公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.01.27 (金)

野田君、これじゃ身は削れない 屋山太郎

野田君、これじゃ身は削れない

 評論家・屋山太郎 

 通常国会が始まった。焦点は来年度予算案と社会保障と税の一体改革である。消費税増税については、民主党は平成21年の衆院選で「やらない」と言った、自民党は22年参院選で「10%を公約した」と、互いに相手の不正直を追及しているが、財政上、国際経済上も消費税増税を見送れる状況にはないだろう。両党の意図が怪しいことについては、後述する。

 ≪予算の別勘定はまやかしだ≫

 まず来年度予算案だが、実質96・7兆円というのは過去最大で、これによって国の借金は1000兆円を突破した。切らねばならない箇所を切れず、約束したことを追加したのだから、当然だ。民主党は「コンクリートから人へ」と国造りの基本方針を転換することで総選挙に勝利した。勝ったのだから、わが道を邁進(まいしん)するというのが政権の役割だ。その象徴が八ツ場ダム建設の中止だったが、国土交通省の担当者の巻き返しに遭って前田武志国交相が工事進行に固執した。こうなると、整備新幹線3カ所の着工まで一気呵成(かせい)に押し切られるのは当たり前だ。

 96・7兆円ではあまりにも過大だということで、このうち3・8兆円は東日本大震災復興費への別枠に、2・6兆円は基礎年金の国庫負担の財政不足分に充て「年金交付国債」という別枠にするという。こうして本体は90兆3300億円、前年比2・2%減に収めたという。借金は、償還期限が違おうが将来入る見込みがあろうが、その時点で借金ならみな借金だ。2つを別勘定にして予算から外すというのは、ごまかしだ。

 野田佳彦政権が姑息(こそく)な手段を取らされたのは、各省が無駄な予算を切れず、これまでの要求に加えて、民主党の新規政策を上乗せしたからだ。それ以前、自民党政権時代から、各省は省益を追求し、それを黙認してもらう代わりに、各大臣の新政策を上積みする慣行を重ねてきた。予算が足りなくなると増税で賄うパターンだった。しかし、自民党時代の末期から消費税増税に対する忌避が激しくなり、足りない分は国債を発行するという悪習が染み付いた。

 ≪公務員制度改革はやれるのか≫

 だからこそ、民主党は21年衆院選で、「任期中には消費税は上げない。徹底的に無駄を省く」と公約した。その象徴が「天下り法人の廃止(取り潰し)」と「渡り根絶」である。なぜ天下り法人が出現するかといえば、これは公務員のピラミッド型人事と密接に関係している。同期をはじき出すのに受け皿の法人が必要なのだ。この構造を、野田氏自身、「シロアリ体質」と糾弾している。したがって天下り法人をなくすには、公務員終身制など天下り不要の人事制度に改変する必要がある。

 中曽根康弘氏は国鉄改革をするのに全官僚を叱咤(しった)して3年かかった。小泉純一郎氏は郵政改革に政治生命を賭(と)し4年かけた。

 30万人から成る団体の構造を変えるのには、内閣を挙げて3年からの労力が要るのに、鳩山由紀夫政権は小沢一郎幹事長とともに無為に過ごした。菅直人政権ときたら、天下り問題に全く目を向けなかった。3人目の野田氏一代に公務員制度改革という大仕事を託すのは無理だ。かといって、野田氏を免責するつもりもない。

 野田氏は国家公務員の給与を平均約8%削減する改革法案を国会に提出してはいる。今回の改造内閣では岡田克也副総理が一体改革とともに、「102の独立行政法人を4割統廃合し、17の特別会計を11に整理する」と宣言した。公務員の給与約8%削減と独法の4割統廃合で増税の前提をクリアしたと言わんばかりだが、これはとんでもないまやかしである。

 ≪何もしないのが「統廃合」≫

 そもそも、民主党は21年の衆院選のマニフェスト(政権公約)では、国家公務員の総人件費の2割削減を掲げたのではなかったか。ところが、実現しそうなのは給与の約8%カットだけである。しかも、同党は国家公務員への労働基本権の一部付与を立法化することも条件として求めている。これでは切り込み不足も甚だしい。

 岡田氏の独法4割統廃合というのもまやかしである。統廃合というのは役所言葉で、何もしないということを意味する。麻生太郎政権時代、地方分権推進委員会に首相が「国の出先機関は二重行政の批判があるから原則廃止」と命じた。ところが、出てきた答申は、「原則統廃合」で以来、出先機関は1ミリも変わっていない。

 野田首相は増税の前提となる公務員制度改革をすっ飛ばして遮二無二、消費税増税に走っている。「不退転の決意」は結構だが、自らが財務省の言いなりになっているという自覚はないのか。

 このありさまを捉えて、自民党の谷垣禎一総裁は「公約では増税しないと言ったのに二枚舌だ」と攻撃している。しかし、谷垣氏自身は「責任ある野党として10%程度の消費税は必要だ」と断言していたのである。現在の反対論は手続き論にすぎない。いま解散して勝っておかないと9月以降は総裁の座にはいないから、という思惑も絡んだ私利私欲だろう。(ややま たろう)

1月26日付産経新聞朝刊「正論」