地域や世界の平和と安定なしに国家の安全はないと確信しています。

われわれは単独では何もできません。例えばテロ対策ですが、米国、ロシア、インド、日本から協力を得ています。テロ対策を単独でできないのは、テロは国際的な組織とつながりがあるからです。領土紛争でさえ、交渉で共通点を見つけなければなりません。60年代にはロシアとの国境衝突がありました。しかし、交渉に10年をかけ、信頼を醸成し、合意に達しました。それゆえ、党と政府は領土紛争を力で解決することはできないと考えているのです。

法的、政治的枠組みや、理論についての話が終わったので、次はPLAの軍備増強の基本的なロードマップについてお話ししたい。PLAは三段階の発展戦略を持っています。第一段階は今年終了します。というのは、国防戦略によると、PLAは将来の発展の基礎固めを2010年までにすることになっているからです。

続いて2020年末までにPLAは「機械化」を実現し、「情報化」で大きな進展を遂げなければなりません。中国語の表現は分かりにくいと思いますが、この期間中にPLAは構造や組織を変えなければならないということです。伝統的な構造は将来の安全保障上の課題に適さないと考えるからです。情報化とは、中国は情報戦争を望んでいるという意味ではありません。情報技術(IT)をPLAの組織に取り込まないといけないということです。それによって、21世紀半ばまでに国防と軍隊を現代化するという目標を達成できるのです。

この点は中国の経済発展の戦略と符合しています。経済発展戦略によれば、中国は21世紀半ばの時点で中進国になっています。PLAが「普通の軍隊」になるためには40年ぐらいかかるということです。日本は「普通の国」になりたいようですが、われわれは普通の軍隊になりたいと思っています。

PLAの三段階戦略に従って、われわれにはやらなければならないことがあります。一つは経済・社会発展と軍備増強のバランスを取ることです。次の40年間に、経済・社会問題も政府の優先課題になります。一部の工場で自殺者が出たり、経済特区で混乱が起きたりしているが、それは中国が経済と社会の発展戦略を転換しなければならないことを意味します。経済・社会発展に焦点の大半が移るということです。

党と中央政府が軍備増強に大きな関心を払うことを望んでいるとは思いません。党と政府が望んでいるのは、経済・社会発展に配慮してある種のバランスを取ることです。経済や社会が安定しなければ、安全保障上の危機を意味するからです。

二つ目は、軍備増強は非伝統的な安全保障上の課題に関心を払わなければならないということです。だからこそ、近年、中央軍事委はPLAに対し、災害救援、他国との合同軍事演習など、戦争以外の軍事作戦(MOOTW)のためさまざまな能力の増強に関心を払うよう求めてきたのです。

近年、多数の中国軍事代表団が各国を訪問しています。われわれは、日本や米国などからMOOTWの分野をもっと学びたいと思っています。PLAは、国際安全保障協力、軍事交流に力点を置き、信頼醸成措置(CBM)を構築したいと思っています。この分野をPLAが独占することはなく、外務省、公安省など他の官庁も他国との軍事協力のプロセスに加わっていくことになるでしょう。

私が最後に取り上げたいのは、PLAの軍備増強の地域的影響です。皆さんが少し心配しているのは承知しています。しかし、PLAの法的、政治的基盤を考えるなら、PLAの意図に関して不確かさは存在しません。PLAを分析評価するのは非常にたやすいことです。ピルズベリー氏はPLAの意図の分析に時間を費やしていますが、公開、非公開のあらゆる情報を集めています。2006年に米国防大学のシンポジウムで、米国の参加者がPLAの意図、構造、能力を公開情報から得るのは容易だと発言したのを覚えています。PLAの透明性はかなり高まっています。

今年、米国で「プロジェクト2049」という機関が中国問題とくに核問題の研究に着手しました。彼らはPLAの機関紙やインターネットで情報を集めていると思います。その情報が正しいか間違っているか分かりませんが、PLAの核戦略や核能力を知りたければ、私もそのプロジェクトリポートを参照します。米国の友人には感謝しています。

PLAの能力向上は安全保障面での地域協力を高めます。一例は上海協力機構です。日本や米国の友人の中に、上海協力機構は北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟への一種の挑戦ではないかと心配する人がいるのは知っています。しかし、この機構は非常に開放的で、インドの友人がオブザーバーとして招かれています。

つまり、中国の安全保障政策は透明で、世界に開かれているのです。開放性を基礎に、国際的な安全保障の協力関係を築きたいと思っています。逆に、近年の日米同盟関係を見ていると、日米同盟は何を意図し、誰を標的にしているのかが心配になります。

さらに、中国の軍事産業も開放されています。軍装備の研究開発や、軍装備の民生向け転用で他国と協力したいと思います。この中国の提案が産業協力の新たな機会になることを期待しています。ただ、この協力は、米国や欧州連合(EU)の対中武器輸出制限のため難しいことは承知しています。

