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2012.03.23 (金)

【提言】 日本が主導的立場に立って、国益に即した国際ルールを

平成24年3月23日
公益財団法人 国家基本問題研究所

日本が主導的立場に立って、国益に即した国際ルールを
 

 環太平洋連携構想(TPP)参加は、現在の日本社会の閉塞感を打ち破り、日本経済の再生を図る好機である。これまでの日本は国際社会のルールをひたすら受け入れてきた。今回、TPPで初めて国際ルールづくりを主導することができる。
 日本の交渉への参加表明が、カナダ、メキシコ、フィリピン、パプアニューギニアの参加を促し、世界の国内総生産(GDP)の4割に及ぶ巨大な経済圏が生まれようとしている。中国もこうした自由貿易推進の動きを座視できなくなってきたことは明らかである。
 戦後の日本の繁栄は、貿易の自由化と切り離せない。さらなる日本経済の成長には、アジア太平洋地域に公正で自由な経済圏を実現させることが必須である。日米が協調して経済及び安全保障の両面で緊密に連携すれば、それはアジア太平洋地域の健全な発展につながる。中国のルール無視の姿勢も牽制できる。TPPはそのための戦略的かつ画期的な手段の一つである。
 今こそ、製造業および農業を含めた全産業を再生させるための積極的な戦略論を展開し、TPP参加の是非論を超えて、国益のために国民全体が力を合わせる時である。

【提言】
1. TPP参加で市場の拡大を図り、日本経済の再生と持続的成長の基礎を築け。
2. TPPは将来のアジア太平洋地域の自由貿易圏(FTAAP)を見据えつつ世界の経済秩序構築に日本が参画できる千載一遇の好機であり、日本の国益確保に不可欠である。国際ルールを市場経済に徹底していく過程を通じて、日米同盟を強化し、アジアでの指導的立場を回復せよ。
3.国益に関わる交渉には、国民の広範な支持が欠かせない。TPP参加で製造業および農業を含めた全産業を再生させるための積極的な戦略論を展開せよ。

