コメ農業構造改革で東北再生を 屋山太郎
コメ農業構造改革で東北再生を
評論家・屋山太郎
菅直人首相は危機管理能力に欠けているといわざるを得ない。首相が心を砕いているのは野党の自民党を加えた“大連立”構想なのだろう。だが、与野党とも統一地方選の終了を待って対応を決めようとしているようだ。20万人近くが避難、仮住まいをしているのに、この先まだ時間を空費しようというのか。独断でもいいから、東日本大震災地帯はこうして復興するという「菅直人の青写真」を示してみよ。真っ当なものなら、野党も反対はできない。
◆後藤新平の帝都復興に学べ
1923年、関東大震災の復興に当たり、「帝都復興院」総裁になった後藤新平は、1人で東京復興の4つの基本方針を示した。
それは、(1)遷都はしない(2)復興費は30億円(3)欧米の都市計画を参考に、わが国にふさわしい新都を造る(4)都市計画のために、地主に断固たる態度を取る-である。
今回の大震災は、関東大震災や阪神・淡路大震災とは全く様相が違う。1都市とか1地域とかではなく太平洋に面する500キロにわたる市町村がいくつもほぼ全滅した。加えて東京電力の福島第1原発に被害が及び、全国の工業生産にも深刻な打撃を与えている。
後藤が提起した30億円という額は、当時の国家予算に匹敵する規模だったそうだが、借金を除いた歳入でみれば、今なら、40兆~50兆円ということになる。後藤の方針のうち重要なのは、地主の権利制限を意味する(4)であり、それは今回も必要だということである。
復興を考えるに当たり前提となるのは東北と関東の電力事情だ。福島原発の事故により新規の原発建設は当面、望めなくなった。火力発電所を建設するにも5年はかかる。東電は今より若干、供給を増やせるだろうが、夏の最需要期には1000万~1500万キロワット足りないという。今回壊滅した工場は後片付けして再建するより、関東以西に適地を見つけ、再建した方が早い。国や地方自治体が工場の適正配置を考え、企業への優遇措置をとって誘導すべきだ。
関東は電力を食う産業の転出を進め、総電力4500万キロワットで賄える都市造りを目指すべきだ。東京への一極集中も是正できる。
次の課題は漁業の再興だ。日本財団はいち早く漁船建造に対し無利子で1億円を貸し出す制度を打ち出した。船の建造と港の修復に国は最大限の支援をすべきだ。
◆津波被害地は住宅地にするな
津波被害地再興の絶対条件は、津波に侵された地域に二度と家を建てさせないことだ。ある町は丘の中腹に「これより下に家を建つるべからず」という先人の石碑があり、住民はそれより高台に住居を築いて、全員が無事だった。
869年に「貞観地震」の記録がある。その後、明治三陸、昭和三陸と、東日本の太平洋岸は大津波の常襲地帯だ。明治三陸では2万2000人が亡くなった。従来の町を復旧してはならない。家を流された地域の住民にはこれまでより海抜の高い地域に強制的に移住してもらわなければならない。そのため、国は新住居地を提供するのに加え、捨てさせる宅地や農地を買収しなければならない。
その際、重要なのは、集落の再建策や移住計画をそこの住民に立てさせることだ。住民は高台の住居から車で漁港や田んぼに通う。そういう生活スタイルを創造しなければ生命と財産は守れない。
東北を立派な農業地帯にするためコメ農業の構造改革は避けられない。果樹、蔬菜(そさい)農業は自立して伸びてきた。コメ農家は過保護農政の結果、ジリ貧状態にある。
日本の農村の特徴は、極端な老齢化、爺(じい)ちゃん婆ちゃんの“2チャン農業”への依存にある。コメ作りは比較的容易だから、70歳でもできる。爺さんが引退すると、都会から、定年になった息子が帰ってきてコメ作りを引き継ぐ。
◆農地法と農協法の改正が急務
農水省はこの30~40年、爺さんは引退するとき大農家に農地を売るはずだから、専業農家の大規模化が進むと考えてきた。が、実際は老齢者の農業は生産性が上がらないまま、引き継がれてきた。最近になって、コメ作りをやめる農家の土地が耕作放棄地となる傾向が目立ってきた。土地の売買が困難だからだ。耕作放棄地は約40万ヘクタール。現存の農地450万ヘクタールと比べ厖大なことが分かるだろう。
農家の大規模化とコメの多量収穫米への品種改良、農業への新規参入の自由、農業からの撤退の自由は2つの法律で達成される。
第1は、農地法の改正である。農地を売買自由にする代わりに、農地以外への転用を禁じる1条だけで十分だ。土建会社は、全国の20万事業者ほどが他産業に進出したがっている。農地法が改正されれば、どっと農業関連産業に参入してくるだろう。農業はコメでさえ輸出産業になり得るのだ。
第2は農協設立を自由にするための農協法改正である。そうなれば生産物の販売、肥料の購入などの専門農協が設立され、商社も参入してくるだろう。農水省や農協が農政を取り仕切る時代を東北から終わらせなければならない。大震災はその契機となるだろう。(ややま たろう)
4月14日付産経新聞朝刊「正論」