尖閣の危機、防衛予算を大幅増額せよ 櫻井よしこ
尖閣の危機、防衛予算を大幅増額せよ
櫻井よしこ
野田佳彦首相は尖閣諸島の「平穏かつ安定的な維持管理を継続する」ために国有化に踏み切った。それから約ひと月、目的はどれだけ達成されたか。状況はむしろ後退し、9月11日の国有化以降、中国公船の領海侵犯が日常化しつつある。
まず、9月14日朝には中国国家海洋局所属の海洋監視船「海監」6隻が領海に侵入、午後1時20分頃まで居坐った。これほど多くの大型公船が一度に領海侵犯したのは初めてだと報道されたが、これはほんの序の口だった。
18日には中国農業省漁業局所属の漁業監視船「漁政」2隻と、「海監」10隻の計12隻が、領海と排他的経済水域(EEZ)の間の接続水域に入り、尖閣諸島の周りをグルグルと輪を描いて巡航した。「海監」3隻は領海にも侵入した。
24日には11隻の中国の漁業監視船が接近し、「海監」2隻と「漁政」2隻の計4隻が領海に侵入、7隻は接続水域を航行し続けた。
10月に入ると、侵入はさらにエスカレートし、1日には公船6隻が接続水域に入り、2日には「海監」4隻が領海に侵入した。
3日には「海監」3隻がまたもや領海侵犯する一方、「漁政」は日本のEEZ内で中国漁船2隻に立ち入り検査を実施した。尖閣諸島周辺のEEZ、接続水域、領海全体に中国の主権が及ぶことを主張するための示威的検査である。
中国船の連日に及ぶ領海もしくは接続水域の侵犯に慣れてきたのか、日本のメディアの報道は小さくなりつつある。日本の報道縮小に反比例して、中国は執念深く公船を日本の領海及び接続水域に送り込み続ける。接続水域での航行は、少なくとも10月に入って、この記事を書いている9日時点まで、連日続いている。
島は空っぽ
現状を冷静に見てみよう。中国の公船が日本のEEZで漁船に立ち入り検査を行い、複数の監視船が連日接続水域を航行し、領海を侵犯する。そこに駆けつけた海上保安庁の巡視船が退去を求めると、中国側は「本船の航行を邪魔するな」「ここは中国の領海だ」と言い返す。同時に中国国家海洋局も「権益を守る正常な巡視活動を展開している」と主張し、東京駐在の韓志強公使も「尖閣諸島は中国固有の領土」と繰り返す。
日本政府も尖閣は日本が実効支配中だと言うが、連続して発生する中国船の領海侵犯を防ぎきれていない。そして肝心の島には日中共に、自国民を上陸させてはおらず、島は空っぽである。
これでは日中の立場は五分五分でしかない。普通の国なら、領海侵犯を繰り返す国の船は拿捕するか、もしくは経済制裁などで国家意思を示すのが定石である。そのいずれも行わず、国有化した島に日本国民の上陸を許可せず、島を空白にしたまま実効支配中だと主張するのは無意味である。
国有化にも拘わらず、日本政府が島の実態を変えられないでいること、国有化以前に較べて中国公船の出入りが日常化したことは、明白な日本側の後退である。野田首相はこの事実を認め、一刻も早く後退に歯止めをかけ、日本の実効支配を実績で裏づけなければならない。
南シナ海における中国の過去40年の足跡は、どれほど時間がかかっても、中国は奪うと決めた島々と海を奪い続けることを示している。東シナ海でのみ、中国が考えを変えることは金輪際ないと心得るべきだ。従って、日本が尖閣諸島領有の意思を放棄しない限り、日中のせめぎ合いは永遠に続く。その場合、最終的に物を言うのは力である。
中国は南シナ海で行ってきたように、まず巧妙に「民間人」に活動を起こさせるだろう。漁民を装った男たちを上陸させ、中国の公民を守ると称して「海監」などが領海に入り、米国の動きを注視しながら日本の動きを封じようとするに違いない。日本側が歯が立たないように、既に2011年6月に彼らは大幅な戦力倍増計画を決定済みだ。中国国家海洋局が、2020年までに監視船を現行の280隻から倍増させ、海洋監視隊を9000人から1万6000人に増やし、航空機も7機から16機に増やすというものだ。
ならば日本も国家意思を明確に示さなければならない。来年度の予算編成の最中、首相の決断のすべてを中国はじっと見詰めている。尖閣諸島を守る国家意思の本気度を占うのが予算編成であることを、彼らは知っている。
同じ意味で米国も日本政府の判断を注視している。中国の軍拡に対応するため、アジアの小国でさえ、必死に国防力を強化しているとき、大国日本がまたもや防衛予算を削減することなど受け入れられないだろう。
戦略的重要性は明らか
日本は、まず、自力で尖閣防衛を確かなものにする意思を示し、尖閣諸島を含む南西諸島全体を見据えて、中国の力に向き合うための日本の戦略を予算に反映させることだ。
防衛予算は、そのために、大幅増にしなければならない。ところが防衛省の概算要求額は、今年度の実績である4兆7135億円よりさらに少ない4兆6360億円にとどまっている。財務省の指示に従えばこのような要求になるのだが、国の主権が侵されそうな局面で、野田首相、森本敏防衛相らが中心となって政治力を発揮しないでどうなるのか。いまこそ、官僚に政治の意思として国防力の充実を最優先させよと指示するときだ。
地図を広げると、鹿児島から沖縄本島まで約600キロ、さらに西の国境の島、与那国島まで500キロ余り、1000キロを超える広大な海に南西諸島は散らばっている。台湾、南シナ海を見渡すとき、南西諸島の戦略的重要性は明らかだ。日本最東端の国境の島、南鳥島の海底で日本の消費量の2万年分ものレアアースが発見されたように、この海はかけがえのない資源の宝庫でもある。
にも拘わらず、これらの島々は、事実上空っぽである。陸上自衛隊の駐屯地は沖縄本島にしかなく、レーダーは宮古島で終わっている。監視網と戦力の空白は、侵略を目論む側にとって絶好のチャンスだ。大東亜戦争で敗北した日本は旧ソ連に北方領土を奪われたが、あのとき、ソ連軍は日本が降伏して武装解除に応じたこと、さらに米軍がそこにいないことを確認した後、軍事的空白の中に取り残された北方領土を奪いにかかった。楊潔篪中国外相は国連総会で、尖閣諸島に関して日本を「強盗」呼ばわりしたが、まさに尖閣諸島を「盗」もうとしている中国にとって、この瞬間の南西諸島の軍事的空白こそ好機であろう。であれば、この空白を埋める国防予算の顕著な増額が必要である。自助努力の証しを立てることによって、初めて日本は中国の脅威を退けることが出来る。
『週刊新潮』 2012年10月18日号
日本ルネッサンス 第530回