 
【本文】
1.TPP参加で市場の拡大を図り、日本経済の再生と持続的成長の基礎を築け。
 
 過去20年間、日本経済は下降の一途を辿り、閉塞感から脱する糸口も依然見えない。1995年から2010年までのわが国の実質GDP成長率は年率平均で1%にも達しておらず、日本経済の低迷は顕著である。
 1988年における世界全体の輸出額、輸入額に占める日本のシェアが9.2%と6.3%であったのに対し、2008年はそれぞれ4.9%、4.6%に低下した。世界銀行の統計によると、2009年の日本の貿易依存度(貿易額の対GDP比)は22.32%で178カ国中175位だった。世界経済において日本の存在感が急速に低下したことを裏付けている。
 いわゆる「失われた20年」の原因を一言で表すなら、総需要の不足である。この20年間、需要不足の状況が続いており、その結果、物価が低下し、デフレに陥っているのである。内閣府の試算によると、日本経済の実際の需要と潜在的な供給力の差を示す「需給ギャップ」は、2011 年7~9月期においてもマイナス3.5 %、金額換算で年15 兆円ほど(名目ベース)の大幅な需要不足である。
 急速な少子高齢化と新興経済国の台頭により、世界経済における日本の市場占有率は縮小し、その上、日本は東日本大震災で深く傷ついた。わが国が、国内市場だけでこのギャップを埋め合わせて、これまでのような経済的繁栄を回復し、さらに持続させていくことは困難である。
 内需が先細りする日本経済がいま必要としているのは、国内市場を開き、海外市場とのつながりを拡大し、世界の成長国との連携を強化することで、海外経済の成長を取り込み、デフレから脱却し、経済の再生を図ることである。つまり、過去20年間の世界経済における失地を回復することが、日本経済再生への道であり、TPP参加はその好機となる。
 アジア太平洋地域の高い経済成長が見込まれる諸国との貿易拡大で日本経済を再生する強力な枠組みとなるのがTPPである。TPPは関税撤廃だけでなく、貿易や投資に関連した広範な分野の共通ルールづくりを目指している。TPP交渉に参加することこそ、国内改革を進める絶好の機会になる。
 日本は、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を締結済みの国々(東南アジア、中南米が中心)との貿易拡大により、これら諸国の経済成長(今後5年間に3兆ドル弱)を取り込める可能性を持っている。加えてTPPに参加して米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダとの広範な貿易拡大が実現すれば、参加国の4兆ドル弱の成長を取り込む機会が新たに生まれ、合計で7兆ドル弱に達する。これは、今後5年間における世界の名目GDP増加分の実に約30%に相当する。さらに、2011年11月のアジア太平洋経済協力機構(APEC)首脳会議でTPP交渉への参加を明らかにした日本、カナダ、メキシコ、フィリピン、パプアニューギニアの5カ国が加われば、世界のGDPの4割を占める巨大経済圏が誕生することになり、TPP参加は日本経済再生の可能性を自ら拡大できることを意味している。
 このような巨大経済圏への参入に際して、日本の関税率が他国より低いことを考えると、TPP参加によって他国の関税が引き下げられれば、日本はTPPの最大の受益者となり得る。さらには、日本が参加することで、中国もこうした自由貿易推進の動きを座視できなくなってきたことは明らかである。
 貿易と並んで、海外との投資関係の拡大も経済成長につながる可能性が大きい。日本はすでに2005年以降、経常黒字の多くを所得収支(主に、証券投資収益、直接投資収益)で稼ぎ出している。しかし、2010年の日本の対外直接投資収益率は4.6%で、米国の8.9%、英国の7.5%に大きく及ばない上に、主要7カ国(G7)中最下位である。また、同年の所得収支の受取額及び対外直接投資残高のいずれも世界第8位にとどまっている。
 このことは、日本が他の先進国と比べて海外の成長を十分に取り込みきれていないことを示している。成長著しい新興国への海外直接投資を増やし、その収益を国内雇用や賃金増につなげる循環を構築するために、TPPは有力な枠組みとなる。
 海外の経済成長を輸出代金や投資収益の形で取り込んで増加した所得を国内で効率的に活用し、持続的な成長につなげるには、一層の貿易拡大が必要である。平成23(2011)年度年次経済財政報告(内閣府)には、貿易開放度を高めれば経済全体の生産性の上昇に寄与すること、そして貿易開放度を高める有力な手段がFTAやTPP 等への積極的参加であることが書かれている。FTAやTPP に参加する中長期的な利点としては、貿易の障壁が低くなれば、輸入の選択肢が拡大し、競争を通じた資源の再配分が国内市場で進み、生産性が向上し、ひいては消費者利益が拡大されることなどがある。
 東アジア地域では既に国境を越えて網の目のようなサプライチェーンが形成され、企業活動も国境を越えて行われている。経済的な結びつきが貿易中心であった時代には、貿易の自由化こそが最重要だったが、貿易以外での結びつきも強まってくると、サービスや投資の自由化、知的財産の保護、競争政策の整備などが極めて重要になる。
 その意味で、高い水準での自由化を求めるTPPの枠組みで、日本の国益に沿った国際ルール作りの主導権を握ることは、近い将来のアジア太平洋地域の巨大経済圏の実現に向けて、日本の影響力を保持する重要な戦略となる。日本は、TPP参加を契機に、東アジア地域の経済的結びつきを強めていく上で指導力を発揮すべきである。それこそ国益に適う経済再生の方策である。
 
