疑問を抱く菅首相の政治資金 櫻井よしこ
疑問を抱く菅首相の政治資金
櫻井よしこ
菅直人首相は得体の知れない人物だ。横田早紀江さんはそれを「深い闇の中で、どこかとつながっているような印象」と表現し、どこかとは、「得体の知れない北朝鮮のような国」だとも語った。
めぐみさんを拉致されて34年、早紀江さんは穏やかながらも深い憂いの表情をみせる。
「菅さんが首相になった昨年6月、家族会の一員として官邸に伺いました。菅さん、仙谷官房長官、拉致問題担当大臣の中井洽さんら4人と面会しました。そのときの菅さんの対応は本当におざなりで、私たち家族の心に響く言葉はありませんでした。事前に抱いていた不安感や危惧が的中したと、感じました」
不安感とはなにかと問うと、「辛光洙(シン・ガンス)に関することです」と即答した。
北朝鮮の大物工作員、辛は1980年に発生した原敕晁(ただあき)さん拉致事件の実行犯だ。韓国に潜入中、逮捕され、死刑判決を受けたが、菅首相や千葉景子元法相(2010年の参院選で落選)らは1989年、日本人拉致の犯人である辛の早期釈放嘆願書に署名していたのだ。
菅首相も千葉氏も辛が拉致犯だとは知らなかったと後に釈明した。だが、一国の政府が正式の裁判を経て死刑判決を下した犯人を釈放せよと、他国の政治家が要求するのは軽い行為ではない。強い思い入れと揺るがぬ信念を反映した重い政治決断のはずだ。その重い決断で日本人拉致の実行犯である北朝鮮工作員の釈放を嘆願した人物が、揃いも揃って、首相及び法相となり、嘆願した事実が露見したとき、これまた示し合わせたかのように「知らなかった」として責任をとらなかった。知らなかったとしたら無能故であり、知らずに嘆願したとしたら日本と日本国民への背信である。そんな人物にはそもそも首相や法相になる資格はないのだ。
「不思議な流れ」
首相が選りに選って北朝鮮工作員の釈放を嘆願したことに疑念を抱くのは当然で、早紀江さんはその思いを事前に岡田外相に伝え、岡田氏は必ず総理に伝えると約束したという。
「その後で菅さんにお会いしたのですが、菅さんは一所懸命頑張りますとは仰いました。けれど殆ど話さず、掴みどころのない方でした。本当に努力してくれるのかと不安に思いました」と早紀江さん。
北朝鮮工作員に不可解な支援をして見せた菅首相は、在日韓国人から違法献金も受けていた。外国人からの政治資金受け取りは政治資金規正法で禁じられており、同法第26条の2で、3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金と規定されている。3月11日午前、在日の男性から104万円を受け取っていた明らかな違法行為が発覚し、首相は辞任の崖っぷちに立たされた。だが、同日午後、東日本大震災が襲い、状況は一変した。
日本大学法学部教授の岩井奉信氏が解説した。
「100万円単位の金を簡単に寄付してくれる人はそうはいないと思いますよ。その点、昔からの知人で在日の人からの5万円で外相を辞任した前原さんとは違います。菅さんと、100万円を超える違法献金者との関係はなんなのか。菅さんには明らかに説明責任がありますね」
だが首相は説明しないどころか3月14日、日本中、世界中が東日本大震災と福島原発事故で騒然としていた最中に、こっそり返金していたのだ。辞任寸前まで追い詰められていた首相は震災で息を吹き返し、国民に向かって大震災に命懸けで取り組むと力説した。その裏で返金で事をおさめ、口を拭って知らぬ顔を決め込もうとしたのであろう。
同件は、しかし、東京地検特捜部に告発され、特捜部は5月10日、これを受理した。菅政権の下でいま、特捜部の力を弱める司法改革が進行中だが、それでも、首相は国民の目、司法の監視を甘く見てはならない。
国民に説明出来ない違法献金を受け取っていた一方で、菅首相はこれまた、国民には納得出来ない得体の知れない献金を行っていた。首相の資金管理団体「草志会」が「政権交代をめざす市民の会」(以下めざす会)に6,250万円もの政治献金をしていたと、7月2日、「産経新聞」がスクープしたのだ。首相はこれを認めたが、「当時の党の役職者(代表代行)としての責任において、職務遂行の一環としてのものであり、法に則り適正に処理している」と語っている。
菅氏の政治資金管理団体にこれほど高額の資金を他の政治団体に寄付する余裕のあること自体が驚きだが、それ以上に刮目すべきは献金先の異質さである。岩井氏が語った。
「普通、政治家は政治団体を通して子分の政治団体に献金することはよくあるのですが、菅さんのこのケースのように外部団体に政治資金を回すのは、僕はあまり見たことがない。日本の政治の常識から考えると、不思議な流れではあります」
一日も早い退陣が必要
政治資金は、自身の選挙や子飼いの政治家を養うのに使われるのが普通である。外部の政治団体への、しかも、6,250万円もの大金の寄付は聞いたことがないと、岩井氏は強調するのだ。それだけの資金を渡すからには、菅氏は「めざす会」について十分知っているはずだ。「めざす会」とはどんな組織なのか。「産経」が報じた事実は驚くべきものだ。
「めざす会」は「市民の党」から生まれた団体で、市民の党の横浜市議井上さくら、与那原寛子両氏は02年5月29日、市議会本会議場で議場内の国旗を引き下ろそうとして、市職員と揉み合いになった。同年6月5日の本会議では同じ2人が議長席と事務局長席を占拠し、6時間近く議事を妨害、2人は地方自治法上、最も重い除名処分を受け失職した。
市民の党はまた、今年4月、よど号ハイジャック犯の故田宮高麿と妻の森順子容疑者の長男を三鷹市議選に候補者として擁立した。森容疑者は1980年に石岡亨さんと松木薫さんを欧州から北朝鮮に拉致したとして国際指名手配されている。
「菅さんの寄付にはたしかに法的問題はないのでしょうが、なぜ、6,250万円もの額をこの特定の政治団体に出したのか、説明責任は必ず出てくるでしょう。寄付した先の団体にどんな人たちが関与し、その関連政治団体からどんな人が政界に入り、何をしているのか、そうしたことについて菅さんはきちんと調べてわかっていなければならないからです」と岩井氏は指摘する。
辛光洙救出の嘆願書、在日男性からの違法献金、疑問の残る巨額の政治献金と重ねていくにつれ、菅首相の得体の知れなさが鮮明になる。得体の知れない首相には、もはや国民の信頼はない。国民の信頼なしには政治は機能しない。首相には拉致問題をはじめ、如何なる問題も解決出来ないだろう。だからこそ、一日も早い退陣が必要なのだ。
『週刊新潮』 2011年7月21日号
日本ルネッサンス 第469回