最後に、「真珠の首飾り」に関してですが、中国へのエネルギー供給確保は中国一国にかかっているという伝統的な考え方をすると間違えることになります。中国だけでなく、インドやパキスタンや日本にもかかっているのです。中国へ向かうエネルギーのパイプラインは、ロシアや中央アジアからくるものがあるし、イラン、パキスタン、インド、ミャンマーを通るものもあります。こうしたプロジェクトは合意に達し、契約が結ばれています。

スーダン産石油の半分は欧州諸国に輸出され、残りは中国向けとスーダン国内向けに振り分けられています。エネルギーが中国一国に支配されているなどという見方にとらわれないでほしいと思います。そういう見方をすると、覇権争いや競争や対立が起きると考えてしまいます。

歴史的、伝統的な見方にとらわれると、中国とインドの間に対立が起きそうに思えます。インド洋という名称から、この海がそもそもインドに属するように思いがちです。しかし、中国とインドには真のパートナー関係があることを考えなければなりません。中国とインドの相互依存は増しています。PLAは2006年にインド国防省と軍事協力やCBM構築で合意しました。中印関係の将来については楽観的です。

中国と米国、日本との関係についても楽観的です。軍事協力はとてもうまくいっています。昨年は米第5艦隊の副司令官が中国軍艦を視察したし、今年は中国海軍将校が米軍艦を訪問しました。また昨年、中国は海賊対処で各国軍艦の協力方法を話し合う会議を開きました。海賊対処では欧州や日本の支持も得ています。

中国の軍備増強を語る際は、新思考で考えなければならず、インドの友人が語ったように、歴史の重荷を克服しなければならないと強調したいと思います。


マイケル・ピルズベリー 米国防総省顧問

ピルズベリー 3部構成の話をさせてもらいます。第一は、国防総省の公式の対中政策がどうなっているかです。今年1月にグレグソン国防次官補の議会証言があり、その内容に基づいて説明します。第二は、ワシントンの政策議論でどのような新しい構想が提示されているかという点です。対中戦略、対中政策で新しい構想が20以上出されており、その一部を紹介したいと思います。第三に、日本は何ができるかということです。第二、第三は私見です。

国防総省によると、まず、中国の軍事力増強は地域の軍事バランスを不安定しかねない。次いで、中国は海、空、宇宙、サイバー空間で、アクセスを制限しかねない。さらに、中国は近隣諸国を強要または侵略する能力を開発しつつある。その能力の中には目的を理解できないものもあります。ゲーツ国防長官は昨年、「中国は米軍の脅威となり得る」という見解を国防総省として初めて公式に表明しました。

国防総省は、中国は多くの分野で米国と協力しているが、もっと協力できるし、もっと協力すべきだと言っています。特にパキスタンに関し、中国の軍部がパキスタン軍部との関係を利用して、パキスタンが領内に逃げ込んでいる過激派にもっと集中できるようにしてほしいと思っています。また、パキスタンを助け、米国、中国、欧州に攻撃が仕掛けられるのを防止してほしいと思っています。

米国の法律には、米軍が中国軍と対話や訪問をしてはならない12の分野が掲げられています。例えば、兵站、兵力投射、核能力、新兵器の実験などについては討議してはならないと規定されています。この条項を改正し、中国に対してもっとオープンにしたらどうかという意見もあるが、国防総省としては、そのような改正は得策ではないという立場です。1月の証言では「内在するリスクを考慮しないで人民解放軍(PLA)とかかわり合うことは無責任だ」と言っています。

また、中国は秘密主義である、外交用語を使えば透明性を欠いていると言われています。近隣諸国は秘密が多いことに懸念を高めています。例えば、2007年2月に、米国はじめ多くの国が中国に対し、以前はやらないと主張していた衛星破壊実験を実施した理由を尋ねたが、満足のいく回答は3年たった今も受け取っていないというのが国防総省の立場です。また、中国の国防予算について、国防総省は公表された数値の2倍以上はあるとみており、中国により詳しい説明を求めているが、拒否されています。

国防総省は、中国が弾道ミサイルや巡航ミサイルの計画を世界で最も積極的に進めている理由を不思議に思っています。中国が空母を持ちたいと思っている理由を知りたいと思っています。

いずれ中国は台湾海峡情勢が転換点を越えたとみなし、台湾に最後通牒を突きつけるかもしれないのです。また、中国は軍事力を使い、近隣諸国を強要することがあるかもしれません。さらに、誤解や行き違いで、米中間に対決や危機や紛争が起こるかもしれません。

以上で、米国の対中政策の説明を終えます。

次に、対中政策、対中戦略に関して米国で議論されている新しい構想を紹介したいと思います。過去5年間に出てきた構想の一番目は、中国の軍備増強に歯止めをかけるべきではないか、米中二国間あるいは多国間で軍備管理交渉ができないか、というものです。二番目は、中国の能力が安定を損ね、他国に問題を及ぼすことのないように、中国に対して影響力を行使することができないか、というものです。

