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2012.10.02 (火) 印刷する

【詳報】 月例研究会 「『現行憲法』はなぜ改正されなければならないのか」

月例研究会/平成24年8月3日/都市センターホテル・コスモスホール


これほど不幸で異常な憲法がほかにあるだろうか。
日本が二度と立ち上がることのないよう、悪意と怨念を込め、わが国の歴史、文化、伝統をほぼ全否定してつくられた占領憲法。わずか一週間で仕上げた空疎な草案を押しつけたGHQも、これほど長い間、改正されずに生きつづけるとは、夢にも思わなかっただろう。
「落日の国」に成り下がりつつある日本が、再び誇りを取り戻し、尊敬される国家になるために、憲法改正は今や待ったなしの状況にある。

【登壇者略歴】

保利耕輔氏
昭和9(1934)年生まれ。慶応大学法学部卒。佐賀3区選出、衆院議員当選11回。文部、自治両大臣、国家公安委員長、自民党政務調査会長などを歴任。衆議院議長を務めた故保利茂氏は父。自民党憲法改正推進本部の本部長を務めている。同本部は、平成17年に作成した新憲法草案をベースに今春、日本にふさわしい、日本らしい憲法草案をまとめ、発表した。

北神圭朗氏
昭和42(1967)年生まれ。京都大学法学部卒。旧大蔵省入省、主税局、総理大臣秘書官補などを経て、衆議院京都4区選出、当選2回。現在、野田内閣にて経済産業大臣政務官、内閣府大臣政務官(原子力損害賠償支援機構担当)を務める。平成18年World Economic Forum (ダボス会議)「Young Global Leader 2007」に選出される。生後9か月から高校卒業まで米国在住。

櫻井よしこ 理事長
ハワイ大学卒業(アジア史専攻)。クリスチャン・サイエンス・モニター紙東京支局員、日本テレビのニュースキャスターなどを経て、フリージャーナリスト。2007年に国家基本問題研究所を設立し、理事長に就任。大宅壮一ノンフィクション賞、菊池寛賞、フジサンケイグループの正論大賞を受賞。『異形の大国中国』『宰相の資格』など著書多数。「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会(通称、民間憲法臨調)の代表を務めている。
 
田久保忠衛 副理事長
昭和8(1933)年生まれ。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長、外信部長、編集局次長などを歴任。杏林大学社会科学部教授(国際関係論、国際政治学)、社会科学部長、大学院国際協力研究科長などを経て、現在名誉教授。法学博士。国家基本問題研究所副理事長。正論大賞、文藝春秋読者賞を受賞。著書は『戦略家ニクソン』ほか。産経新聞新憲法起草委員会委員長を務めている。

 

櫻井 日本を取り巻く状況を見ると、まさに地殻変動が起きています。この大きな変化にどう対処していくべきか。日本を除く他の国々は、国家としてそれぞれの国なりの努力を進め、目に見える形で具体的な対策を取っています。
 その中でわが国だけは、非常に心もとない状況が続いています。さまざまな問題がありますが、わが国の制度、法律、条令、政令、価値観など、すべての根源は憲法にあるというのが、私たちの認識です。この根っこを変えない限り、わが国の蘇りは難しいと思います。まず、その点を含めて、田久保さんに基調講演をお願いします。

