「大阪」と「TPP」を結ぶ点と線 遠藤浩一
「大阪」と「TPP」を結ぶ点と線
拓殖大学大学院教授・遠藤浩一
選挙必勝の鉄則は、争点を設定することである。自分の土俵に相手をのせてしまえば、その時点で勝負はついたも同然だ。平成17年には小泉純一郎氏が「郵政民営化」、同21年には民主党が「政権交代」という争点をそれぞれ先に設定して勝っている。今回の大阪ダブル選挙でも、橋下徹前府知事および「大阪維新の会」が、いわゆる「大阪都構想」(二重行政の是正)をいち早く争点として打ち出して圧勝したように見える。
≪政治・行政秩序にダメ出し≫
敗れた反“ハシスト”派は橋下氏の独裁的な手法、あるいは同氏の指導者としての資質(危うさ)に争点を置き換えようとしたが、これは裏目に出た。大阪の有権者は凡庸な現職より多少やんちゃでも何かやってくれそうな前府知事およびその一派を選んだ。“指導者の資質”という争点も、橋下氏一統はいつの間にか自らの側に引き寄せてしまったわけである。
さらに、そこに、既成大政党に対する信任・不信任という争点も加わった。国政における与党の民主党も最大野党の自民党も、反維新にまわったが、大政党による包囲網の中で孤立奮闘する「大阪維新の会」という構図が出来上がったとき、橋下氏は、ほくそ笑んだことだろう。
今回の選挙では、“大阪都”や“ハシズム”の是非以上に、この争点が最も重い意味を持っていたように思われる。端的に言うならば、橋下氏の政策や指導者としての資質が評価されたというより、決断できない相乗り首長、機能不全の政党、さらに既得権益擁護に汲々とする労組なども含め、既成の政治・行政の秩序がもはや評価に値しなくなったと判断されたのである。
≪国際規範作りでも不適格露呈≫
もっとも、これは今回突如、持ち上がった問題ではない。今世紀に入って以降の選挙においては、既成政党および彼らが形成する秩序、あるいは彼らの統治能力に対する不信が、常に、最大の争点であり続けた。6年前の小泉氏も2年前の民主党も、既成政党への不信と既成秩序の破壊という争点を打ち出して勝っている。
今回の選挙で特徴的なのは、2年前に“旧体制”の打破を訴えた民主党が“旧体制”の側に位置することを自ら明らかにしてしまったことだろう。体制破壊を訴え、未知への期待を集めて政権を獲得した民主党は、統治者としての適格性の欠如を露呈し、有権者から拒否されるに至った。
さて、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加の是非について、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が交わされているそのときに、大阪で首長選挙が行われ、大政党への不信という民意が示されたことは決して偶然ではないと思う。
経済連携に関する新たな国際ルールづくりの交渉に参加するかしないかで国論が二分されるような事態は、不毛である。国家たるもの、国際ルールをつくる側にまわることによって国益を確保しようとするのが当然だからである。
「戦後体制」とは勝者がつくったルールに敗者が組み込まれて出来上がったものにほかならない。他者がつくった土俵にのれば、当然不利な勝負を強いられることになるわけだが、戦後のわが国は、それでも歯を食いしばって高度成長を達成した。
そんな日本にとって、国際ルールづくりに自ら参加することは戦後体制から脱却する上でも本来好ましいことである筈(はず)なのだが、交渉の場に臨むことそれ自体が議論の対象となり、とりわけ日頃保守的な言動をしている人たちが口をきわめてこれを否定している。
≪「脱戦後」へハードル越える時≫
それは、(1)ルールづくりといっても米国がつくった土俵にのせられるだけではないか(2)そもそも野田佳彦民主党政権に熾烈(しれつ)な外交交渉を展開する当事者としての能力と適格性があるのか-という疑念が拭えないからだろう。とはいえ、米国が想定しているとされる一方的なルール(案)を修正するには、交渉に臨むしかないわけだから、結局、これは二番目、すなわち民主党政権の能力と適格性という問題に帰着する。
では、自民党なら大丈夫かといえば、これも首をかしげざるを得ない。「我が党の政権ならばこういう姿勢で交渉に臨む」という展望を示す以前の段階で議論を集約し得ていない。自民党政権時代に京都議定書という国際ルールづくりに参加し、自ら不利なルールを策定してしまったという“前科”もある。
米国案を丸呑(の)みするしかないというのも、土俵づくりに加わるなというのも、ともに敗北主義であり、戦後コンプレックスの変奏でしかない。わが国は、TPPのみならず、今後もさまざまな国際規範づくりに直面することになるだろうが、それは脱戦後のために飛び越えねばならぬハードルである。そこでしたたかな交渉を展開し果実をもぎ取っていく能力と資格を持った、本格的な政権を形成することこそが喫緊の課題であると、大阪の選挙結果は暗示しているのではないか。(えんどう こういち)
12月14日付産経新聞朝刊「正論」