公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.04.11 (月)

新予算で「廃墟」から立ち上がれ 屋山太郎 

新予算で「廃墟」から立ち上がれ

評論家・屋山太郎

 

 ≪震災を再起の契機と考えよう≫

 東日本大震災の惨状には胸をふさがれる思いだ。少年の時、米軍機に家を焼かれ、焼け野原の東京に取り残された時代をまざまざと思い出した。何もかも失い、家族とともに、悲嘆の涙に暮れたが、「やり直すしかない」という父親の一言で一同我に返った。いま、大震災に遭われた方々に「みんなでやり直そう」と、心から呼びかけたい。

 国中が沈滞し内向きになっている日本にとって、東日本大震災は日本を立ち直らせるきっかけを与えてくれたのだと考えよう。

 民主党の命脈は6月までと考えていた。外交、内政にわたる失政で政局は行き詰まり、菅直人首相は総選挙を打つ構えだった。そうはさせじと小沢一郎元党代表は子飼いの16人を会派離脱させ、菅氏の政局運営を困難にしようとしていた。

 しかし、今、この大災害から復興しなければならないという大乗的視点から眺めると、党内抗争や政局の思惑が何と小さく見えることか。それを承知したからこそ、谷垣禎一・自民党総裁が災害復興への全面的支持を申し入れたのだろう。菅氏のこれまでの政治には全く不満だったが、当分、この人物に大仕事を任せるしかない。

 その代わり、菅氏は成立不確実な予算関連法案にこだわることなく、災害復旧費を含めた暫定予算で対応すべきだろう。細川護煕政権時代、2カ月の暫定予算を2回続けたことがある。ただし、今回はその場しのぎではなく、既存の予算案からばらまき部分を外して、災害復旧を含めた“新しい予算”に組み直すことが必要だ。

 ≪ばらまき公約、全面見直せ≫

 このため、民主党は早急にマニフェストの見直し作業を行うべきだろう。マニフェストがほとんど小沢氏の独断で作られたばらまきであったことは民主党員なら誰もが知っていた。また、国民が切に実行してもらいたいと思っていたものとも異なる。

 子ども手当は「コンクリートから人へ」の政策転換の象徴だと見られていたが、現金で支給することを望んでいる国民は半分以下だ。そんな財源があるなら、保育所、育児所をつくってくれというのが国民の多数派だ。子ども手当を配るより、十分な保育所を整備すべきで、その方が少子化対策の効果がある。幼保一元化もできずにカネを配るだけでは、全く少子化対策にならない。

 高速道路の無料化もやたらに道路が混むだけで、どの無料化実験線でも喜ばれていない。トラック協会は全く物流コストの引き下げにはならないと言っている。

 高校の無償化にしても、反日教育をやっている朝鮮学校にまで配るのは誤りだ。

 2009年の総選挙で民主党が圧勝したのは、同党の掲げた「脱官僚」「天下り根絶」路線に国民が共鳴したからだ。そのためには公務員制度改革は避けて通れない。なぜ、天下りがいけないか、菅首相は全く理解していない。天下り機関が増えるということは、官の手が民業の分野に及び、民業が不活発になるからだ。企業活動は、天下り法人がなくなればなくなるほど、活発化する。このからくりを打破しなければ、日本の経済は活性化しない。

 ≪解散求めぬ代わり復興全力で≫

 日本の年金制度は、退職者に支払われる年金を、現役世代が支える方式だ。少子高齢化が進めば進むほど、若い世代の負担は重くなる。2050年には、日本の人口が1億人を切る。そうなった時の若い世代の負担はスウェーデンどころの比ではない。

 民主党政権は、全額税金でまかなう「最低保障年金」の創設を掲げてきたが、これは非現実的だ。将来の年金のために巨額の税金を投入するようなことはもはやできない。われわれは今の若い世代にツケを残すこともしてはならない。

 できないからこそ、われわれは小さな働きで大きなカネを稼げるシステム、社会構造を残してやる必要があるのだ。

 それを実現する重要な要素として「天下り根絶」がある。昨年6月、菅政権発足時に閣議決定された「国の出先機関の原則廃止」もこの官僚改革の線上にある。菅首相はその重要性を理解できないから、すべての「官僚制度の改革」をすっ飛ばして、消費税の引き上げに取りかかったのである。これでは、かつての自民党政治とどこが違うのか。

 外交では反米、親中という逆張りをやって国を危うくした。内閣支持率が鳩山由紀夫前首相でも菅氏でも20%を切るまで低落したのは当然だ。

 非常時だから解散は求めない。その代わり災害復興に全力を注ぎつつ、間違った路線の転換も同時並行で進めなければならない。

 私は焼け野原から成長してきた経験があるから楽観的だ。電車の中で大地震に遭遇したが、誰も声一つ発しなかったのには感銘した。この日本精神があれば、東日本の復興とともに、日本は立ち直れる。(ややま たろう)
3月15日付産経新聞朝刊「正論」