公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研 講演会

  • HOME
  • 月例研究会
  • 【詳報】 第15回 会員の集い シンポジウム「安倍以降の国際秩序」(2/3)
2022.12.22 (木) 印刷する

【詳報】 第15回 会員の集い シンポジウム「安倍以降の国際秩序」(2/3)

第15回 会員の集い シンポジウム/令和4年11月3日/東京・ホテルニューオータニ

国家基本問題研究所は、令和4年11月3日、通算15回目となる会員の集いを、都内のホテルニューオータニで開催。フランス人の歴史人口・家族人類学者であるエマニュエル・トッド氏をゲストスピーカーに迎え、冒頭に1時間の基調講演、その後、ディスカッション、質疑応答が行われました。田久保副理事長による講演をご紹介します。

登壇者略歴

エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)

歴史人口学者・家族人類学者
1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論により、『最後の転落』(76年)で「ソ連崩壊」を、『帝国以後』(2002年)で「米国発の金融危機」を、『文明の接近』(07年)で「アラブの春」を、さらにはトランプ勝利、英国EU離脱なども次々に“予言”。著書に『エマニュエル・トッドの思考地図』(筑摩書房)、『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』『シャルリとは誰か?』『問題は英国ではない、EUなのだ』『老人支配国家 日本の危機』『第三次世界大戦はもう始まっている』(いずれも文春新書)など。そして、10月26日に、新刊『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 』(上・下)が文藝春秋より出版された。

櫻井 よしこ(さくらい よしこ)

国基研理事長
ハワイ大学卒業(アジア史専攻)。クリスチャン・サイエンス・モニター紙東京支局員、日本テレビのニュースキャスターなどを経て、フリージャーナリスト。平成19年(2007年)に国家基本問題研究所を設立し、理事長に就任。大宅壮一ノンフィクション賞、菊池寛賞、フジサンケイグループの正論大賞を受賞。「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会(通称、民間憲法臨調)の代表を務めている。著書多数。最新刊は高市早苗経済安全保障担当大臣との共著 『ハト派の噓』 (産経新聞出版)

田久保 忠衛(たくぼ ただえ)

国基研副理事長
昭和8(1933)年生まれ。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長、外信部長、編集局次長などを歴任。杏林大学社会科学部教授(国際関係論、国際政治学)、社会科学部長、大学院国際協力研究科長などを経て、現在名誉教授。法学博士。国家基本問題研究所副理事長。 正論大賞、文藝春秋読者賞を受賞。産経新聞社の「国民の憲法」起草委員会委員長を務めた。 著書は『戦略家ニクソン』『米中、二超大国時代の日本の生き筋』『憲法改正、最後のチャンスを逃すな』など多数。

PDF

PDFはこちらから

「安倍以降の国際秩序」

PDFファイル 605KB

 

講演「中国に甘すぎないか」

田久保忠衛 国基研副理事長

米国とNATOが悪いのか

最初に大変知的に好奇心を沸き立たせてくださったトッドさんにお礼を申し上げます。さて、トッドさんのお話にいくつも疑問があるのですが、まず最初は国際政治の全体像の中で日本はどの点に位置するかが、どうも定かでないというのが私の漠然たる印象です。

レーガン時代にNSCの大戦略家がいます。元空軍長官のトマス・リードです。彼が八二年に「安全保障戦略の詳細」という文書を明らかにしたのです。それは次のようなものです。

ソ連と中国に対して軍拡競争を仕掛ける。アメリカが一%、二%と軍事費を上げると他の同盟国や友好国もこれにつれて、上げていく。アメリカの同盟国、友好国が軍事費を引き上げるのに対して、ソ連や中国は単独で伸ばさなければならなくなる。これが進展してGNPの二〇%まで来るとソ連は自然に崩壊する。二〇%を計上して栄えた国はどこにもないという結論に達した。そういう戦略があるのです。

公式の文書になっていなくても米国を中心とした自由諸国ではこれが生きていると私は思います。友好国、同盟国と一緒にやろうというのは、アメリカの力が弱まった分だけ、若干、日本その他で補って全体として嵩上げすれば、中ロがいくら威張っても大丈夫だという大戦略が私は黙示的には理解されているのだろうと思うのです。ですから、全体の中での日本の役割を、こういうところに落ち着かせて確定すれば、日本の将来は明るいのではないかと思います。以上が総論的コメントです。

