国基研企画委員を務める近藤正規・国際基督教大学上級准教授は6月6日、国家基本問題研究所の企画委員会で、「インドの対パキスタン紛争と対バングラデシュ外交」と題し、最近のインドを巡る諸情勢を概観し、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと幅広く意見交換をした。近藤上級准教授の発言内容は概略次のとおり。
【概要】
〇インドの対パキスタン紛争
・カシミール地方でテロ事件が発生
2025年4月22日、インドが実効支配するカシミール地方の景勝地パハルガムでインド人及び外国人の観光客26名が、パキスタンのイスラム過激派組織「抵抗戦線(TRF)」により殺害された。パキスタン政府は関与を否定したが、インドはパキスタンの責任を追及し、強硬な姿勢をとった。
今回のテロ事件の前、2019年2月にパキスタンのテロ組織による自爆攻撃でインドの治安部隊40人が死亡した事件が、下敷きとなった可能性がある。その時は、インド軍がパキスタン側に越境して空爆することで、当時のモディ首相は「強いリーダー」のイメージを固めることができ、数か月後の総選挙で圧勝したという経験がある。それ故、今回も強硬姿勢を取らざるを得ない必要があったのだろう。
・大規模な空中戦に
インドの対パキスタン強硬姿勢が5月7日から4日間続いた空中戦を惹起した。インドはカシミール地方のテロ事件を引き起こしたTRF拠点(インド実効支配下のカシミールの5か所とパキスタン国内4か所)に対し、戦闘機やドローンによる攻撃「シンドゥール作戦」を強行した。これに対しパキスタンが迎撃して空中戦となったが、投入された双方の戦闘機は合計125機といわれ、1時間以上続いた空中戦でインド戦闘機が複数機(ラファール戦闘機を含む)撃墜されたという。
5月10日まで続いた戦闘の終結は、米国の仲介の成果というよりは、印パ双方の利害が一致した結果と見るべきだろう。国力の劣るパキスタンは戦闘継続に利点はなく、インドは海外直接投資を増やして経済成長を持続させたいので、早期の終結で双方が妥協したと考えられる。
・最新鋭フランス製戦闘機撃墜の衝撃
今回の戦闘で注目されたことは、フランスの最新鋭戦闘機ラファールが中国製の新鋭戦闘機J-10とJF-17から発射されたPL-15長射程空対空ミサイルで160km以上離れた位置から撃墜されたことである。
インドが多額の予算を使って多数導入している最新鋭戦闘機が中国製戦闘機に撃墜されたという事実がインドに与えた影響のみならず、台湾海峡の平均幅180kmを考えると中国の領空内から台湾上空の戦闘機を狙えることになり、来る台湾危機に与える影響も少なくない。
〇悪化するバングラデシュとの関係
インドは西隣のパキスタンとの関係悪化のほか、東隣のバングラデシュとの関係にも苦慮している。バングラデシュのハシナ前首相(親インド派)は抑圧的な政治に対する抗議デモがもとで退陣してインドに逃亡し、インド政府が身柄引き渡しに応じていないため、インドへの悪感情がバングラデシュに広まった。ユヌス首席顧問の暫定政権は中国やパキスタンと急接近していることも、インドとの関係悪化の要因となっている。
バングラデシュは、中国からの借金が多額あり、港湾や経済特区を含むインフラ、貿易、エネルギー、防衛など250億ドルを超えるプロジェクトの協定を結び、対中債務総額は最大で175億ドルに達する。バングラデシュの対中傾斜が止まらなければ、インドとの関係が改善することはないだろう。
〇インドを巡る中・米・露
中国はインドに接近し始めている。例えば2020年のガルワン渓谷(中印国境地帯)での軍事衝突以来、関係は冷え切ったが、ここにきて中印合同パトロールに合意するなど、軟化姿勢を見せている。しかし、トランプ関税で苦しむ東南アジア各国にトップ会談を持ちかけるのと同様、インドにも秋波を送る中国だが、関係改善にはまだ時間がかかりそうだ。
米国とは、トランプ関税に対抗するため鉄鋼・アルミ関税を緊急輸入制限措置としてWTOに通告するなど、貿易問題でぎくしゃくしたままだ。
ロシアは、米印関係のスキを突くように、インドに接近する。例えばインドに対しSu-57戦闘機の売り込みを図る。価格の上では米国製F-35Aの半額であり、技術移転も可能ということは、「メイク・イン・インディア」を掲げ兵器の国産化を進めるインドにとって、魅力的な買い物であることは確かであろう。
〇インドが望む日本への期待
今回の件で、インドが国際社会に対し、テロ支援国家パキスタンに厳しい対応を期待したが、インドが要請したIMFのパキスタン支援停止が功を奏さず、国際機関への対応に不満を持っている。このような時に、日本が北朝鮮に対するのと同様に、テロを支援するパキスタンに厳しい姿勢で臨めば、日印関係がより進展することは間違いない。
さらに、印パ関係は最悪の事態を回避したが今後もテロ発生の可能性はあり、日本企業の対インド直接投資にリスクを感じることは否めないものの、日本政府が後押しをすることで、リスクを少なくすることは可能だろう。
【略歴】
1961年生まれ。スタンフォード大学博士(開発経済学)。アジア開発銀行、世界銀行等にて勤務の後、1998年より国際基督教大学助教授、2007年より現職。2006 年よりインド経済研究所客員主任研究員、日印協会理事を兼任、2011年よりハーバード大学客員研究員。財務省「インド研究会」座長、日印合同研究会委員、国基研では客員研究員を務める。専門は開発経済、インド経済。 (文責・国基研)