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2012.08.10 (金)

終戦67年 単身世帯の急増は亡国への道だ 渡辺利夫

終戦67年 単身世帯の急増は亡国への道だ

 拓殖大学総長・学長 渡辺利夫 

 日本の人口動態を多少なりとも子細に観察してみると、社会存立の基礎的単位である家族が崩壊の危機に瀕(ひん)しており、これによって共同体と国家が再生不能なまでに貶(おとし)められかねない不気味な様相が浮かび上がってくる。危機を象徴するものが、単身世帯の急増による後継世代再生産メカニズムの毀損(きそん)である。

 ≪単身世帯、標準世帯上回る≫

 夫婦と子供から成る家族が標準世帯である。2006年、単身世帯数が標準世帯数を上回って最大の世帯類型となった。日本の人口史上初めての事態である。10年の国勢調査によれば、全世帯に占める単身世帯の比率は31%、標準世帯の比率は29%である。国立社会保障・人口問題研究所は、単身世帯比率が2030年には37%にまで増加すると推計している。

 単身世帯といえば誰しも思い浮かべるのは、配偶者と死別した女性高齢者のことであろう。しかし、これは男性より女性の方が長命であることから生じる生命体の自然現象である。死別以外の単身世帯化の要因は未婚と離婚だが、これが現在ではごく日常的な現象となってしまった。「子供がなかなか結婚しないで困っている」というのはよく聞かされる親の愚痴話である。私の関係している職場でも30~40代の独身者がいっぱいいる。1回もしくは複数回の離婚のことを“バツイチ”とか“バツニ”といって、別段恥ずかしいことでもないような風潮である。

 単身世帯がどうしてこうまで一般的存在となってしまったか、その要因を探る人口学的な研究書が私の書棚にも何冊か並んでいる。そこで明らかにされている要因をあえて1つにまとめれば、要するに未婚や離婚に対する人々の規範意識が変化し、結婚・出産・育児といったライフスタイルをどう形作るかは個人の自由な選択によるべきだ、とする考えが定着してしまったということなのであろう。

 ≪背景には憲法精神の具現化≫

 憲法精神のみごとな「制度化」というべきか。「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されねばならない」。前者が現行憲法の第13条、後者が第24条である。第13条において、個は絶対的存在である。第24条は、独立した個から構成されるものが夫婦であるというのみ、これが家族共同体の基礎だという語調はまるでない。

 単身世帯の広がりは憲法精神の紛れもなき実体化である。それゆえであろう。戦後精神の牢固(ろうこ)たる守護者、わが与党民主党は、「第3次男女共同参画社会基本計画」なるものを10年12月に閣議決定し喜び勇んで次のように宣揚する。「多様なライフスタイルを尊重し、ライフスタイルの選択に対し中立的に働くよう社会制度・慣行を見直す。その際、核家族化、共働き世帯の増加、未婚・離婚の増加、単身世帯の増加などの家族形態の変化やライフスタイルの多様化に対応し、男性片働きを前提とした世帯単位から個人単位の制度・慣行への移行」を推進すると。

 個がよほど重要な観念らしい。その観念をもとに配偶者控除の縮小・廃止、選択的男女別姓制度の導入、未婚・離婚の増加などに伴う家族形態の多様化に応じた法制の再検討に入るのだという。家族が流砂のごとくこぼれ落ちていくさまをみつめてこれを何とか食い止めよう、というのではない。逆である。現状を善しとし、さらにこれを促さんというのである。

 ≪家族解体狙う民主党左派勢力≫

 消費税増税法案をめぐるあの無様(ぶざま)な党内抗争を眺めて、一体民主党とは何を考えている政党なのかとジャーナリズムは嘆くが、見当違いをしてはならない。隠然たる影響力をもつ左派的な政党事務局をも含む党の中枢部は、日本の伝統を憎悪し、伝統を担う中核的存在たる家族を解体せんと意図する戦闘的な政治集団なのである。

 しかし、民主党中枢部のかかる目論見(もくろみ)は、その論理不整合のゆえにいずれ自壊せざるをえまい。単身世帯とは、みずからは後継世代である子供を産み育てず、子供をもつ標準世帯により重く賦課される保険料や税金に依存して老後を凌(しの)いでいく人々のことである。単身世帯の増加は、出産・育児という後継世代を恒常的に再生産する自然生命体としての営為を、あたかもそれが理不尽なものであるかのごとき認識に人々を誘ってしまいかねない。単身世帯という存在は、個々の単身者がそれをどう認識しているかは別だが、結果としては社会的エゴそのものである。かかるエゴを助長する政党に執権を委ねる国家は、亡国への道に踏み込まざるをえない。

 また終戦記念日がやってくる。私どもはもう1つの終戦記念日をつくらねばならないというのか。(わたなべ としお)

8月9日付産経新聞朝刊「正論」