田久保 なぜ今憲法改正が必要なのかといえば、われわれが戦後続けてきた憲法、あるいはそれに基づく体制、システムが、国内的にも国際的にも、ほころびてしまい、のっぴきならない状態になってきたからです。
 改正しなければならない要因には、国内的要因と国際的要因の二つがあります。
 国内的要因は、去年の3・11、東北大震災とそれに伴う福島の原発事故です。日本国憲法は占領中の憲法ですから、非常事態条項がありません。つまり、外敵の武力攻撃や大震災が起きたとき、どう対応するか、規定がないのです。一時的にせよ、内閣総理大臣に強力な権限を集中したり、また時には一時的に、私権を犠牲にしてもらったりといった非常事態を規定したものがなかったため、大震災の際、責任の所在も不明確なまま、実に稚拙な対応しかできなかった。ここに戦後続けてきた憲法が、最大の矛盾を露呈したのではないかと思います。
 仮にですが、この憲法を改正して非常事態条項を入れたとしても、戦後の日本はこれにすぐなじむことができるのかという問題もあると思います。原発事故について五種類ぐらい報告書が出ていますが、人災の部分が多かったのではないか、菅首相の対応の不手際が大きかったのではないかなどと言われています。つまり、憲法改正しても対応する人間の資質が伴わなければ、意味がないということです。
 自民党にもかなりの責任があると思います。憲法改正に本気で取り組んだのは岸信介首相です。しかし、岸さんが六〇年安保を乗り切ったときのあの大騒ぎを見て、ほかの政治家たちは憲法改正や安全保障問題に触るのは、国家のためによくても、自分のためにならないと確信的信念を持ったようで、それ以降、軍事や憲法に触れなくなりました。今日の目も当てられない状況を招来してしまった大きな原因は政治家の資質にもあったと思います。
 国際的な要因を上げれば、前文です。前文全体がまったく無感動な、意味のない文章だと思いますが、とくにひどいのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分です。
 「平和を愛する諸国民」を「平和を愛するロシアと北朝鮮と中国」と置き換えてみてください。こうした国々にわれわれの安全と生存をお願いしたのですか。われわれは、そう「決意した」と書いてあります。この言葉だけでも、普通の人間なら、護憲などと恥ずかしくて言えないと思います。
 池田内閣以降、日本がやってきたことは、軽武装、経済大国です。軽武装ですから、武装はなるべくしないし、強化しない。自衛隊は、根本的に国軍ではありませんから、国内的には政府の答弁は「軍隊ではありません」。国際的にも軍隊ではないと言いたいけれど、国際的に軍隊でないと言うと、ゲリラと同じですから、殺されても国際法の適用を受けられません。だから、二枚舌を使っていましたが、こんな国がいったいどこにあるのでしょうか。
 外交はもう無力化して、何か国際的事件が起こると、野党の追及に政府側はこう言います。これは自民党も民主党も他の政党が政権をとっても同じです。最初は「事実関係を確認します」。二番目は、事実関係が判明した後、「外交ルートを通じて抗議をいたします」。三番目は、もう何もありません。アメリカに行って、「安保条約の適用をお願いします」。このマンネリズムを繰り返すだけです。これは、国家の外交力の無能化、無力化です。
 そこで、何をするかということですが、文句なしに改憲あるいは新しい憲法をつくることだろうと思います。どこから変えるかと言えば、日本国憲法の無人格、無気力な前文です。日本は、明治時代には、欧州、その後は欧米の文化を大いに採り入れてきましたが、日本のアイデンティティは何かと言えば、これは国体という言葉で表されます。国体と言っても、若い人には通じませんから、国柄に言い換えればいいと思います。国柄とは、やはり皇室だと思います。欧州の王様や中国の皇帝は、人民を征服した王、征服王、覇王です。しかし、日本の皇室は、後醍醐天皇の一時期を除いて、権威であって権力ではありません。明治時代は近代国家になるために、そうせざるを得なかった面もあり、後醍醐天皇と同じではないと思います。二千数百年の歴史の中で、皇室の存在は、世界に誇れるものです。こうした国柄を持って、二元論で、権力と権威、そして国民が見事に調和しながら日本の国を形成してきた。男系の天皇をずっと続けてきた皇室中心の国柄の中で平和を求め、緑を愛し、また、親子、友人、先輩、後輩、いろいろな人脈があって、見事な国柄をつくってきた。こういうことを盛り込んだら、世界で胸を張れるような前文になると思います。
 そのためには、まず憲法九十六条、衆参両院の三分の二の発議権を二分の一という民主主義の普通のルールに直して、普通のリングで改憲派、護憲派が議論を闘わせればいいのではないかと思います。

櫻井 自民党にも民主党にも厳しい意見が出ました。そこで、自民党で憲法改正案をまとめられた保利さんに、なぜ今憲法改正が必要なのか、どこを最も重視すべきなのかについて、お話いただきたいと思います。

