公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研 講演会

  • HOME
  • 月例研究会
  • 【詳報】 第15回 会員の集い シンポジウム「安倍以降の国際秩序」(3/3)
2022.12.22 (木) 印刷する

【詳報】 第15回 会員の集い シンポジウム「安倍以降の国際秩序」(3/3)

第15回 会員の集い シンポジウム/令和4年11月3日/東京・ホテルニューオータニ

国家基本問題研究所は、令和4年11月3日、通算15回目となる会員の集いを、都内のホテルニューオータニで開催。フランス人の歴史人口・家族人類学者であるエマニュエル・トッド氏をゲストスピーカーに迎え、冒頭に1時間の基調講演、その後、ディスカッション、質疑応答が行われました。櫻井よしこ理事長の司会で進行しました質疑応答部分をご紹介します。

登壇者略歴

エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)

歴史人口学者・家族人類学者
1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論により、『最後の転落』(76年)で「ソ連崩壊」を、『帝国以後』(2002年)で「米国発の金融危機」を、『文明の接近』(07年)で「アラブの春」を、さらにはトランプ勝利、英国EU離脱なども次々に“予言”。著書に『エマニュエル・トッドの思考地図』(筑摩書房)、『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』『シャルリとは誰か?』『問題は英国ではない、EUなのだ』『老人支配国家 日本の危機』『第三次世界大戦はもう始まっている』(いずれも文春新書)など。そして、10月26日に、新刊『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 』(上・下)が文藝春秋より出版された。

櫻井 よしこ(さくらい よしこ)

国基研理事長
ハワイ大学卒業(アジア史専攻)。クリスチャン・サイエンス・モニター紙東京支局員、日本テレビのニュースキャスターなどを経て、フリージャーナリスト。平成19年(2007年)に国家基本問題研究所を設立し、理事長に就任。大宅壮一ノンフィクション賞、菊池寛賞、フジサンケイグループの正論大賞を受賞。「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会(通称、民間憲法臨調)の代表を務めている。著書多数。最新刊は高市早苗経済安全保障担当大臣との共著 『ハト派の噓』 (産経新聞出版)

田久保 忠衛(たくぼ ただえ)

国基研副理事長
昭和8(1933)年生まれ。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長、外信部長、編集局次長などを歴任。杏林大学社会科学部教授(国際関係論、国際政治学)、社会科学部長、大学院国際協力研究科長などを経て、現在名誉教授。法学博士。国家基本問題研究所副理事長。 正論大賞、文藝春秋読者賞を受賞。産経新聞社の「国民の憲法」起草委員会委員長を務めた。 著書は『戦略家ニクソン』『米中、二超大国時代の日本の生き筋』『憲法改正、最後のチャンスを逃すな』など多数。

PDF

PDFはこちらから

「安倍以降の国際秩序」

PDFファイル 605KB

 

質疑応答「トッド氏に聞くアメリカ、中国、ロシア」

アメリカは戦略によってロシアとドイツを切り離してきました

櫻井よしこ 国基研理事長 ロシアと中国では、中国の力が明らかに大幅に上回っています。私はロシアのソフトパワーがいいとも思っていませんし、プーチン後の政治に希望的観測は抱いておらず、ロシアはむしろ力をなくし続けていくだろうと見ています。その分、中国が力をつける。アメリカもそれを十分に知っているがために、アフガニスタンから撤退したときに自分たちは中国に集中するとバイデン政権ははっきりと言いました。

対中抑止力について、トッドさんはアメリカの力の陰りという意味で疑問を抱いておられました。しかし、私は中国には中国なりの弱さがあると見ています。米中対立の中で、アメリカ、つまりこちら陣営が劣勢になることは、まず第一に許してはならない。同時に、そのようなことは人類の価値観からして起きないのではないかなと思います。トッドさんがどのようにお考えかをお話いただければと思います。

エマニュエル・トッド もちろん中国が日本の大問題であることは、しっかりと認識しています。今のヨーロッパにとっての大問題はロシアであるのと同じようなことだと思います。