 
2.TPPは将来のアジア太平洋地域の自由貿易圏(FTAAP)を見据えつつ世界の経済秩序構築に日本が参画できる千載一遇の好機であり、日本の国益確保に不可欠である。国際ルールを市場経済に徹底していく過程を通じて、日米同盟を強化し、アジアでの指導的立場を回復せよ。 
 TPPへの参加は、将来のFTAAPを見据えた各国の権益や主導権を巡る国際的なパワーゲームの一環と捉えるべきである。つまり、TPP参加の最終目標はFTAAPであることを念頭に置いた戦略が必要となる。
 2010年、横浜で開催されたAPEC首脳会議で、FTAAPの実現に向けた道筋が策定され、FTAAPは、ASEAN+3(日中韓)、ASEAN+6(日中韓にインド、オーストラリア、ニュージーランド)、TPPといった現在進行している地域的な取組を基礎として更に発展させることにより、包括的な自由貿易協定として追求されるべきことが確認された。将来、APECの全ての加盟国がTPPに参加すれば、FTAAPが実現される。すなわち、TPPの拡大がFTAAP実現に向けた最も実際的な道筋と言えるのである。したがって、TPPへの参加を契機に、こうした東アジア地域における共通ルール作りに早い段階から参加し、主導的役割を果たすことは、国益の確保に不可欠である。その機会を無為に逃してはならない。
 近年、日本は国内の政治・財政問題ばかりに目を奪われ、アジア太平洋地域における指導力および影響力の面で、中国、韓国に遅れをとってきた。今後の日本の平和と繁栄には、アジア太平洋地域に自由で開放的な経済圏を実現させることが必須で、その重要性を再度強調したい。日米が協調して経済及び安全保障の両面で緊密な連携を図り、高水準の経済・通商の枠組みを共に構築することが、アジア太平洋地域の健全な発展に不可欠で、急速に台頭する中国への牽制にもなる。さらに、アジア太平洋地域のみならず、世界の経済・通商問題におけるわが国の指導的立場の回復に繋げなければならない。TPPはその具体的で、戦略的手段となり得るものである。
 FTAAPの実効性を高めるためには、中国にもTPPによる高いレベルの市場開放を求めていく必要がある。しかし、中国は貿易・投資ルールが依然不透明で、市場開放にも消極的である。中国を国際的ルールの枠組みに引き入れる狙いを持つTPPの実効性を左右するのは、日本の参加である。日本の経済規模は5.4 兆ドル(2010 年)、貿易規模は1.4 兆ドル(同年輸出入合計)であり、日本の参加の有無がTPPの形勢を一変させることは明らかである。
 日本のTPP参加により、世界のGDPの36%を占める自由貿易圏が実現でき、日米間の経済関係を強化し、FTAAPでの透明性の高いルール構築において日米が主導権を確保できるのである。実際、日本の交渉への参加表明が、カナダ、メキシコ、フィリピン、パプアニューギニアの参加を促し、GDPの4割に及ぶ巨大な経済圏が生まれようとしている。
 さらには、米国が対中政策を実効性のあるものにするために、日本の力を必要としていることは明らかである。日米が協調して中国の台頭に向き合うことで、パートナーとしての日本の重要性が高まる。TPP参加が、日本の対米交渉力の強化に繋がり、日本のアジアおよび世界における指導力および影響力の回復に資することを認識しなければならない。
 
