公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

提言

  • HOME
  • 提言
  • 【提言】 北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するな
2008.01.30 (水)

【提言】 北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するな

平成20年1月30日
国家基本問題研究所

北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するな

 
【結論】
・北朝鮮による日本人などの拉致事件が解決しないまま、米国が北朝鮮をテロ支援国リストから解除することは、日本に米国への信頼を失わせる。
・拉致被害者が今も拘束されていることは、拉致というテロが継続していることを意味する。北朝鮮とテロ支援国シリアの核協力が事実なら、北朝鮮のテロ支援が継続していることを意味する。
・北朝鮮の核計画申告の十分な検証やシリアとの核協力疑惑の解明がないまま、北朝鮮のテロ支援国指定を解除することは、北朝鮮による核兵器保有と核拡散を許さないという国際社会の大方針に反する。
・北朝鮮のテロ支援国指定を解除することは、リビアのケースとは違う甘い基準を北朝鮮に適用することになる。

【提言】
・米政府は、拉致問題の解決のないまま北朝鮮のテロ支援国指定を解除すべきでない。
・米議会は、北朝鮮のテロ支援国指定の解除に厳格な条件を課す法案を採択すべきだ。
・日本の政府と国会は米国の政府と議会に対し、北朝鮮のテロ支援国指定の解除が日本の米国に対する信頼を損ねることを説明し、解除に反対する意思を明確に伝えるべきだ。

 
 
 米政府は2004年以降毎年、国務省の年次テロ報告書に日本人拉致問題を記載することで、北朝鮮による拉致を明らかなテロであると認めてきた。一般に、同盟関係は同盟国の相互信頼の上に成り立つ。米国が拉致をテロと断罪する立場を一方的に放棄し、日本と協力して拉致問題で北朝鮮から具体的行動を引き出すことなしにテロ支援国指定を解除すれば、日本における米国への信頼は失墜し、日米同盟を支えてきた最も親米的な人々をも失望させる。
 内閣府が2007年12月1日に発表した「外交に関する世論調査」によると、日米関係は「良好ではない」と答えた人は前年比8.8ポイント増の20.4%となり、同様の調査を始めた1998年以降で最も高くなった。他方、日米関係が「良好」とする人は前年比6.4ポイント減の76.3%となり、3年ぶりに80%を割り込んだ。この調査結果は、最近の米国の融和的な北朝鮮政策も一因となって、日本国民が米国への信頼を失いつつあることを示す。もし米国が日本の反対を押し切り、テロ支援国指定を解除するなら、信頼の低下は決定的となる。
 日本では、衆参両院の拉致問題特別委員会が2007年12月5日と7日にそれぞれ、北朝鮮のテロ支援国指定の解除に反対する決議を、共産党を除くほぼ全会一致で可決した。米国でも、イリアナ・ロスレーティネン下院議員(共和、フロリダ州)らがテロ支援国指定の解除に拉致被害者の帰国など厳しい条件を課す法案を下院に提出し、上院でもサム・ブラウンバック議員(共和、カンザス州)らが同じ趣旨の決議案を提出した。日米の立法府の間で、安易なテロ支援国指定解除に反対する連携が生まれつつある。
 日本国民が極めて重視している拉致問題で米国に裏切られれば、日本は将来、安全保障問題で米国に裏切られないとの確信を持てなくなる。換言すれば、日本は、米国が究極的な安全保障手段として日本に差しかけているとされる「核の傘」への信頼を失う。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は2007年11月16日の社説で、米国への信頼を失った日本が自ら核武装に動く可能性を指摘したが、米国への信頼が損なわれれば日本は自主的な抑止力を持つしかない。