この講演で私が言いたかったことは、国際情勢の現実を受け入れることの大切さです。まず、今のウクライナで起きている戦争は、日本で起きている戦争ではない。また、この戦争によって崩壊するのはヨーロッパ経済であって日本経済ではない。経済的な相互依存関係が、日本とヨーロッパではまったく異なるからです。もし東アジアに今のヨーロッパと同様の対立が起これば、日本の経済が崩壊してしまうかもしれないわけです。

アメリカは戦略によってロシアとドイツを切り離してきました。ユーラシア大陸の西で起きていることが、もし、もう一方の端の日本でも起きれば、日本には大きな影響があることは間違いない。日本が生産拠点を中国に移して生き延びてきた事実もあるからです。

私は世界にある様々な政治システムを価値観でジャッジしているわけではありません。あくまで客観的なお話をしています。私の態度はアメリカの地政学のリアリズムに近いとお考えいただければいいと思います。そこに思想的なものはありません。

もちろん個人的には、中国の政治システムは酷いものだと感じることもありますが、リアリズムの観点からすれば、中国は人口が十四億人の大国です。その現実を受け入れなければいけないと言いたいわけです。もちろんその中国の人口を近い将来、インドが抜くかもしれないというのもまた事実の一つです。

国家が安全に存続し続けるためにどうするべきか。それぞれの国家には様々な価値観、多様なシステムがあります。それが紛争で解決できるかといえばそうではない。人類学が私たちに見せてくれるのは、例えば中国の今の政権がどうであるかよりも、文化の中に権威主義が存在していることが問題になってくるという点なのです。ですからこれを解決するのは非常に難しいと言えます。

アメリカが代表する西洋の価値観を良きものとしない国があります

私はフランス人で「自由と平等」という普遍的な価値観を非常によく理解しています。ただ、人類はみな普遍で、みな同じですが、どんな政治システムも普遍主義を名乗ることはできません。例えばアメリカは普遍的な価値を掲げて「これが絶対的価値である」と言います。経済システムなどを良きものだとして世界中に押しつける。このようなアメリカの態度は戦争を引き起こしてしまうわけです。世界を見渡すと、アメリカが代表する西洋の価値観を良きものとしない国、しない文化があります。絶対的な価値に基づいた世界を築くことはできないわけです。

次にロシアの普遍主義的側面について述べたいと思います。ロシアの文章を読むと理解できることがあります。西洋側ではプーチンはモンスターで、狂っているといった言説がありますが、私は彼が最近「ヴァルダイ会議」で行った演説の文章を読んでみました。するとプーチンは普遍的な価値について語っているのです。プーチンとロシアの指導者層は、世界のすべての国家、文化は異なるものであり、その違いを越えて共存してきたことを容認する考え方なのです。大半の国にとって、このようなロシアの考え方、セオリーは非常に魅力的で、だからイランがロシアに接近をし、サウジアラビアも同様の動きを昨今、見せています。ロシアは普遍・特殊主義とも呼べるようなものを生み出していると私は見ています。

日本にはもちろん文明があり、日本人には自分が日本人だという感情がある。そして日本の価値システムはアメリカとは異なることもご存知だと思います。ただし、日本は、その特殊主義の側面が非常に強いため、世界のすべての国が、日本のようにそれぞれ特殊であるべきとは言わない。一方で、ロシアは、その家族構造からして平等な価値を内在しているため、その特殊性を普遍的なものにしようとしていると言えます。これは非常に力を持つ考え方、セオリーで、人々がロシアが発信している文章を読まないのは残念です。読めば、なぜロシアが魅力的なのかがよくわかります。

