【提言】 新政権への提言(東アジア共同体)
一般財団法人 国家基本問題研究所
【提言】
1.理念なき「共同体」論で同盟国の不信を煽るな
2.非民主主義国とは一線を画せ
3.中国中心の「華夷秩序」を警戒せよ
4.米国を構想から排除するな
1.理念なき「共同体」論で同盟国の不信を煽るな
鳩山由紀夫首相が唱える「東アジア共同体」論には理念が全くない。自由と民主主義の理念を重視する国内外の人々が不信感を抱き、怒りや軽蔑すら覚えるのは当然であろう。
鳩山氏は「Voice」2009年9月号に寄稿した論文「私の政治哲学」で、東アジア地域こそ「わが国が生きていく基本的な生活空間」であると強調し、この地域に安定した「経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない」と述べた。つまり、日本が「アジアに位置する国家」であるという一点をもって、日中が「共同体」を形成すべきだと単純に考えているらしい。
米国には、鳩山論文の「覇権国家でありつづけようと奮闘するアメリカと、覇権国家たらんとする中国の狭間で、日本は、いかにして政治的経済的自立を維持し」というくだりに強い反発がある。
鳩山氏は米中両国を「覇権国家」という言葉で同一視しているが、これは旧ソ連、中国共産党のような全体主義勢力と対抗してきた日米同盟の意義を理解しない発言と言わざるを得ない。このような姿勢は日米同盟の根幹を揺るがしかねない危うさを持つ。
鳩山首相は、自由と民主主義という基本的価値観を共有し、全体主義勢力を脅威ととらえる国々との連携強化を、日本外交の基本として銘記すべきだ。
2.非民主主義国とは一線を画せ
鳩山首相が東アジア共同体構想の手本にしていると思われる欧州の地域統合は、キリスト教を共通の基盤とし、民主主義を共通の理念として進展を遂げてきた。これに対して東アジアは、こうした共通の基盤がない。また、共産党一党独裁の中国を抱え、共通の理念が欠落している。
域内の貿易を自由化する自由貿易協定(FTA)を含む経済連携協定(EPA)の締結、域外との共通関税を設ける「関税同盟」への移行、さらには単一通貨を導入する「経済共同体」への発展といった経済統合のプロセスは、理念の共有がなければ難しい。ましてや、次の段階の「政治・安全保障共同体」の形成となると、理念や価値観の共有がなければ実現不可能である。
鳩山首相は中国を共産党一党独裁体制のままで東アジア共同体に受け入れる意向のようだが、理念の共有が欠落したままで共同体の形成がいかにして可能になるのかを内外に説明しなければならない。
また、経済共同体の段階で、ヒト、モノ、カネが自由に移動できる環境がつくられる可能性がある。中国は日本の10倍以上の人口を擁する。民主党は外国人への参政権付与に「前向きに取り組む」と公言している。全体主義政党の統治下に置かれた人々が大量に日本に流入し、参政権まで持てば、中国による日本への「内政干渉」がさらに強まりかねない。最低限「民主主義国家であること」を共同体の参加要件とすべきではないか。
3.中国中心の「華夷秩序」を警戒せよ
中国は建国100周年に当たる2050年前後に「中華民族の偉大な復興」を成し遂げることを長期的な国家戦略としており、東アジア共同体自身が中国中心の東アジア秩序(華夷秩序)に転化しかねない危うさをはらんでいる。a
2050年ごろといえば、米国の中国軍事力専門家リチャード・フィッシャー氏が「中国の究極的目標は21世紀半ばに世界の支配的な軍事大国になることだ」と警鐘を鳴らしている時期と重なる(フィッシャー氏の発言は、櫻井よしこ編『日本よ、「戦略力」を高めよ』文藝春秋刊161ページに収録されている)。
鳩山首相は、東アジア共同体構想の推進が中国の長期的国家戦略に利用される可能性があることを警戒すべきだ。
4.米国を構想から排除するな
岡田克也外相は10月7日、日本外国特派員協会で講演し、東アジア共同体について「日本、中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、オーストラリア、ニュージーランドの範囲で(構成を)考えたい」と述べ、米国を加えずに創設を目指す考えを表明した。
オバマ米政権はこの発言に懸念を強めている。10月14日にはカート・キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が北京での記者会見で、「安全保障、経済、商業問題に関する重要対話は米国を含めるべきだ」と述べ、米国抜きの共同体構想を牽制した。
中国は一時期、「東南アジア諸国連合(ASEAN)+3(日中韓)」を核とする(つまり米国を排除する)東アジア共同体創設に意欲を見せていた。しかし、中国の影響力拡大を警戒する日本の主導でASEAN+3にインド、オーストラリア、ニュージーランドの3有力民主主義国を加えた「東アジア・サミット」(EAS)が2005年に初めて開かれたころから、東アジア共同体創設を目指す中国の熱意は冷めてきたように見える。
それと相前後して、胡錦濤国家主席の外交ブレーンといわれる鄭必堅・中国改革開放フォーラム理事長が、権威ある米外交専門誌フォーリン・アフェアーズ(2005年9―10月号)に寄稿し、「(東アジア共同体形成の)プロセスから米国を排除することは中国の利益にならない」と、米国の共同体参加を歓迎する意見を発表した。
数年前からの中国のこうした微妙な変化を知ってか知らずにか、鳩山首相は北京で10月10日に行われた日中韓3カ国首脳会談で、東アジア共同体構想の核となるのが日中韓の3カ国だと協力を求めた。これに対し、温家宝中国首相は「東アジアでは既存メカニズムの協力が進んでいる。積み重ねが大事だ」と指摘し、慎重な対応に終始した。
鳩山政権は、米国も参加するアジア太平洋経済協力会議(APEC)と別の地域限定的な多国間機構をつくる必要性について説明すべきだ。
このほか、鳩山政権は、東アジア共同体構想で台湾をどう位置づけるのかを明確にすべきだ。そもそも、域内では日本、中国、韓国、インドネシアに次ぐ経済力を持ち、民主主義体制の台湾を排除した共同体は考えにくい。台湾は、APECには加わっている。
a 東アジア共同体評議会「東アジア共同体構想の現状、背景と日本の国家戦略」(2005年8月)17ページ