公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

役員論文

  • HOME
  • 役員論文
  • 終戦67年 戦後4度目の憲法改正の機会だ 田久保忠衛
2012.08.15 (水)

終戦67年 戦後4度目の憲法改正の機会だ 田久保忠衛

終戦67年 戦後4度目の憲法改正の機会だ

 杏林大学名誉教授・田久保忠衛 

 

≪福田恆存が喝破した欺瞞性≫

 

 昭和50(1975)年5月19日付の「サンケイ新聞」に、福田恆存氏は「憲法の絶対視に異議」と題する一文を書き、「私の知人の間でも、現行憲法のごまかしを認めている者がかなりゐる。が、その大部分はそれを公の場所で言ふべきではない、或(ある)いはまだその時期ではないと言ふ。そればかりではない。公開の席上で憲法について私と論議することさへはばかるのである」と述べた。その10年前に、同氏は「常用憲法論」を月刊誌に発表し、日本国憲法の欺瞞(ぎまん)性を完膚なきまで論破していた。

 

 政治、経済、外交、防衛、教育などあらゆる面で切なさを感ずる昨今、憲法論議は緩慢ながら、一定の方向性を目指し始めたのではないかと考える。大雑把(おおざっぱ)ながら憲法については、いわゆる改憲派、護憲派、無関心派、日和見派の4つに分類でき、改憲論の中も、96条(衆参両院の3分の2の賛成を得て発議する)の手続きによる改正と少数ながら廃棄の議論に分かれている。それらの是非はともかく、護憲派が追い詰められた揚げ句に見つけた口実の、「内容さえよければいいではないか」の「内容」は大分(だいぶ)怪しくなってきた。

 

 ≪過去3度も逸したチャンス≫

 

 世界第2の経済力と軍事力を有し、それを背景に強引な言動で米国や周辺諸国と摩擦を引き起こしている中国、北方領土の不法占拠を改めるどころか、それを梃子(てこ)に揺さぶりをかけてくるロシア、核開発計画をやめず、拉致という国家犯罪にいささかの反省も示さない北朝鮮にどう対応するのか。憲法前文で日本の安全と生存をお任せしたはずの「平和を愛する諸国民」とはどの国か。東日本大震災のような大規模災害、外国の武力攻撃などの緊急事態に際して首相に権限を一時的に集中する定めを憲法に盛らなくていいのか。

 

 何をどう取り違えたのか、民主党の前川清成参議院議員はこの条項を盛るための改憲論を「火事場泥棒」の表現を使って国会の場で批判したらしい。国民の生命、財産を守り国の独立を真剣に考える人を「火事場泥棒」だとすると、改憲派、日和見派はもちろん、無関心派の中にも、前川議員から犯罪人視されることを名誉に思う向きが増えてくるだろう。護憲を煽(あお)り立ててきた大マスコミには、論調をさりげなく修正するところもすでに出始めている。

 

 改憲にせよ廃憲にせよ、大きな機会は過去に3度あったと思う。最初はサンフランシスコ講和条約の締結で、同時に独立国の憲法をつくればよかった。2度目は70年代の後半から80年代にかけてだ。ソ連の世界的影響力が増大し中ソ対立は先鋭化した。トウ小平氏は公然と日本は軍事力を増大すべきだと述べ、日中関係の緊密化を求めた。79年末にソ連のアフガニスタン侵攻直後に訪日したブラウン米国防長官は「着実で顕著な」防衛力を要求した。米中両国の「ご要望」に応じて少なくとも9条改正はやろうと思えばできたはずだ。

 

 3度目は91年の湾岸戦争だ。クウェートから撤退しないイラクに対し米国をはじめ28カ国が参戦したが、日本は130億ドルを拠出して責任を逃れた。クウェートがワシントン・ポストに掲げた感謝広告の対象30カ国の中に、日本の名はなかった。日本国憲法が国際社会に全く馴染(なじ)まなくなってしまった事実をこれ以上、赤裸々に示した例はない。にもかかわらず、日本の政治は憲法に手を着ける気配は全くなかった。理由は簡単だ。票にならないからである。以来、21年たったいま、われわれは4度目のチャンスに直面している。

 

 ≪目指せ「独立自存の道義国家」≫

 

 だからこそ、産経新聞の国民の憲法起草委員会は、戦後67年を迎えた日本にとり少なからぬ役目を帯びていると思う。審議は始まって4カ月経過した段階だが、戦後曖昧にされてきた国柄を「立憲君主国」とすることで、大筋の合意が得られた。二千年余の長い歴史でごく短期間の例外はあっても、「権威」としての天皇と「権力」は別であった。他の立憲君主国も、政権が不安定でも、国としてはまとまっている。しかも、日本の天皇は欧州の征服王でも中国の覇王でもなく、祭祀(さいし)王だ。

 

 戦前、戦闘的自由主義者として左右の全体主義者を批判した河合栄治郎は、広く読まれた著書「学生に与う」の中でこの国柄を「国体の精華」と表現している。紙面で紹介されたように、これからの国家目標を「独立自存の道義国家」とする合意もできた。日本の進路は、現行憲法のように「恒久の平和を念願する」といった軽薄な表現であってはならない。

 

 外交は他国の不法行為があっても「外交ルートを通じて抗議する」だけで何もできない不能を露呈し、エネルギー、防衛など国の専管であるべき政策はあたかも住民が決定するかのような現状を世界中が嗤(わら)っている。正しい憲法をつくる国民的な動きは、その諸国がわが国に抱く不要な誤解を少しは解く結果になるかもしれない。(たくぼ ただえ)

 

8月14日付産経新聞朝刊「正論」