最後に、ロシアの「挑戦」について。講演でお話をしたときに具体的に何が言いたかったか。ウクライナ侵攻が始まる直前の二月、プーチンは演説を行なっています。これは明らかに西洋への挑戦状でした。プーチンはその時点で、ロシアが経済的にも軍事的にも、核という面でも、思想面でも強いということを、しっかりと認識をしたうえで、西洋へ挑戦状を突きつけたと感じました。そういう意味で私は「挑戦」という言葉を使ったわけです。これは長い歴史の中での「挑戦」という話ではなくて、ごく一時的な意味での「挑戦」です。

ロシアは世界最大の国土と資源で何か世界トップクラスのものをつくったか

田久保忠衛 国基研副理事長 われわれにとっても一番重要なのは、アメリカの今後だと思います。日本人で議論をして、アメリカが衰退していると言うと、みんな顔をしかめるか答えを渋る。アメリカにいかに依存しているかの証拠です。議論ができなくなってしまうので困る。トッドさんが言われるように、客観的にアメリカを見る必要がある。トッドさんのアメリカの観察は非常に鋭いなと思います。

アメリカの衰退については米国内でも議論があります。例えばアメリカで一番大きいシンクタンク・外交問題評議会(CFR)会長のリチャード・ハースという人がいます。ブッシュ(父)のときの大統領補佐官で共和党のリベラルみたいな人です。今から六、七年前に、そのハース氏と『ニューズウィーク』国際版編集長のファリード・ザカリア氏が『フォーリン・アフェアーズ』でこの問題をそれぞれの論文でやりあったことがあります。

ハース氏は、おそらくアメリカは多極化するだろう、長い時間をかけて最後には「one of them」、普通の国の一つになるだろうと述べた。ザカリア氏はそれにカンカンになって怒って、そんなことはあり得ない、と。教育費、科学振興費など予算の面から見て足腰が強いアメリカは盤石だから、「衰退」には「相対的」と付けなければ正確な表現ではないと大論争になったのです。その後、どうなったか。今、出ている『フォーリン・アフェアーズ』にハース氏が、ザカリア氏が言った「相対的衰退」が本当だ、自分が言ったのはもっと先のことだったんだと若干弁解みたいなことを書いています。

アメリカはどうしてここまで国内分裂が進んでしまったのか。

私は三つ理由があると思います。一つは政党間の争い。リベラルとコンサバティブがあまりにも激しい争いをしすぎている。二つ目は所得の差です。ポケットマネーで宇宙飛行までした人たちの所得が、アメリカ全体の所得の底辺から四〇%に等しいなどというこんな滅茶苦茶な社会はないと思います。

三つ目は人種です。白人と黒人だけではなく、アジア系、ヒスパニックなどがものすごい摩擦を生じている。トランプ氏が出てきたときの摩擦も酷かった。また、暴動みたいなことをする暴力団体に町全体が襲われて、窓は壊され、商品は根こそぎ持っていかれる。日本の暴動の比じゃない。歴史観を変えろということまで起こっている。イギリスから独立して、ジョージ・ワシントンが独立宣言を出したのは、白人の歴史じゃないか、黒人がバージニアに連れてこられた一六一九年が原点で、国の始まりだと言いだしている。

自分の国を貶めるのは、日本の一手販売だと思っていたけれどもとんでもない。アメリカのほうがすごい。このアメリカは何かのキッカケで一致団結して立ち上がるのか、立ち上がらないのか。今のところ立ちあがるものは何もない。恐ろしい時代が続いていくなと思います。

櫻井 トッドさんはロシアのことを言い、田久保さんは実はアメリカの力の衰退が非常に危ないんだ、と。お二方ともに非常に重要な点を仰っています。この二つを結びつける形で、具体的な質問をトッドさんにしてみたいと思います。

トッドさんはロシアを非常に高く評価され、例えばロシアのソフトパワーがアメリカよりも優秀であると仰った。このソフトパワーの定義そのものが、ちょっとよくわからなかったのですが、例えばロシアは世界最大の国土を持っていて、地球上で最も資源が豊かな国です。では、ロシアはこの国土と資源でもって、何か産業面で世界トップクラスのものをつくってきたか。ほとんどない。武器装備しかないのです。しかもウクライナ戦争でそれがほとんど役に立たない代物になっていたということに私たちは驚いています。わが国は非常に小さい国土しか持っておらず資源もあまりありません。日本はその中で、世界トップレベルのものをずいぶんつくってきました。

