公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.08.05 (金)

さらば占領引きずる疑似独立国 田久保忠衛

さらば占領引きずる疑似独立国   震災下の8・15

 杏林大学名誉教授・田久保忠衛  

 

 この6月24日のことである。国家基本問題研究所が催した月例研究会に、細野豪志原発事故担当相(当時首相補佐官)が出席し、東日本大震災への対応にあたってはまず有事か平時かの問題があり、有事の場合には中央官庁間の縦割り行政、中央と地方公共団体との権限、私権尊重といった難しい課題を処理しなければならない…、と説明し始めた。途端に、何人もの出席者から、「有事に決まっているではないか」との怒号が沸き起こった。これがすべてを物語っていると思う。

 ≪押し付け憲法後生大事に守る≫

 サンフランシスコ講和条約締結で独立を実現して60周年になるというのに、日本は大災害、戦争、国際テロといった厄介な問題を勝手に想定外とするか放棄し、占領下で押し付けられた憲法を後生大事に守っている。憲法第9条で戦争は放棄したから、起こりっこないと本気で信じている日本人はどれだけいるのか分からない。が、全国のあちこちで、「非核平和都市」や「核兵器廃棄平和都市」を宣言する立て看板は今でも目にする。これら自治体の関係者は、宣言すれば実現する、とまともに考えているのだろうか。

 占領下の憲法だから国軍の存在を認める条項はない。国家の非常事態を想定していないから緊急事態条項もない。民主主義体制が崩壊したり、今回のような大災害が起きたりした際には、一部私権を制限する条項も必要であろう。

 法治国家なら当然の常識は、護憲派の菅直人首相ら民主党首脳にはない。独立国がとるべき措置などは念頭になく、ひたすら「地方主権」や私権を尊重した平時の取り組みに没頭する。専門家の復興案は憲法の枠内の技術論ばかりだ。揚げ句の果てがこの体たらくである。

 東日本大震災で自衛隊が黙々と演じた役割は、「日本国憲法信者」も等しく認めるところだろう。が、時間の経過とともに、国の背骨である自衛隊の存在はまた忘れ去られていくのだろうか。

 ≪フィリピンの近視眼笑えるのか≫

 話は少々、それる。

 南シナ海の領有権をめぐる紛争で、中国は傍若無人な振る舞いに出て、フィリピンやベトナムと厳しく対立している。軍事力で劣弱なフィリピンは、石油探査船が妨害され、漁民が威嚇を受け、領有権を主張するパラワン島沖のイロキス礁では、船で建設資材を持ち込まれて実効支配を開始されてしまう。旗艦であるフリゲート艦、ラジャ・フマボンを紛争水域に送ったものの、第二次大戦に参加した世界最古の軍艦だから、中国側は歯牙にもかけない。

 この軍事小国は、情け容赦ない現実に直面して急遽(きゅうきょ)、海軍力増強に乗り出した。ロサリオ外相はワシントンに飛び、米比相互防衛条約の適用を明言し軍事援助を増やしてほしい、と懇請する。

 冷戦後の1992年、フィリピンはスービック海軍、クラーク空軍の両基地から米軍を追い出し、間隙を埋めるように中国海軍が進出してきた。軍事力を背景に有無を言わせぬ中国外交を前に、フィリピンは「相手を刺激しない」行動をとるほか選択の余地はなかった。万策尽きて、今度は、米国の懐に逃げ込んだのだ。

 フィリピンを笑えるか。

 ≪戦後体制の最後の徒花、菅政権≫

 鳩山由紀夫前首相は、日米同盟の証しである沖縄海兵隊の普天間飛行場を県外あるいは国外に持っていくと述べて、同盟を崖っ縁に立たせ、以来、普天間移設の問題は解決がついていない。ところが、尖閣諸島沖で中国漁船体当たり事件が発生し、対中事なかれ外交が破綻すると見るや、前原誠司外相は訪米し、クリントン国務長官に尖閣諸島を日米安保条約の対象にすると言ってほしいと要請した。防衛費は、自民党時代から一貫して減らしている。占領時代を引きずっている疑似独立国そのものではないか。

 劣悪な指導者を持つと、国はどのような事態を迎えるか。いわゆる戦後体制の欠陥がいやが上にも浮かび上がってくる。リーダーシップなき民主主義は堕落を続け、選挙民の歓心をいかにして買うか、政権維持のためどうして人気を上げるかの競争が繰り広げられる。国家の緊急事態に際しての体制整備に、政治家の関心が向かなくなってきて、果ては、国家の安全保障まで住民の意向とやらが決定する。原発も普天間飛行場も、首相官邸が断を下せないまでに、国家の機能は衰えている。

 しかし、絶望の溜め息をつくのはまだ早すぎる。耐用年数をとっくに過ぎた戦後体制の最後の徒花(あだばな)が菅政権であると位置付ければ、希望は出てくる。66年前に中学1年生だった私が見た日本の風景は、あらゆる面で廃墟(はいきょ)だった。独立達成にかまけていた日本の政治家たちが怠ったのは、新たな憲法の作成である。新しい時代の政治家を鑑定するリトマス試験紙が、これほどはっきりしてきた時代はない。(たくぼ ただえ)

8月4日付産経新聞朝刊「正論」