各論で四つ申し上げます。一つは米中ロの関係。七二年のニクソン訪中前は、アメリカは中ソ両方ともと関係が悪かった。そして中国とソ連は中ソ国境で一触即発の緊張関係に置かれていたんじゃないか。これがニクソン訪中で米中対ソ連にガラッと変わった。それが次第に変化してきて、今の状態になっています。今、アメリカ対中ロになっていますが、これがいつ、どういうふうに変化するか。これは誰にもわからない。この大国関係は三カ国のうちの二カ国が、その国の危急存亡のときに直面すると認識すれば、平気で手を握る。これはアメリカもそうです。ですから、どうも米中ロの関係を確定的に見るのはおかしいのではないかなという疑問を持ちました。

誰が誰に挑戦したか

二つ目はウクライナ問題で「誰が挑戦をしたか」です。トッドさんは挑戦をしたのがアメリカとNATOだと仰ったが、これは珍しい意見でどうもわからない。

挑戦という話になると限りなく過去に遡っていきます。例えば「真珠湾攻撃をしたのは日本じゃないか。おまえたちが挑戦し、アメリカが参戦して、日本の卑怯な攻撃を叩き潰したんだ」と連合国側の裁判史観でなっています。では、日本は真珠湾攻撃をなぜやったのか。その前の歴史を遡っていくと、いくつもの原因と結果がある。ハル・ノートは日本を糾弾しました。これを見極めるのは簡単ではありません。ですから誰が誰に挑戦したかを一次方程式のように言うのはおかしい。

日本は北方領土を盗られ、竹島を実効支配され、今、尖閣に毎日、中国の船が来ています。この状態になったのは、日本が何も挑戦しないからじゃないんですか?日本が挑戦していれば、途中で解決の方法があったと思います。ウクライナの場合軍事力による国境線の変更で、侵略であることに疑問の余地はないと考えます。挑戦者が悪いんだということには、私は感心できないなと思います。

三つ目は核武装。私は日本の核武装に賛成なのです。でも日本で実現できるかとなると、これは難しいという立場を五十年くらい続けてきました。

一九六〇年、ド・ゴールの時代にフランスが核実験を行いました。近く中国もこれに倣うんじゃないか、その場合、日本はどうするんだと当時、大騒ぎになったのです。そのときド・ゴールの懐刀であるピエール・ガロアという将軍は毎日新聞のインタビューに答えて、こう言った。アメリカの支配下、アメリカのコントロールに置かれているのはけしからん。フランス人はみんな、怒っている。ソ連の脅威に対抗して核を持つ。核を持った途端にアメリカのコントロールから精神的に離れるんだ、と。

それからガロア将軍がこうほのめかした。「近く中国が核実験をする。そのときに日本は黙っていられるかい?中国の核の脅威から立ち上がることを名目に日本も核武装するであろう。その場合、アメリカのコントロールから離脱できるよ」というような示唆に富んだ意見を述べたのです。

中国の能力と意図と実績

では日本はどうすべきか。これはフランスと同じようにすべきではないのか。核を持つのは攻撃のためではなく自衛のためです。世界で唯一の広島・長崎の犠牲という経験を持っている国は、これをもう一回行った国に対しては同じ報復する、絶対許さない。この固い決意がなければ、反核や平和を何千回唱えても何の意味があるか。これは私の今に至るまでの信念です。今日のトッドさんのプレゼンテーションには大変勇気づけられました。核を持てないのは国民の間に起るパシフィズムと政治家の勇気の欠如と米国の同意が必要だからです。

最後の四つ目。トッドさんの中国に対する評価は大変甘いのではないかなと思いました。感情に流されないで理屈だけで申せば中国を見るときに重要な要素が三つあります。

一つは侵略の能力があるか。ありますね。大変な軍事力です。次に侵略の意図はあるか。これもありますね。中国自身がついこの前の党大会でも台湾について何と言っていたか。習近平国家主席は台湾について「最大の誠意と努力で平和的な統一を堅持するが、決して武力行使を放棄せずあらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」と述べ、さらに「統一のためには武力行使も辞さない」と語った。これは明らかに侵略じゃないですか。 三つ目は侵略の実績です。実績とは、いいことばかりじゃない。中国には悪さをした歴史がずっとあります。

この能力、意図、実績の三つを合わせると、こんな恐ろしい国はない。これをトッドさんはどうお考えかということです。

(令和四年十一月三日の講演を整理、抜粋しました)

 

◀前ページ

基調講演「安倍以降の国際秩序」

エマニュエル・トッド 歴史人口学者・家族人類学者

次ページ▶

質疑応答「トッド氏に聞くアメリカ、中国、ロシア」

司会進行 櫻井よしこ 国基研理事長