ですから、なぜこのウクライナにおける戦いで、ロシアが耐え抜く、アメリカは勝てない、ロシアの復権が始まるという見方が成り立つのか。その辺りを教えていただきたい。

それから先ほど、田久保さんが仰ったアメリカの衰退は非常に重要なテーマですからコメントを頂ければと思います。

今、ヨーロッパで起きていることは価値観の話ではないのです

トッド 先ほど私は、プーチンやロシアの発信する文章を私たちも読むべきだと話しましたが、アメリカの地政学者の書いているものも読むべきだと思っています。そのアメリカの地政学者たちがどんなものを書いているか。地政学者らは絶対的な価値、いわゆる自由や平等、民主主義を語っているわけではありません。

例えばズビグネフ・ブレジンスキーという著者が『The Grand Chessboard』(邦訳『地政学で世界を読む』日経ビジネス人文庫)を書いています。そこではあくまで国際政治の勢力関係について語っています。アメリカがユーラシア大陸をどう支配するべきか。そして、第二次世界大戦での敗戦国であるドイツと日本をいかに抑え込むかというようなことが書かれているわけです。

今、ヨーロッパで起きていることは何かと言えば、民主主義を復活させるとか、回復させるという話ではなくて、アメリカがいかにドイツを抑え込むかということなのです。これは価値観の話ではまったくないのです。

アメリカの地政学を見ていると、重要な点はアメリカの地理的な位置です。アメリカに隣接する国、メキシコやカナダという国々は、決してアメリカにとって脅威となるような国ではない。これは非常に重要なことです。

一方で、フランス、ドイツ、ロシア、中国、日本。これらの国に共通していることは何か。戦争を実際に経験をしたということです。これがアメリカと異なる点なのです。これらの国々は戦争で本当に苦しんだ経験があり、何百万人もの人が亡くなったという経験をしています。このような戦争を経験した国々では、平和に特別な価値を見いだしているわけですが、アメリカはそうではなくて、戦争に一種のおもしろさを見いだしたりする。

そういう意味で、その価値観には懐疑的だということです。私の祖母はユダヤ人だったため、安全を得るために、戦争の時代にアメリカに移ったこともありましたが価値観には懐疑的です。

一方で、核がアメリカを普通の国にしているという見方ができる。核を保有していることによって、実際に戦争が起きたらアメリカも自国で人々が苦しむことになります。そういう意味では、ほかの国と対等な位置にあると言うことができるかなと思います。

次にロシア文化についてですが、ここで私は文学の話をしたい。日本文学とロシア文学は私にとって非常に重要です。特に川端康成や谷崎潤一郎といった日本の文学を私は非常に愛していますが、同時にトルストイやツルゲーネフといったロシア文学も非常に愛しています。両者に私は常に敬意を表したいと思っています。

確かにロシア文化は少し乱暴な側面はあるかもしれません。しかしロシア文化は、非常に創造性にも長けています。宇宙を開拓し始めたのはロシアでしたし、十九世紀には非常に素晴らしい音楽も生み出しています。共産圏の崩壊から立ち上がった力も、また、素晴らしいものではないかと私は感じています。一フランス人として、日本もロシアも素晴らしいと私は申し上げたいと思います。