 北朝鮮のテロ支援国リストからの性急な解除は、米国の法律が定める法的要件や、北朝鮮の核問題に関する6カ国協議で合意した政治的要件に照らしても疑問がある。
 米国の輸出管理法の規定によれば、テロ支援国リストから特定の国を解除するには、大統領が①その国の政府は過去6カ月間、国際テロを支援しなかった②その国の政府は国際テロを将来支援しないことを保証した―の2点を認定し、解除の少なくとも45日前に議会に報告することが法的要件とされている。ところが、周知の通り、北朝鮮は多くの拉致被害者を今も拘束し続けている。しかも、かなりの数の被害者はテロリスト(北朝鮮工作員)の現地化教育に当たらされてきた。潜伏テロリストの顔を知る教育係の解放は、当然、検証可能なテロ放棄の重要な一環でなければならない。拉致は現在進行形のテロにほかならず、「過去6カ月間、国際テロを支援しなかった」という①の条件は満たされていない。
 また、北朝鮮は米国からテロ支援国に指定されているシリアとの核協力を疑われている。さらに、北朝鮮は米国から外国テロ組織と認定されているレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラやスリランカの反政府武装組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)を支援しているとの報道もある。シリアへの核物質の提供や、ヒズボラとLTTEへの支援が事実なら、やはり指定解除要件の①に抵触する。そうした疑惑が完全に否定されないまま、北朝鮮のテロ支援国指定を解除することは容認できない。
 米政府は、この法的要件に加えて、6カ国協議の2007年10月3日の合意に基づき、北朝鮮による核計画の「完全かつ正確な申告」と同国寧辺の核施設の「無能力化」を指定解除の政治的要件としている。このうち、申告には、核兵器の材料となるプルトニウムの抽出量や、高濃縮ウラン計画の実態だけでなく、北朝鮮の核兵器廃棄を究極の目標とするからには、核兵器保有数も含まれるべきだ。そして、その申告が完全かつ正確であることを確認するため、北朝鮮が提出する証拠文書の点検、核関連施設への立ち入り検査、北朝鮮科学者との面談などの検証手段が確保されなければならない(例えば、イラクに関する2002年11月の国連安保理決議1441は、大量破壊兵器=WMD=関係の科学者を家族もろとも第3国に出して事情聴取をすることまで要求している。この決議は中国、ロシアのほか当時非常任理事国だったシリアまで賛成して、全会一致で採択されている)。そうした手続きを飛び越して、テロ支援国指定を解除することは容認できない。
 シリアとの核協力疑惑は、北朝鮮からの核拡散を阻止する必要からも、あいまいに済ませてはならない。例えば、イスラエル軍による2007年9月6日のシリアの核疑惑施設空爆の3日前に、北朝鮮の核物質とおぼしき荷物を積んだ船舶がシリアに入港したなどの情報が伝えられており、真相の解明が必要だ。6カ国協議の10月合意で、北朝鮮は完全申告や無能力化と並んで、核物質・技術・ノウハウを移転しないことを約束した。米国は北朝鮮に求めている核計画の申告の中に、シリアに核を移転していない証明を含めることを強く要求すべきだ。6カ国協議の米首席代表ヒル国務次官補(東アジア・太平洋担当)は2007年10月25日の米議会証言で、シリアとの核協力疑惑を念頭に、「不拡散は合意の核心であり、拡散を見て見ぬふりをする合意は受け入れられない」と発言しており、われわれは米国がこの問題で北朝鮮に非妥協的姿勢で臨むことを期待する。

 米国がテロ支援国リストから特定の国家を解除した過去の例には、リビアがある。しかし、リビアの場合は、2003年に核を含むWMDの開発放棄を表明した後、すぐにテロ支援国リストから解除されなかった。リビアは、濃縮ウランの原料となる6フッ化ウランや、ウラン濃縮に使う遠心分離機、弾道ミサイル誘導装置といった核・ミサイル関連の物資や機材を米国に引き渡した上、米英合同チームの現地調査に全面的に協力した。さらに、リビア情報機関員が関与した1988年のパンナム機爆破事件をめぐり、遺族への補償金支払いに応じ、テロと決別する姿勢を見せた。その結果、リビアは2006年、米国との外交関係正常化と同時にようやくテロ支援国指定を解除された。北朝鮮が核・ミサイル関連の物資や機材を完全に放棄し、北朝鮮工作員が実行した日本人をはじめとする拉致や1987年の大韓航空機爆破事件の責任を全面的に認める前に、米国が北朝鮮のテロ支援国指定を解除することは、二重基準のそしりを免れない。
 加えて、北朝鮮は全国民の1%に相当する最大20万人を強制収容所に入れていると推定される(米国務省年次人権報告書)世界最悪の人権侵害国家だ。このような国に対してテロ支援国指定を解除することは、自由と民主主義を信奉する米国民に受け入れられるのだろうか。人権擁護の理念に目をつぶる決定は、価値観を同じくする国際世論の理解も得られまい。
 2007年11月16日にワシントンで行われた日米首脳会談で、福田康夫首相が拉致問題の解決がないまま北朝鮮のテロ支援国指定を解除しないようブッシュ大統領に強く働き掛けなかったと伝えられるのは遺憾である。同時に、ブッシュ大統領が拉致問題の解決を北朝鮮のテロ支援国指定解除の条件と明言しなかったのは遺憾である。北朝鮮による核計画の完全申告などとともに、拉致問題の解決を指定解除の政治的要件とすることは、可能だし、日米同盟の観点から絶対にそうされるべきである。

こちらからダウンロードいただけます。

国家基本問題研究所
櫻井よしこ
田久保忠衛
潮匡人
遠藤浩一
大岩雄次郎
城内実
島田洋一
高池勝彦
冨山泰
西岡力