公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

役員論文

2011.10.14 (金)

アジア安保の空白を日印で埋めよ 櫻井よしこ

アジア安保の空白を日印で埋めよ

 櫻井よしこ  

米国の内向き志向が強まり、日本は大戦略の練り直しを迫られている。

シンクタンク「国家基本問題研究所」(国基研)副理事長の田久保忠衛氏は、9・11以降の米国の戦争に関して、米国の世論が当初とは様変わりしたことを指摘する。

「アフガン戦争は正しい戦争かとの問いに『正しい』と答えたのは35%、『関わるべきでない』は58%に上っています(CBSとニューヨーク・タイムズの調査)。米国人の厭戦気分は膨れ上がる財政赤字によっても増幅され続けています。そうした中、自らを『太平洋国家』と位置づけ、東南アジア諸国連合(ASEAN)をはじめ、中国の脅威の前に立たされている国々への支えを宣言してきた米国の後退が目立ちます」

9月21日、台湾への新型F16C/D型戦闘機66機の売却見送りが正式に発表され、替わりに米国は初期量産型F16の電子機器の改良で対応することになった。新型戦闘機の売却に反対する中国に配慮した結果である。だが、太平洋国家としてのコミットには、台湾の現状維持とそのための装備の売却が極めて重要な柱として含まれている。にも拘わらず、オバマ政権は中国への過剰なまでの配慮を優先させ、後退した。

対中外交での米国の弱気は必然的にアジアの安全保障に空白を招く。中国は挑戦的外交と無遠慮な軍事政策の効果を実感し、尚、台頭を続ける。いまこそ、中国に対処する賢い構えが必要で、日本とインドの連携が非常に重要な意味をもつ。

日印両国の実相と関係を振り返ってみよう。日本はGDPで中国に抜かれたとはいえ、世界第三の経済大国だ。世界のGDPは米国がトップで約15兆ドル、中国と日本が拮抗して5兆ドル、4位はドイツでわずか3・3兆ドルである。人口で米国の4割、中国の1割でしかないにも拘わらず、日本は非常によくやっている。技術力も高く、誠実な国民性は群を抜いているのである。

日本の重要なパートナーは…

他方インドは、やがて中国を人口面でも経済面でも凌駕する。中国との大きな相違は、インドが世界最大の民主主義国であることだ。言論、信教の自由を旨とし、多くの大切な価値観を私たちと共有する。

安倍晋三元首相が強調した。

「インド議会は戦後、毎年、広島、長崎の日に、犠牲者のために祈りを捧げてくれています。歴史観においても日本をこれ以上ないほどに理解し、受け入れている大層親日的な国です。そのことが余りにも日本には知られていない。とても残念です」

政治、経済、安全保障のみならず、歴史観においても、日印両国は多くを共有し、日印交流の深化は双方の国益に適う。のみならず、必ず、アジア全体の安定と平和に貢献する。国基研が9月19日から、安倍氏をはじめ自民、民主両党の超党派議員団と共にインドを訪れたのも、アジアにおける日本の重要なパートナーは中国ではなくインドであり、日印関係の強化こそが国益に適うとの認識ゆえだった。私たちはインドの最も伝統あるシンクタンク『世界問題評議会』(ICWA)と合同セミナーを共催した。シン首相との会見及び昼食会、アントニー国防相との会見、クマール科学技術相主催のレセプションなども行われた。一連の意見交換で確認されたのは、日印関係の重要性を認識する次元を超えて、その認識を実行すべき所に、両国は立っているということだった。

安倍氏はICWAでの基調講演で、官民を問わずインド要人に強く訴えかけた。氏は、海においてこそアジアは互いに結び合っているのであり、日印が海洋民主主義国として海洋を公共財と位置づけ、開かれた自由で安全な海を保ち続けていくために連携することの重要性を指摘した。「日印双方のネイビーが海洋でより頻繁に遭遇することが必要だ」とのくだりには聴衆から大きな拍手が起きた。

周知のようにインド洋での自衛隊の活動は民主党によって中止に追い込まれたが、海上自衛隊はソマリア沖で現在も海賊退治に従事する。

「任地への往復の折、日印両国の海軍は旗の信号を交わし合うことが出来ますし、昔ながらの発光信号を使って会話をすることも出来ます。陣形を整えて走らせるといったことですら、よい訓練になります」「こうしたささやかな日印の訓練を米国人たちは見ているでありましょう。中国人も何かを飛ばして見に来るかもしれません。これまた大いに歓迎であります」と安倍氏が語ると、インドの聴衆は再び、どっと沸いた。

米印関係深化のためにも

中国は空母をはじめ大規模艦隊の建造に余念がないが、軍事力強大化の第一の目的は戦わずして相手国の戦意を喪失させることだ。これこそ軍事力の発揮する政治的効果であり、中国が望む最大の果実だ。であれば、中国の近隣国も同様の構えをとるのが賢明であろう。安倍氏は、海自がインド海軍の統合基地を訪問し交流を深めること、その際に、写真やビデオを撮り世界に向けて公開することを具体策として提案した。ささやかではあっても、日印両海軍の協力する姿を世界に発信すれば、そこから生まれる政治的効果は必ず、中国への有効な牽制となる。

この提案は、日本という国が再び、自らを信じ、責任をもって行動することを促すものだ。かつて「間違った戦争」を行ったから、もはや軍事と名のつくことは一切出来ない、しないという自縛の下で、責任逃れを続ける日本であってはならない。自らを信じ、律し、自らの責任を立派に果たしていこうという姿勢である。インドが日本に期待しているのは、まさにそのような姿である。

これまで、太平洋とインド洋という2つの海の交通路の安全と安定は米国が支えてきた。米国が超大国としての絶対的優位性を保っている間に、将来に備えて日印はアメリカと共に、戦略的空白を生じさせないよう共同して働く必要があると、安倍氏が強調したとき、とりわけ大きな拍手が起こった。

どの国にとっても中国はチャンスであり、リスクである。21世紀の現在も時代遅れの専制政治を続ける中国に安易な妥協姿勢を見せれば、中国は必ず誤解し、踏み込んで来ようとする。中国をチャンスの国でなくリスクの国にしてしまう行動は、どの国もとってはならないのだ。日印米の戦略的パートナーシップが対中抑止力として重要なゆえんである。

安倍氏は、日本は米国と60年間、途切れることのない同盟関係を保ち、その年月は実に、米国史全体の4分の1以上を占めると強調し、この長い同盟関係を以て、日本は米印関係深化のためにも役立つことが出来るとも述べた。

責任ある大国としての日本国の気概こそが、日本の新たな大戦略の基本となるべきである。

『週刊新潮』 2011年10月13日号
日本ルネッサンス 第480回