ただし、どうしてもフランスを逃れなくてはいけなくて、日本かロシア、どちらかを選びなさいと言われたら、日本を選ぶかとは思います。

ロシアは「象徴経済」を「幽霊価値」と見ています

田村秀男 国基研企画委員 トッドさんはお話の中で、プーチンのロシアは石油と天然ガスをもって真の通貨はこっちだとアメリカに挑んでいる、と。なるほどとは思いましたが、しかしアメリカのドルの覇権はそんなもので崩れるものではないだろうと思います。もう一点、申し上げると、ゴルバチョフさんのソ連を崩壊に導いたのは、まずレーガン政権が高金利政策を取り、石油の値段がドンと下がりました。同時にレーガン政権はサウジアラビアを抑え込んで石油の増産をやらせたのです。だからいったん暴落した石油の価格が定着し、結局、ゴルバチョフのソ連はアメリカにもうどうにも対抗できず崩壊に至ったと私は解釈しています。ゴルバチョフさんは生前に「何に負けたか」について、「私はサウジアラビアを知らなかったからだ」と言ったという佐藤優さんの証言があります。

ですから、トッドさんがどういう背景で、プーチンのロシアは石油・天然ガスでドルに対抗するんだと思ったのか、非常に興味のあるところであります。

トッド このアイデアは私ではなくて、ロシアが言っている話なのです。ロシアには「幽霊価値」と言われる考え方があります。「リアル経済」という原料などに基づいた物質、モノの生産に基づく経済と、「象徴経済」という金融などの象徴に基づく経済があります。この「象徴経済」をロシア側は「幽霊価値」と見ています。今、ルーブルが通貨として、なぜ価値を上げているのか。ドルがユーロよりもなぜ耐えているのかも、このような観点から考えると、見えてくるものがあると思います。

また、サウジアラビアとロシアが石油の生産量をめぐって、手を組んでいるというようなことも、ここに結びついている話だと思います。そして、OPECがインフレ率を決めているのか、あるいはアメリカのFED(米国の連邦準備制度)なのかは考えるべき点かと思います。先日あったガスパイプラインの破壊はアメリカがイギリスやポーランドと共に行ったのだと考えると、サウジアラビアとロシアの合意もまた新しい金融政策なのではないかと考えることができるのではないでしょうか。

「ロシアの勝利は日本のリスク」には同意できません

冨山泰 国基研企画委員兼研究員 トッドさんはウクライナ戦争に関して別の場所で、日本に対しての助言をされています。ウクライナ戦争はヨーロッパの戦争であって日本と無関係だから、日本はこの戦争に中立的立場を取るべきだ、日本はこの戦争から抜け出せというものです。

しかし、もしロシアがウクライナを取れば、中国が東アジアで台湾、尖閣諸島を取りに来るかもしれないから、ロシアのウクライナ侵略を放っておくことはできない。これが日本の立場なのです。おそらくトッドさんは、中国は人口が減っているので脅威度は減っていくと説明されると思います。ただ、中国の脅威がだんだん減るとしても、それはおそらく数十年も先の話であって、習近平氏が政権をとっている今後五年、十年の間に、中国が台湾や尖閣を取りに来ないと言うことはできないと思うのです。そういう見方に対して、トッドさんはどうお考えになりますか。

トッド 確かに中国という国の短期的なリスクは、仰るとおりだと私も思っています。ただし、ウクライナでのロシアの勝利は日本にとって非常に大きなリスクになるということには、同意できません。というのも、ロシアはこの戦争でそもそもの自分たちの人口を取り戻すという目的を持っているわけです。この目的をいったん果たしたら、ロシアと中国の関係は、だんだんと悪化するだろうと私は見ています。

またロシアが、ここで自信をつけて強い国だという意識を持つと、中国はそれを用心するようにもなるでしょうし、その逆もまた然りだと思います。

ロシアがこのウクライナ問題を解決してそうなれば、日本がロシアと同盟関係を結ぶことにこそ意義があるのではないかと私は思うわけです。もちろん将来をしっかりと見据えなければいけないというご意見はごもっともだし、私もそれに関しては完全に同意します。

今、フランスはウクライナの同盟国のような立ち位置ですが、もちろんそれはNATOのメンバーであるからです。ちなみにNATOの今の重要メンバー国はイギリス、アメリカ、ポーランド、そして事実上、ウクライナであって、フランスやドイツはマイナーなメンバー国でしかないということを、ちょっと付け加えておきたいと思います。

