国基研は平成21年3月10日に東京・永田町の星陵会館で、ソマリア沖における海賊対策のための海上自衛隊艦艇の派遣をテーマに、月例研究会を開催しました。研究会では、国基研会員の古庄幸一元海上幕僚長が「海自はソマリア沖で何ができるか」と題して講演。次いで、中谷元(自民)、長島昭久(民主)両衆院議員を交えたパネルディスカッションが行われました。司会は国基研の櫻井よしこ理事長。研究会には会員ら約200人が参加し、活発な質疑応答が続きました。詳報は次の通りです。
古庄元海幕長の講演
世界で海上輸送される物資は年間約65億トンだが、うち約10億トンは日本で使われる。この10億トンが安全に海を通行できないと、日本は豊かな生活を維持できない。
アフリカ東端のソマリア沖では、東西1000キロ、南北400キロの細長い海域を、年間約2万隻(1日55隻)の商船が通る。うち日本関係の船は、10分の1に当たる年間約2000隻(1日5隻)だ。
ソマリアでは1991年に政権が崩壊して無政府状態となった。生活が大変なため、海賊になる漁民が多いといわれる。
国連安保理では日本も共同提案国となって、海賊制圧のため軍艦や軍用機の派遣を加盟国に呼び掛ける決議を採択した。これを受けて、ソマリア沖では今、欧州連合(EU)のグループ、米国を中心とするグループのほか、中国、インド、ロシアなどが個別に海賊阻止活動に従事している。
日本は海上輸送の恩恵をこれほど受けながら、自衛隊法に基づく海上警備行動がやっと発令され、海自の護衛艦2隻が任務に就こうとしているところだ(編集部注=海上警備行動は3月13日に発令され、護衛艦「さざなみ」「さみだれ」が同14日に広島県呉基地を出港した)。
海自は何ができるか。
第一に、保護対象は、日本関係の船(日本船籍船、日本企業が運航する船、日本人が乗船する船など)に限られる。つまり、SOSを発信する船があっても、日本関係の船でないと現行法では何もできない。第二に、武器の使用は警察官職務執行法の規定が準用され、正当防衛と緊急避難の場合以外は海賊へ向けて撃てない。
現場の指揮官として何が困るか。他国の海軍と同じことができるように法律で定めてくれればよいのだが、国会は戦後60年間、そうした立法をしてこなかった。そのツケが指揮官に回ってくる。また、現場で他国艦艇との情報共有が大切だが、米国や欧州の仲間に入って情報を共有する場合に、集団的自衛権の行使と言われかねない。米欧との共同訓練の有無で海自の対応は全く違ってくるのに、そうした訓練はできているのか。さらに、各国と同様に、ROE(武器使用基準)をきちんと決めてから艦艇を出してやるのが当然ではないか。
以上の問題を解決した上で指揮官に任せれば、海自は他国並みに海賊に対処できる。
ところが、マスコミは、海自に初の犠牲者が出るかどうかではなく、海賊を殺傷する射手は誰かにスポットを当てているという。これには怒りを覚える。海賊が死んだら射手が「御用」になるということは、指揮官として耐えられない。
パネルディスカッション
中谷元議員(自民) ソマリア沖で今年既に29件の海賊事件が発生、100人近くが人質になっており、危険は継続している。海自は海上保安庁の手に負えない時に海上警備行動に出るが、現行法では日本関係の船舶しか守れない。また、武器使用についても、(自衛隊法改正により)日本周辺で不審船が逃げる時に船体射撃が可能になったが、ソマリア沖まではカバーできない。
そこで、自民党は本日(3月10日)の総務会で新しい海賊対処法案を了承した。法案では、日本関係だけでなく、すべての船舶を保護対象とした。また、正当防衛の場合のほか、海賊船の接近を阻止するために武器を使用できるようにした。