保利 この四月二十八日、日本は講和条約発効から、ちょうど六十年を迎えました。この日に向けて、日本らしい憲法をつくろうと、集中的に勉強しながら二年あまり、五十七回の会議を重ねて案を詰め、四月二十八日に新しい憲法改正草案を発表しました。
 憲法改正は自民党が昭和三十年に結成されたときから、党是として掲げているものです。したがって、わが党はこれまでも憲法改正の勉強を一生懸命やっていて、平成十七年にも新憲法草案をつくり、党大会で発表し、自民党の総務会も了承したものがあります。これを無視するわけにはいきません。これを叩き台にして、現在いろいろ問題があることをそれに付け合せて、新しい憲法草案をつくる作業にかかったわけです。
 前文は私も非常に恥辱的な前文であると認識しています。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと」という実にあなた任せの文章です。あまりに自主性のない文章で、これだけ直すことでも非常に大事だと思いました。
 「天皇は国民統合の象徴」と、一見きれいな言葉ですが、実質があるのかどうかという問題があります。ある小学校の生徒が先生に向かって「国民統合の象徴って何ですか」と聞いたとき、先生が「それはお飾りのようなものね」と答えたという話があります。事実を確認していませんが、それはあり得る話だなと思いました。
 ですから、やはり天皇には元首という立場で、外国大公使の信任状の接受など、国家を代表する行為をしていただきたいということで、天皇を元首としました。
 第九条の平和条項は、これでいいと思います。しかし、国家には、当然備えている自然権としての自衛権があります。個人も正当防衛権という自然権としての防衛権を持っています。悪者が自分を攻撃してきたときには、それに対抗して相手を傷つけても罪に問われないという権利です。
 同じように国家にも自衛権があり、それが侵されたときは武力を持って排除する力を与えられなければいけないということで、自衛権が侵されたときは武力を行使することがあると書きました。そのための軍隊を、最初は自衛軍にしました。平成十七年の草案も自衛軍でした。しかし、自衛軍ではちょっと弱い、国防軍のほうがいいという意見が強く、国防軍にしました。
 これは、英語に訳すとよくわかります。自衛軍はself defense forceですが、国防軍はnational defense forceです。自衛隊の方々が、national defense forceの一員ということで、国家を守るという意識が強く出てくる可能性があると思います。
 国旗・国歌の問題もいろいろ議論がありましたが、最終的に「日本の国旗は日章旗であり、日本の国歌は『君が代』である」と入れることにしました。
 緊急事態の条項もつくりました。これは章立てをしましたから、現行憲法より一章多くなっています。これには災害だけでなく、国際間の紛争についてどう処理するかという問題もあります。憲法がなくても有事立法を発動することによって、国際紛争に対処することはできます。しかし、憲法にはっきり書くことによって、国民の意識が高まるだろうということで、国際紛争の処理についても緊急事態の中で言及しています。
 憲法九十六条に改正条項がありますが、三分の二という改正条件は非常に重いです。自民党案はできましたが、これを国民投票にかけるためには、衆議院と参議院の両方で三分の二の議決が必要です。これはもう大変です。まずは、改正条項だけを改正しようと、いろいろな議論を経て、二分の一に落ち着きましたが、二分の一にすることも、国会での三分の二の承認がなければ、国民投票にかけることができないわけです。これは非常に辛いところです。民主党さんにご理解いただいて、この九十六条だけでも一度、改正することが必要かなと思っております。内容論とは別に、手続き論が非常に難しいということを認識していただきたいと思います。

櫻井 民主党の案がまとまっていないのは承知していますが、北神さんは幼いころからアメリカにおられて、日本国のかたちを、日本国内の視点だけではなく、外から見たときの視点としても捉えることができると思います。そのへんも踏まえてお話しいただければと思います。

