ニクソン米大統領の訪中と酷似したクリントン長官のビルマ訪問の真意 櫻井よしこ
ニクソン米大統領の訪中と酷似したクリントン長官のビルマ訪問の真意
櫻井よしこ
11月30日から3日間、ビルマを訪れたクリントン米国務長官と民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チー氏との対面の様子に、思わず目が吸い寄せられた。しっかりと抱擁し合った二人は、このうえなく息の合ったかたちでアジアの近未来を決定的に変えていくだろう。両氏の互いへの敬いと信頼の深さは、その後明らかになった米国とビルマのあいだの過去3年間の交渉からも明らかだ。
オバマ大統領がクリントン国務長官のビルマ派遣を発表したのは11月18日、東アジア首脳会議出席のために訪れたインドネシアのバリ島でだった。会見で大統領はこう語った。
「米国はビルマの人権問題に重大な懸念を抱いた。長い年月の暗黒時代のすえにビルマに今、光明が見えてきた。政治犯や少数民族、北朝鮮との緊密な関係など現在も問題点は多いが、民主主義への動きもある。米国はこの機会を歴史的転換の好機ととらえたい」
オバマ大統領は一気に語り、「昨夜、スー・チー氏と語り合った。彼女も米国のビルマの民主化への関与を支持していることを確認した」と述べ、国務長官の派遣を発表したのだ。
大統領は質問をいっさい受けず、重要発表だけでさっと姿を消したが、その手法は世界を震撼させた1971年のニクソン大統領の訪中計画発表と酷似している。似ているのは手法だけではない。国務長官のビルマ訪問の重要性はニクソン訪中の重要性に匹敵する。ビルマの民主化と中国離れが進めば、それはチベットやウイグルにも波及し、独立を視野に入れた地殻変動につながる可能性がある。民主主義と自由を掲げる諸国が一党支配と人間の弾圧を是とする中国を包囲し、中国を変えていく可能性があるのだ。
オバマ政権は発足当初から米国のビルマ政策の再検討を開始し、3年間で20回を超える秘密交渉を行ったそうだ。クリントン長官はビルマの軍事政権に制裁一辺倒の外交で応ずることの限界を感じていた、と語ったが、ビルマ軍事政権が米欧諸国の厳しい制裁ゆえに否応なく中国への依存を強めてきたのは事実だ。中国にとっては願ってもないことだった。ASEAN諸国中、最大の国土と豊富な資源を有するビルマに、中国は積極的に投資し、その国土と資源を事実上中国のものとしてきた。
一例がイラワジ川に中国が建設中だったミッソンダムである。同ダムは、建設は中国資本で中国人労働者が担当、完成後も中国が運営する。つくり出される電力は「最低でも90%は中国に送電する」という契約だ。つまり、発電量全量を中国に送ることもあり得る、というより、全量を中国に送ることを前提とした計画である。
軍事政権に替わって新政権が生まれた今年三月以来、ビルマ国内で噴き出したのは反中国の国民感情だった。経済的に中国に依存し過ぎた結果、資源も国土も奪われるという不安と不満が新政権を動かし、その動きを米国は好機ととらえた。米国は以降、ビルマ民主化のテコ入れを強めるだろう。
インドきっての戦略家、政策研究センター所長のブラーマ・チェラニー氏が語った。
「中国はインド周辺の十数ヵ所に軍事拠点を築き、いわゆる真珠の首飾り作戦でインド封じ込め体制を築きました。今、われわれは、米国、日本、ASEAN、豪州、ニュージーランド、インド、ロシアが協力し、『真珠』に勝る『金の首飾り』作戦を展開すべきです」
ビルマの民主化への大きな一歩に加えて、ロシアでプーチン氏の強圧政治が嫌われ、与党が大幅に支持を落とした下院選挙の結果などを見れば、「金の首飾り」の萌芽はすでに随所に見られる。心配なのは、野田佳彦首相も民主党政権も、今眼前で進行しつつあるこの世界戦略の大変化に気づいている様子が見られないことだ。
『週刊ダイヤモンド』 2011年12月17日号
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