長島昭久議員(民主) 海自の護衛艦は海上警備行動という中途半端な形で派遣される。一日も早くきちんとした法律を作らないといけない。外交・安保には与党も野党もない。民主党にも、説明すれば理解してくれる同志がいる。
昨年10月17日の衆院テロ防止特別委で、ソマリア沖での海賊行為の頻発に対し、海自の派遣を麻生首相に最初に提案させていただいた。現行法の海上警備行動でも、海自が日本関係の船舶をエスコートし、海賊行為を抑止することはできる。海賊船の抵抗を受ければ、武器の使用も可能だ。
実は、海上警備行動で日本関係の船舶しか守れないとは法律に書いていない。何十年も前の国会答弁が一度あるだけで、それに縛られるのはおかしい。外国船が海賊に襲われるのを見て見ぬふりをするのはあり得ないことだ。
しかし、船主協会や海員組合の要望もあり、「今そこにある危機」に対処するため、まず海上警備行動で海自を出すことになった。海賊の取り締まりまでやるには、新法が必要だ。新法はぜひ成立させないといけない。
武器使用基準に関して、国際的には、武器使用が「できない」場合を列挙し、それ以外は「できる」とするのが普通だ。日本の法制は逆で、「できる」場合のみ列記し、それ以外は「できない」。今回の政府法案も、武器を使用「できる」場合を細かく書いている。これでは現場の指揮官の負担になる。ここが法案修正の課題だと思う。
古庄元海幕長 (武器使用で)海自の手足を縛ったままだと、海保を派遣するのと同じになる。国会が法整備さえしてくれれば(海自は)大丈夫だ。何十年も前の国会答弁に縛られるのは納得できない。
ソマリア沖で対海賊作戦を実施することに意義はあるが、もっと大きな意義はシーレーン上に海自の艦艇が存在することだ。
長島 ソマリア沖の2隻に加え、インド洋には交代する艦艇も含め5隻(護衛艦4隻、補給艦1隻)の海自艦艇が展開することになる。海洋国家日本にとってこれは意義深いことだ。日本はこれまでシーレーン防衛をアメリカに頼ってきたが、ソマリアに近いジブチの米軍基地に海自の哨戒機P3Cを派遣して周辺海域の警戒監視を行うことになれば、有意義だ。政治のバックアップが必要になる。
中谷 海保と海自では存在感が違う。海賊は軍艦を見ると近寄ってこないと聞いた。海自が海賊に対処することはふさわしい。
長島議員退席後、会場と質疑応答
質問 (海自護衛艦の)日の丸を見たら、海賊は(武器を使われないと安心して)擦り寄ってくるのではないか。
中谷 (新法案で、正当防衛以外でも)武器使用は認められる。海賊になめられることはないと思う。
質問 新法案の取り締まり対象は海賊船だけだが、航空機も含めるべきではないか。
中谷 海賊がヘリコプターを使うようになったら、それなりのことを定めないといけない。
古庄 国連決議では、ヘリであれ(海賊の)陸上司令部であれ、各国は手を出してよいことになっている。日本がこれにどう対処するか、が問題となる。
質問 海賊船かどうかはっきりしないと海自は何もできないのではないか。
古庄 いつ海賊と認定するかの悩みを指揮官は持つと思う。
中谷 商船に近づいてくる疑わしい船があれば、海自は対応しなければならない。
質問 日本は戦後の占領のマインドコントロールから解き放たれないといけない。海賊は犯罪であり、戦争ではないのだから、堂々と(武器使用を)やればよい。日本国内の犯罪で、犠牲者が外国人だったら警官は助けないのか。相手の武器以上の物を持ってはいけないのは、オリンピックのフェンシングぐらいだ。
中谷 一日も早く(新法を制定して)しっかりした形で海自を送り出したい。
質問(櫻井) 海自が海賊対策で中国と協力するという話もあるが。
中谷 中国と連携できるところはしてもよい。
質問(櫻井) 米欧との連携を中心にする方がよいのではないか。
中谷 従来の協力もあるので、実際には米国や欧州と緊密に協力していく。(了)