北神 個人的見解を、四点ほど申し上げたいと思います。一点目は、この憲法は改正して当たり前だということです。それは米国の占領下、不自然な状態で制定されたもので、明らかに占領憲法だからです。占領が終わって、国家が独立したときには、自分たちで憲法を改正するというのは当然の話だと思います。また、憲法はすべての法律、政省令の上に立つ最高法規ですから、国民みんなで議論をして、自分たちのものとして制定することが極めて重要だと思っています。
 二点目は、憲法を改正するのも大事ですが、何よりも大事なのは、日本の国民が、われわれはこういうアイデンティティを持っているのだという国家意識の共有です。日本はどういう国なのか、何をめざすのか、世界でどういう役割を果たすのか、その理念をみんなで議論して、共有することが大事だと思います。
 戦後日本は、主に経済成長を追求し、それは成功を収めました。しかし、経済成長をして生活が豊かになっていく中で、憲法の問題とか国のあり方、国家とは何か、民族としての価値観は何か、歴史、伝統は何かといったことに目が行き届かなかったと思います。
 日本は聖徳太子の時代から、どんな大国であろうと対等に渡り合うというのが国是だと思います。そうした大国としての地位を守っていかなければならないのに、現在の状態を見ると、大国の地位から少しずつ脱落しはじめているのではないでしょうか。
 外国で生活していると、国家というものを強く意識します。その経験から言えば、日本は、国家の意識について共通の部分もありますが、非常に分裂をしている国だと思っています。「日本とは何か」ということに対し、なかなか答えられません。逆に言えば、日本はこういう国だと言った時点で、「いや、僕はそう思わない」という意見が必ず出てきます。「日本はこういう国だ」というのは科学的にも論理的にも厳密に証明することはできません。しかし、これはあくまで理念ですから、必ずしも現実が伴っているわけではありません。理念とはそういうものです。理念から現実がかけ離れたからと言って、必ずしも、その理念を否定する必要はないのだと思います。
 例えば、ほとんどのアメリカ人は「アメリカンドリーム」ということを言います。しかし、現実を見ると、人種の差別や宗教的な排除、また経済的な格差もあり、極めて学歴社会です。「アメリカンドリーム」と一言で言うけれど、そんな現実が本当にアメリカにあるのか疑問です。それでも、アメリカにはみんなで「アメリカンドリーム」を共有して、そういう国家を目指すという、その理念が大事なのだと思います。
 三点目は、統治の問題です。この混乱している状態の中で、諸外国、特に中国と対峙していかなければなりませんから、政府、国家が相当指導力を発揮する必要があります。今の国家の統治機構がそれに耐えられるのかという問題があります。
 日本国憲法は、アメリカの大統領制を知っている人たちが書きました。日本側では日本の明治体制を知っている人が書きました。どちらも今の日本国憲法が規定をしている議院内閣制を知らなかったのです。ですから、議院内閣制の体裁を整えながら、現実には妙にアメリカの三権分立的な要素が入り込んでしまっています。何が違うかと言えば、アメリカは、大統領も、立法府議員も国民が選ぶという二元代表制になっていて、行政と立法が対等な関係にあります。ですから、大統領がいくら「この予算通してくれ」と言っても、議会が同意しないと、予算が通りません。それこそ、ねじれ国会と似たようなものです。
 ところが、本来の議院内閣制は、国民が選んで過半数を取った政党が総理大臣を選び、総理大臣が閣僚をつくります。総理大臣は行政権の長であると同時に、立法府の最大会派の代表あるいは総裁です。ですから、内閣が法律や予算を国会に提出したら、少なくとも衆議院で通るのは当たり前なのです。通常は政権与党が過半数をとっていますから。しかし、日本は、憲法の五十一条等で国会は「国権の最高機関」だとか、いろいろアメリカの三権分立的な要素が入ってしまって、なかなか行政権を強力に発揮することができないのです。
 イギリスは内閣が国会で法案を提出したら、必ず通ります。本来の議院内閣制とはそういうものです。日本の制度も、憲法を改めてそうした権力を集中させる体制に変えていくべきだと思います。
 もう一つは、国と地方の関係です。今、「国の権限とは何か」ということを整理をしないまま、地方分権と声高に言っています。これは、国がなかなかものごとを決められないことにつながります。沖縄の例もそうですし、原発の再起動のときの大阪などもそうです。本来は国家に所属するべき国防、安全保障、エネルギー戦略といったものを、地方の顔色をうかがわないといけないので、なかなか国が決められません。これも、国家としては異常な状態だと思います。
 ですから、地方分権をするにあたって、国はどういう権限を持つのか。それを憲法に明確に規定すべきだと思っています。
 四番目は安全保障の話で、今の「交戦権を認めない」という憲法は、国家の否定です。実は、英文の日本国憲法は、交戦権をright of belligerencyと書いています。「Belligerency」とは常識的には、自衛も侵略をする戦争も全部含まれています。ですから、素直に読んだら、侵略をされても、ただ指をくわえて見てなさいという話です。それを、戦後ずっとごまかしてきたわけです。やはり、これは削除して、自衛権さらには集団的自衛権を明確に規定すべきです。
 私は、野党時代、憲法問題調査会に所属していて、「中身をまったく変えなくても、憲法を改正してちゃんとした日本語で書くべきだ」と、国会で発言したことがあります。もちろん、中身も変えなければならないのですが、言いたかったことは、こんな翻訳調で法律の解釈をするにも英語の原文を見ないとできないような馬鹿げた憲法を後生大事に持っている国は、早晩滅びてしまうだろうということです。