 
3.国益に関わる交渉には、国民の広範な支持が欠かせない。TPP参加で製造業および農業を含めた全産業を再生させるための積極的な戦略論を展開せよ。
 TPP 参加の是非を考えるとき認識すべきことは、TPPの高い基準を満たすために日本、米国を含めた全ての参加国が、何らかの国内経済政策の見直しと構造改革の実行を求められているということである。決して日本だけが譲歩や見直しを求められているのではない。
 日本がTPP 交渉への参加を目指す上でおそらく最大の障害となるのが、物品、サービス、農業を網羅した包括的な自由貿易協定に関する交渉である。わが国は既に16カ国とEPAを結んでいるが、農業分野の開放度が低いために包括的協定には至っていない。どの国も農業保護政策として関税を課しているが、日本の農産物の単純平均関税率(ただし、1996年において輸入実績がないコメなどの品目は含まれていない)は21.0%、貿易加重平均は12.5%であるのに対して、米国はそれぞれ4.7%と4.1%、欧州連合(EU) は13.5%と9.8%である。さらに日本は200%以上の高関税品目が101品目、100%を超えるのは125品目に対して、米国やEUでは数品目にとどまっている。そのほかに、非関税障壁としての様々な措置が問題視されている。
 問うべきは、これらの保護政策が日本農業を強化し、自由経済の下で持続的に成長できる産業としての育成に有効であったかという点である。残念ながら答えは「否」で、近年、日本農業は自壊の一途を辿ってきた。
 保護政策のために日本農業の払った代償の大きさは、農業の現状が明白に表している。65歳以上の高齢農業者の比率は1960年時点の1割から現在は6割へ、農外所得が大半を占める兼業農家の割合は3割から7割へそれぞれ増え、耕作放棄地は今や1985年時点の3倍に拡大し、埼玉県の面積に匹敵する約39万ヘクタールに増加した。食料自給率は1965年の73%から2009年には40%まで低下した。日本の米価は778%の高関税に支えられ、野菜や牛乳の主業農家率が80%~90%であるのに対して、米の主業農家率は40%以下にとどまっている。市場価格を無視した生産調整は、減反によるコメの生産削減を実施しながら過剰米を解消できないという矛盾を生み、一方で小麦の輸入は約90%に達するというバランスの欠いた農業構造を生みだした。
 自民党政権下の農政に引き続き、民主党政権はそれまで以上に減反を強化し、主業農家と兼業農家の区別もなく、画一的な農家の戸別所得補償政策による保護政策の拡大を図っている。生産調整をやめ、主業農家への農地集約を実現すれば、米価を国際水準に低下させることは十分可能である。米価引き下げにより国内需要も拡大する。日本の農業構造を歪める原因となっている保護政策から脱却し、生産規模の拡大、新規参入者の促進、新技術による生産性の向上を目指して政策転換を図り、価格維持政策ではなく、欧米のように主業農家に直接支払いの所得補償をすることで、農業を輸出産業に転換させる必要がある。現在の減反のための補助金を直接支払いに充当すれば、実質的な財政負担は変わらない。こうして将来の農業を担う力強い主業農家を育成していくことができる。
 TPP参加にあたって、農業分野を含めて、特別な例外措置が日本にだけ適用されることを期待するべきではないが、いずれの貿易協定も合意事項の履行時期については一定の弾力性を持たせるのが一般的である。TPPの場合、移行期に最大10 年程度かけるケースもある。移行期間が10年あれば、その間に農業の構造改革は可能であろう。改革を実現できなければ日本の農業の将来性は極めて悲観的と言わざるを得ない。農業問題に端を発する市場開放への消極姿勢が、経済全体の自由貿易への対応を遅らせる要因であることは明らかだ。TPP参加が日本農業を破壊するのではなく、参加こそが既得権構造を打破し、正常な農産物市場を再構築し、日本の農業、ひいては日本経済を再生させる鍵を握っているのである。
 国を開くには、国内改革は避けて通れない。農業に限らず、多くの産業を再生させるためには、生産性を向上させ、成長産業として復活を図る必要がある。TPP参加を梃子に、高い水準の自由競争に耐えるための改革に取り組むことが必要である。それには、当然痛みもあるだろう。しかし、成長の道筋をつけられなければ、日本経済は衰退から脱出できず、再生も難しい。大幅な成長が予測されるアジア各国と貿易や投資を拡大するTPPに参加することこそ日本復活の柱になる。改革による痛みを国民全体で分かち合う知恵を絞り、成長を目指して躊躇することなく、攻めるところは攻め、守るところは守る確固たる意思をもって、TPP参加を進めるべきだ。
 問題はむしろ、政治による国民合意の形成力にある。政権自らが国民にTPPの本質と意義をしっかり説明することが必要である。さらにいえば、TPPで日本はどうなるか、日本はどのような国を目指すべきなのか、国民にとって希望を抱けるような国の将来像を提示することが最も求められている。
 このことを基本認識としつつ、農業、食品安全、インフラ輸出、サービス、電気通信など、どの分野においてもTPPは日本の国益実現の好機である。それぞれの分野ごとに、日本の国益を国際経済社会で実現する戦略は何かという議論を政・財・官・学・メディアなどの各界を超えて行っていくべきである。これが、日本の交渉力を強力に後押しすることになる。
 TPP参加の是非論を超えて、国益のために国民全体が力を合わせる時である。