公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.07.21 (木)

首相献金が浮かび上がらせた闇 西岡力

首相献金が浮かび上がらせた闇

東京基督教大学教授・西岡力 

 菅直人首相が、拉致実行犯として指名手配されている容疑者の長男が所属する極左政党の関連団体に多額の献金をしていたことが明らかになり、物議を醸している。首相の資金管理団体が平成19~21年に6250万円を「政権交代をめざす市民の会」に献金し、同時期に民主党から1億2300万円を受け取っていた。めざす会は極左政党「市民の党」(酒井剛代表)の政治団体だ。鳩山由紀夫前首相をはじめとする民主党国会議員も同様の献金をしており、民主党側から市民の党側に流れた資金は合計で8740万円に上る。

 ≪流れた先は北工作の先兵組織≫

 市民の党は「セクトに所属していないさまざまな左派、元活動家が集まった団体」(公安関係者)で、菅首相を30年以上支援してきたという左翼活動家、酒井剛氏が昭和57年に田英夫・元社民連代表や宇都宮徳馬・元衆院議員らと旗揚げした政治団体、「MPD・平和と民主運動」を前身とする。同党は北朝鮮の対日政治工作と関わりがあるという疑いを私は持つ。田、宇都宮の両氏は代表的な親北政治家で、平成元年に、拉致実行犯、辛光洙らの釈放を求める要望書に菅首相、江田五月法相らと署名している。菅首相は田氏に頼まれて署名したと弁明している。

 市民の党が平成6年以降、事務所を構える東京都千代田区平河町の龍伸ビルはもともと、朝鮮総連の大物商工人であった故具次龍・龍伸興業会長の持ち物だった。龍伸興業は今も、このビルに事務所を置いており、現代表の具本憲氏は在日朝鮮青年商工会長を務め、平成16年5月に民主党のパーティー券を30万円購入している。

 ≪総連大物絡みのビルに入居≫

 平成6年に何者かに射殺された具次龍会長は、北朝鮮への大口献金者として知られ、昭和57年の故金日成主席の70歳の誕生日には、1億円の祝賀金を出し、愛国賞銀メダルをもらっている。具会長は昭和42年に脱税容疑をかけられて税務調査を受けたが、朝鮮総連が不当弾圧だと激しく抵抗した。総連は昭和51年、高沢寅男・社会党国会議員を仲介に立てて国税庁幹部らと交渉し、裁判中だった脱税事件を示談に持ち込んでいる。

 市民の党はこの4月の統一地方選の三鷹市議選候補に、よど号ハイジャック犯元リーダーの田宮高麿を父とし、欧州で松木薫さんと石岡亨さんを拉致した森順子を母とする森大志氏を擁立した。大志氏は今も、「金日成主義による日本革命を目指す北朝鮮の工作員」との見方もあり、担いだ市民の党も、北朝鮮の対日政治工作を担う政治勢力ではないかという疑いがある。菅首相をはじめとする民主党関係者が、そうと知らずに献金したのなら、あまりにも不注意かつ無責任であり、分かりながら利用したのなら、許し難い。

 大志氏は昭和58年に北朝鮮で生まれ、平成16年に帰国した。関係者によると、帰国した他の子供らと緊密な関係を維持し、訪朝しているとの話もある。彼が北朝鮮で受けてきた教育を紹介しよう。

 大志氏は平壌郊外の三石区域元新里の「日本革命村」に生まれ育った。「日本革命村」では、早い時期に粛清されたとみられるメンバー1人を除く8世帯が共同生活を送り、18人の子供らが生まれている。金正日総書記直属の朝鮮労働党連絡部56課の指導の下、「自主革命党」というダミー政党が作られ、メンバー全員が「一、我々(われわれ)日本革命家は偉大な首領金日成同志の革命思想で日本を金日成主義化するため青春も生命も捧(ささ)げて闘うことを誓います」で始まる「十の誓い」を毎朝宣誓していた。

 ≪日本革命教育の申し子?擁立≫

 「日本革命の偉業を代を継いで最後まで継承し完成させていく」との誓いもあり、田宮を校長とする「日本革命村小学校」では、大志氏をはじめとする子供らを「立派な金日成主義革命家にするための」洗脳教育がなされた。帰国した5人の拉致被害者の子供が小学校から朝鮮人の学校で教育されたのと違って、彼らは「日本人だから日本のことをいっぱい勉強してください」と指示されていた。

 自主革命党は金総書記から「日本革命テーゼ」を与えられた。私は有本さん拉致に関与した八尾恵氏から「(革命テーゼを)暗記している」と直接、聞いている。彼らは党員を増やすため、欧州などで日本人を拉致した。柴田泰弘と妻の八尾氏は自衛隊員の中に党員を作れとの指令を受けて帰国、昭和63年、ソウル五輪へのテロを厳戒中の日本警察に逮捕された。

 八尾氏は、横須賀で防衛大学校学生らが出入りするスナックを経営、自衛隊工作を着々と進めていた。田宮は死ぬ直前、自分らが拉致した日本人は20人ぐらいだと語っており、自主革命党を通じた北朝鮮の対日工作の全貌は未(いま)だに不明だ。大志氏は自主革命党員であるはずだが、両親らによる拉致など対日工作について語ってはいない。特に、モンゴル旅行に行くとだまされて拉致された福留貴美子さんについて、情報を持っているはずなのに隠蔽(いんぺい)し続けている。

 そんな人物の政界進出を、菅首相らが助けている。闇は深い。(にしおか つとむ)

7月20日付産経新聞朝刊「正論」