櫻井 憲法は日本民族、日本人の価値観を表す根源的な最高法規であるにもかかわらず、現行憲法はまったく違う方向に行っているというのがお三方の共通の認識だったと思います。こんなひどい憲法がどうしてできたのか。われわれはどういうポイントを心に刻んでおくべきなのか。駒澤大学名誉教授の西修先生に一言お願いします。

西 アメリカの対日基本方針が具体的なかたちで出てくるのが終戦直後の八月二十九日で、マッカーサーに対してアメリカが指令を発します。それには、「占領政策の究極の目的は、日本国が再びアメリカ及び世界の平和に脅威を与えないこと」とはっきり書かかれています。これが、その後ずっと占領政策の基本方針ですから、日本国憲法にしろ、その他教育、宗教政策にしろ、その指令が、すべての原点。そうした前提で憲法がつくられているということは頭に入れておく必要があると思います。
 また、先ほど前文の話が出てきましたが、前文は、海軍中佐のアルフレッド・ロドマン・ハッシーがつくったわけですが、彼がやったことは、独立宣言、アメリカ合衆国憲法、リンカーンのゲティスバーグ宣言、テヘラン宣言、大西洋憲章といった国際的な文書をつぎはぎしただけです。ですから、前文に日本の国柄、伝統とか文化とか歴史がないは当たり前です。そうした原点を考えると、占領政策の中で、アメリカ人のアメリカ的な思想の中で今の憲法はつくられていますから、日本人による日本人の憲法をつくるのは当然のことです。
 日本国憲法を新憲法と言いますが、実は世界で古いほうから十四番目です。一番古いのは一七八七年のアメリカですが、かなり多くの改正をしています。ドイツは一九四九年に基本法ができて、五十数回、改正しています。フランスも二十数回。世界の全憲法の中で六十年以上も無改正というのは、日本国憲法だけです。いかに異常、異例、異様であるかが、わかると思います。

櫻井 日本が二度と世界及びアメリカの平和に脅威を与えないように、つまり日本が二度と立ち上がることができないようにというのがアメリカの精神だったと思います。本来なら、占領が終わって日本が独立を回復したときに、直ちに破り捨ててしまえばよかったのに、それが何ゆえにできなかったのか。ここでもう一度確認しておくことが必要だと思うのです。保利先生、お考えを聞かせていただけますか。

保利 なぜ日本が憲法改正について踏み込めなかったのか。自民党がだらしなかったからではないかというご指摘かなと思いますが、個人的な見解を言えば、日本の戦後の歴史を見てみると、経済発展を一生懸命やってきて、憲法改正をしなくても、立派な国になったじゃないかという心理が、やっぱり日本人の中にあったと思います。

櫻井 戦後の日本を見ていますと、経済的に非常に豊かになったけれど、その豊かさによって敗北しつつある民族ではないのか。そのことに今気がついているから、憲法改正という風潮になったのかなと思います。もちろん3・11もありましたが。改正する最大の理由は、現行憲法は日本人の魂ではないというところにあるのではないかという気がします。その意味で、前文の改正案は非常に大事だと思います。前文に入れなければならない要素として、私はまず天皇の元首から始まって、神話の時代から始まる日本の文化、文明、歴史を一つの要素にして、前文の柱として入れるべきではないかと思います。前文に入れるべき価値観について、少し議論をしていただけますか。

保利 前文をどう書いたか。わが党の案を読んでみます。
 「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。」
 これは日本の国家の基本構造を示しております。
「わが国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 われわれは、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統とわれわれの国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。」
 こういう文章です。現行憲法よりも短いです。国家の基本的なあり方は全部示してあると思います。

櫻井 今の自民党案について、強いて挙げれば、言葉づかいをもう少し風雅なものにしてほしいと思います。皇室、天皇が民と睦み合いながら、民のために祈ってきた。その天皇に対する尊敬と憧れの下に国民が統合してきたというのが、日本の本当の国柄だろう思います。それは、明治の五箇条の御誓文にもストレートに表現されていることです。天皇は民を大事にし、民もまた皇室を尊敬するという精神は、聖徳太子の時代から、ずうっと続いてきているわけです。ここのところを前文にきちんと色濃く入れることが大事なのかなという気がしています。北神さんは、前文の要素について、どうお考えですか。