そして、アメリカとウクライナの勝利は、実はフランスにとっては悲劇的な結果をもたらすということもあり得ます。そのあとのアメリカの標的は、フランスの軍事産業を潰すことになるかもしれないからです。将来を見据える場合は、徹底的にこうして様々に考えていかないといけないと思います。

日本の皆さまはアメリカに十分に気をつけてほしい

湯浅博 国基研企画委員兼研究員 トッドさんが仰ったアメリカの衰退はそのとおりだと思います。ただ、ロシア経済はそれほど強いでしょうか?GDPで言うと今、韓国よりちょっと下になっています。

例えばパクス・ブリタニカ(イギリスの平和)、パクス・アメリカーナ(アメリカの平和)。いずれもGDPは大きいですが、さらに重要なことは技術力だったと思うのです。

ではロシアは、今、技術力はそんなにあるのでしょうか?ロシアの今のGDPは六割くらいが、おそらくエネルギーだと思います。残りで最大のものはおそらく軍事力、武器です。その武器が今回のウクライナ戦争で、まったくものの役に立たなかったことが立証されてしまった。それを受け入れているインドやトルコが、武器のキャンセルをし始めた。これはロシアがいかに技術的にダメになっているかの証しではないかなと思います。

また、アメリカはこれまで二つの大規模な戦争を同時に戦いうる体制をずっと持ってきましたが、トランプ政権以降、一つの大規模戦争は戦うけれども、もう一つは抑制するとしています。今回のウクライナの戦争は抑制するほうです。米中冷戦を優先し、ウクライナの戦争には、武器を供給することによって、代理戦争を起こしているのだと思います。

そういう意味で、果たしてトッドさんが仰るほど、ロシアは技術的に伸びてくるであろうか。それを徹底的におそらく潰すと思いますが、その見通し。技術に対してトッドさんはどうお考えでしょうか。

トッド 非常におもしろい観点です。ありがとうございます。ただ、私が感じているところとはちょっと違うのかなと思います。

技術面に関しては私は専門家でもなくて詳しくはないのですけれども、たしか『フォーリン・アフェアーズ』に二〇〇六年の時点で核の攻撃力については、もう既にロシアはアメリカに遅れているという話があったかと思うのです。しかし、その十六年後、ウクライナの侵攻をロシアはやってのけました。彼らの持つ極超音速ミサイルなどは、非常に高度な武器です。ロシアがそのような軍事面も含めて自信を持っていなかったとしたら、この戦争は始めなかっただろうと私は思います。そして今、高度な武器をつくるよりも重要なのは、それをいかに量産できるかです。中程度の武器でも量産できるかどうかが重要になってきています。

そして様々な高度な武器が時代遅れになってしまって、使えないといったことが起きていることも指摘したいと思います。イラン製のドローンなどを落とすために、非常に高額なミサイルを使わなければいけない。そんなアンバランスなことも起きているわけです。

そういった意味で、アメリカの真の軍事力に関しても私は疑惑を持っています。日本ではモノづくりを非常に大切にされると思うのですが、アメリカは非常にメガロマニア(誇大妄想)のような中で、自身の発信する思想だったり、情報科学みたいなものが、世界を支配できるだろうと考えたわけなのです。けれどもそんなアメリカが生み出したF―35はどうですか。これは非常に高度な戦闘機と言われ、長距離ミサイルも飛ばせるなど何でもできる、ただし「飛ぶこと以外は」というような状態に陥っています。飛行機としては、これは問題ではないかと私は思うわけです。

私は文化的に非常にアメリカに近い人間です。しかし、イラク戦争のときは反対をしました。このとき非常にたくさんの死者が出ました。それを経てオバマが出てきてから、アメリカがようやくもしかしたら希望を持てる国になってきたのではないかと思いました。次にトランプが出てきて、これを私はオバマ政権の補完的な意味を持っていたのではないかと見たわけです。しかし、その中で今、アメリカでは死亡率が高まって、エンジニアの数も減ってきています。思想的な議論もとんでもない話ばかりになってきている。家族はアメリカに救われましたが、私は今アメリカに絶望していると言わざるを得ません。