この構想の持ち主は、どのような中国軍なら安心でき、どのような能力なら安定を損ねるので反対かを明確にしなければならないと論じています。また、米国だけでなく日本、インド、ベトナム、ロシアなど近隣諸国が声をそろえて中国に懸念を表明すべきだと述べています。

三番目に、中国が恐れを抱くのももっともだと言う論者も多数います。過去の体験から中国が侵略されることはあり得るし、各国が第一列島線で中国の封鎖を試みるかもしれないし、中国を脅かす軍事演習を実施するかもしれないからです。中国の軍事計画立案者にそうした恐怖心があるとしたら、どうしたら安心させることができ、どうしたら恐怖心に根拠がないことを伝えることができるかについて、議論が交わされています。

一方、中国の軍事力増強に干渉すべきでなく、中国の決定を受け入れるしかないという考え方もインド、日本、ロシア、米国にあります。中国が核戦力を2倍にしようが3倍にしようが問題ではないし、大海軍の建設は中国の主権的権利であり、他国が口出しすべきでないというのです。こうした意見はワシントンのほか、多くの国に根強くあります。

米国のシンクタンクには、中国との勢力均衡のためインドにテコ入れすべきだとの意見もあります。インドが海上偵察機や戦闘機を米国に求めるなら、前向きに応えるべきだという考え方です。逆に、中国を挑発しないように、インドからそういう要請があっても応えてはならないという意見もあります。

一部の論文は、中国にマラッカ海峡を通ることの弱みを思い出させれば中国への抑止になると言っていますが、問題は中国の恐怖心を増幅してしまうことです。中国の恐怖心を刺激すると、排他的経済水域(EEZ)内の資源を守るため第一列島線の内側の沿岸海軍の増強に関心を向けられてしまうという分析もあります。

楊さんから中国の軍備増強の理由について中国の立場の説明がありましたが、その説明は多くの国で信じられていません。私は(対中政策のさまざまな構想のうちどれかを)選択することは難しいという私見を持っています。安定を損ねる軍備増強をしないように中国をどう説得するかについて賢明な決定を下せるほど、まだ十分に分かっていないのです。

私自身、安定を損ねる中国の能力が何であり、国連平和維持活動(PKO)、海賊対策、テロ対策、災害救援活動などに関係する能力が何であるかが分かりません。長距離輸送能力を持つことは、これらの活動に役立ちます。しかし、同じ能力を奇襲攻撃に使うこともできます。線引きが難しいのです。

ただ、安定を損ねる能力は明らかにあります。衛星を攻撃すれば米国その他の国の通信が止まってしまうので、宇宙戦争能力は安定を損ねる分野の一つのようです。われわれは、中国の将来の軍事開発で何をやめさせたいのかがはっきりするまで、何をやめさせたいのかよく分からないのです。また、どうすれば中国の政策決定に影響力を及ぼせるかもよく分かりません。軍指導者に絞って説得すべきなのか、それとも文民の党指導者に絞るべきなのか、あるいはその双方に訴えるのがよいのかが分かりません。

国防総省は中国の軍事力に関する年次報告を出していますが、理解しなければならないのは、中国の軍から出ていない情報がまだたくさんあるということです。中国は国防白書の中で、軍の部隊の数を公表していません。5~10年後にどれくらいの兵力になるかも明かしていません。

米国内のタカ派の中には、中国に国内防衛を強化させることを何かしなければならないという意見もあります。中央アジアで基地へのアクセスを増やしたり、長距離ステルス爆撃機を開発したりすることで、中国に防空など国内防衛に資源をつぎ込むよう強いることができるというのです。

このほか、10年以上の間、米国は中国への武器売却を拒否し、欧州連合(EU)の対中武器禁輸を強く支持してきました。

最後に日本は、中国の軍備増強が安定を損ね、日本に影響を及ぼす結果になることを中国に理解させるのに一役買えるのでしょうか。日本の外務省や防衛省は、中国の軍事力に関する報告書を出したらどうでしょうか。なぜ米国防総省を頼りにしているのでしょうか。日本政府には、中国はこういうことをやっていると自分で発表する能力はあると思います。日本政府がそうすることを学者として期待します。

日本のチームが中国の軍事文献を翻訳すれば、日本の指導者は北京でどんな議論が行われているかが分かります。日本政府には今、そういうチームがありません。中国の軍事増強の今後について、日本から長期予測が全く出ていません。米国と同じことをする必要はないが、日本が発表してもよいのではないでしょうか。国会が法律を制定する必要はあるかもしれませんが、外務省や防衛省が主導してもよいのではないでしょうか。

(文責 編集部)