北神 今の前文には、やはり国柄のようなものが欠けていると思います。これはまさに国民的議論をして、みんなで共有することが大事です。あえて個人的な意見を言えば、一つは日本の政のあり方で、最も古く残っている天皇の詔勅として文武天皇の詔勅がありますが、政というのは「明き、浄き、直き、誠の心」ということ。こうした日本が大事にしている価値観を盛り込むのが大事だと思います。
 もう一つは、天皇、皇室が日本の中心にあるということを、先ほどの自民党案にもありましたが、それも当然盛り込むべきでしょう。
 三点目は、先ほど奇しくも櫻井先生がおっしゃった五箇条の御誓文です。吉田茂が戦後、衆議院の本会議で、これが日本の国是だと言っていますが、そのとおりだと思います。明治の御一新の際に国是として五箇条の御誓文が制定されたわけですし、昭和天皇も玉音放送のとき、改めてあえて五箇条の御誓文をお読みになっています。ということは、戦争には負けたけれど、この国是は生きていて、戦前戦後の継続性を確認されたということだと思います。
 「広く会議を興し、万機公論に決すべし」とか、「上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし」とか、「官武一途庶民に至る迄、各其志を遂げ、人心をして倦まざらしめん事を要す」などと、すばらしいことが書いてありますし、「知識を世界に求め、大に皇基を振起すべし」は非常に世界的でもあります。五箇条の御誓文をそのまま載せるわけにはいかないでしょうが、書いてある原則を風雅な現代語で前文に載せるのはいいと思います。

櫻井 今の議論からもおわかりのように、日本国の物事の決め方、政治のあり方は、本当に民主主義的でした。「広く会議を興し、万機公論に決すべし」は民主主義そのものです。これが明治の御一新が始まったその年の三月に、即発表されているのです。わが国の国のあり方はこうあるべきだ。明治維新が始まってわが国が近代国家になると決めた、その冒頭で明治天皇が発表なさっているのです。そして、五箇条の御誓文の元を辿れば聖徳太子の十七条憲法に行き着きます。七世紀の十七条憲法から、わが国は一貫して同じ価値観で国を守ってきたのです。
 これは世界も驚くほどに、民を大事にした民主主義的なものであったという点に、私たちは気がつかなければならないと思います。田久保さん、この点について、コメントをいただけますか。

田久保 憲法前文をどのくらいの長さにするのか、内容に何を盛るのかという問題のほかに、大事なのはこれを誰が書くのかということです。役所の文書にされたのでかないません。文章の名人、あるいは哲学的な素養を持った人に書いてもらいたいと思います。
 今まで三回、改正のチャンスがあったはずです。一回はサンフランシスコ講和条約で独立したときです。ここで、「占領憲法、グッドバイ」とやればよかったけれど、五〇年代の始め、日本は貧しくて、経済復興に全力投球していましたから、情状酌量の余地はあります。
 二回目は、一九七九年十二月二十七日にソ連がアフガニスタンに十万の兵を入れたときです。アフガニスタン事件の前に北京を訪問した中曽根さんに対して、鄧小平が「GNPの一%という防衛費は少なすぎる。二%にしなさい」と言ったのです。二%って今の防衛費の倍です。おそらく鄧小平はソ連を囲むすべての国が防衛費を上げていけば、ソ連は潰れると判断したのだと思います。鄧小平は日本に、憲法九条を改正してくれと言わんばかりのプレッシャーをかけたのです。この事件の翌一月に、アメリカのブラウン国防長官が来日し、久保田円次防衛庁長官と大来佐武郎外務大臣に対して、「日本は、steady and significant 着実で顕著な防衛努力をすべきだ」という要請をしました。私が総理大臣なら、「憲法九条は改正したくないけれど、鄧小平やアメリカの国防長官がそれほど言うなら、イヤイヤだけど憲法九条の改正をしますか」と提案したと思うのです。
 もう一回は、九〇年から九一年にかけての最初の湾岸戦争です。これはあっという間に終わりましたが、その後にクウェートの王様が、ワシントン・ポストに大きな感謝広告を出しました。そこには、三十ヵ国が並んでいましたが、Japanという文字はなかった。各国は汗と血を流しているのに、日本はお金だけ。最初、三十億ドル出したら、各国からブーブー言われて、最後に百三十億ドル出した。それでも世界諸国は感謝しなかったという世界の状況をよく見れば、どれだけ屈辱的な立場に置かれたのかということがわかり、憲法に手をつけなければならないと思ったはずです。
 伝統的に日本は、国際情勢を顕微鏡的に見ているのです。戦前から同じです。
 今、四回目のチャンスが来たと思います。東北大震災、もう一つは中国の軍事的脅威が目前に近づいているからです。中国を刺激したくないなら、静かに憲法改正の動きをするだけでいいと思います。日本が静かに普通の国に戻っていく決意を示していることに対し、どこの国も文句は言えないだろうと思います。