日本の皆さまには、アメリカに十分に気をつけてほしいと言いたい。彼らは決して誠実ではなくて、信用できない、そういう相手です。決して守ってくれないので、気をつけてほしいというふうに思います。

私がこれをここで言うことで何か利益を得るわけでもなく、むしろ、私にとってはリスクなのですが、愛する日本でぜひ皆さまに伝えたいと思い、申し上げておきます。

実はこのような話はフランスではできないのです

有元隆志 国基研企画委員 今日のタイトルは「安倍以降の国際秩序」ですが、安倍晋三総理は「自由で開かれたインド太平洋」などで国際社会をリードするリーダーでした。そして退陣後は核の共有、「ニュークリア・シェアリング」を唱えました。安倍元総理が暗殺されて以降、そうした国際秩序をつくる側であったはずの日本のリーダーがいなくなり、今の総理大臣は核廃絶を一枚看板にして国際秩序をつくる側から取り残されている。そういう危機感を強く持っているのですが、トッドさんはどういうふうに見ていらっしゃるでしょうか。

トッド それは非常に悲しいことだと思います。

最後に実はこのような話をフランスでできるかというと、実はできないのです。というのも、ロシア恐怖症だったり、情報操作など、いろいろあるフランスのコンテキストの中では、今、お話ししたような内容をそのまま話すと、もしかしたら狂った人だと言われて、どこかに運ばれてしまっているかもしれないわけです。ですからこれはある意味で民主主義を、もう一度、問い直すような機会にもなっていると私は思います。

でもこの講演会をしたので、今からフランスに帰ったら、日本で私はこれだけ自由に話すことができたのだ、フランス人のあなた方ももっと合理的になってくれと言うことができるのではないかと思います。

櫻井 アメリカがドイツを潰そうとしているというトッドさんのご指摘がありました。ドイツはショルツ首相が中国を訪れます。そして十月初めにドイツは中国が持っている世界最大規模の海運企業に、ハンブルク港の港湾管理会社の二五%の株を売ると決定しました。これはドイツ国内でも反対論が強かったのですが、ショルツ首相がハンブルク市長の時代から長い間、交渉してきたことです。インドは、私たちは非常に親しみを持つ国で、安倍総理もインドに特別の外交を展開しました。このインドはロシアからの原油の輸入量が、なんと昨年に比べて七倍になっているということです。

これらを見ると、それぞれの国が彼らの考える国益をかけて、目の前の利益を追っている。そしてこれは非常に複雑に絡み合っている。わが国もロシアに制裁を掛けながらも、あの「サハリン2」の権益はあきらめていません。これは国益に基づいて、わが国が決めたことで、各国、このようなことがたくさんあるわけです。

トッドさんが仰るにはこのウクライナ戦争をロシアが経済的に非常によく耐えているということで、これからどう展開するかわかりません。アメリカの中間選挙では上下両院で民主党が過半数を失うのではないかという予測がありますが、これもわかりません。

そうした中で、わが国はどうするか。安倍総理以降の世界秩序の中で日本がどう生きていくのか。積極果敢に日本の力を生かして前向きに展開していくときだと申し上げたいと思います。

国家基本問題研究所は、皆さまのおかげで十五周年です。この十五年間、私たちは日本の針路を考え、問題提起し続け、それを皆さまと共有してきました。どのような日本国であったらいいのか。日本国を取り戻すにはどうしたらいいのか。私たちに何ができるのか。

安倍総理亡きあとの大きな穴を埋め、日本の針路を導く。国際秩序をつくる。これからも私たち国基研はその先頭に立って論陣を張っていきたいと思います。

(講演後の質疑応答を整理して抜粋しました)

 

◀前ページ

講演「中国に甘すぎないか」

田久保忠衛 国基研副理事長