櫻井 アジアの国々は、南シナ海問題で中国の脅威に直面しているわけですが、南シナ海関連諸国、インド洋関連諸国に行ってみますと、どこかの国を攻撃するということではなくて、抑止力を高めるために日本の軍事的な意思をもっと明確にしてほしい、強くしてほしいという要望が驚くほどあります。今の憲法の下で、わが国は地位も名誉も実質的な面においても、多くのものを失っていますが、わが国がこのまま何もしないとしたら、日本は確実に沈んでいくでしょう。こうした最大の問題点について、お話しいただけますか。

保利 その点はわが党が第二章安全保障のところで提案をしているものがあります。平和条項はそのまま入れてありますが、「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」前項の規定というのは、要するに戦争をしないということですが、「自衛権の発動を妨げるものではない。」そこで国防軍というのが引き出されてきます。
 「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」うんぬんと、少しよけいに書いてあります。これを成功させるためには、国民的な運動がどうしても必要だろうと思います。今でも、「子どもを戦場に送るな」と言っている人がいるわけですから。「戦場に送るな」というのは当たり前です。そんなことはしたくない。しかし、そのくらいの気持ちを持てということをやっぱり国民に対して教育をしていくことが必要だと思います。

櫻井 日本人は日本以外に行くところはありません。英語圏の国々、キリスト教文明の国々などは複数ありますが、日本文明の国は日本だけです。私たちは、何かあったとき、逃れていく国がありません。私たちの心の中では、やはり日本文明というふうに分類されたこの祖国を守るというのは、他のキリスト教文明の国々やイスラム教文明の国々などより、十倍、二十倍の努力や気持ちの強さが必要ではないかと思います。
 この長い歴史を持つ美しい国を守るためには、この憲法から出発しなければならないと考えていますが、北神さんは、どう思われますか。

北神 集団的自衛権も、もちろん日米同盟も極めて重要ですが、やはり自分の国を自分で守るというこの精神がなければ、同盟というものもほとんど意味をなさないし、自立心もなくなってしまうと思います。

櫻井 今日は、なぜ今憲法改正が必要なのかということと、前文を一つの象徴例として、前文に書き込むべき価値観について、集中して論議していただきました。
 また、九十六条の改正を喫緊の課題として取り上げ、それをなんとか実現したいという思いもあって、このような月例研究会にしました。今年、私は民間憲法臨調の会長を引き受けました。憲法改正については、論点がさまざまありますが、多くの論点を一時にまとめようとしてもできません。まずは、憲法改正が必要だということに合意をして、その手がかりとして九十六条を変えて三分の二から二分の一にしようというのが、民間憲法臨調の考えです。そのためには、議員の方々の三分の二を取らなければならないわけですが、そこに民意を凝縮して反映させていかなければなりません。ですから、みなさんも、憲法改正が必要だということを一人でも多くの人たちに伝えて、仲間を増やしていただきたいと思います。
 そして、この憲法がどんなにひどいものであるか、議論する姿を世界中に見せていくことが大事だと思います。日本も長い惰眠の中に沈んできたけれど、ようやく眠りから覚めて、日本人が本来の日本人に立ち返ろうとしている。その姿を見せていくことが、わが国に対する脅威を少しずつでも、減らすことになり、最大の抑止力になると思います。世界で日本ほどすばらしい国はありません。この国をきちんと守って次の世代に伝えていくためにも、一日も早い憲法改正に向かっていっしょに励みたいと思います。

 


【参考資料】

日本国憲法(前文)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

第九条【戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認】
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第九六条【憲法改正の手続、その公布】
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。(公布の項は省略)