益尾知佐子・九州大学准教授が4月16日(金)国家基本問題研究所企画委員会にオンラインで参加し、中国海警法の狙いについて、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換した。
【概要】
まず中国海警法を理解する前に、中国共産党の考え方を理解する必要がある。たとえば西側では軍と民を明確に区別するが、共産党は民間人をゲリラとして戦闘に参加させるのを当然と考えている。マルクス主義はもともと、力を持たない労働者に団結して資本家への武装革命を起こせと呼びかけていた。これが中国共産党の考えの根底にある。したがって、中国の法制度を西側の法体系で判断するとピントがずれる恐れがあることを指摘しておきたい。
さて、本年2月に施行された中国海警法にはいくつか問題がある。
例えば、中国海警の職責に「海上境界線」の管理擁護がある。その含意は、平時の基本対応は境界線の内側が海警、外側が軍ということだ。しかし、肝心の中国の管轄海域が判然としていない。そもそも中国周辺の「海上境界」は、ベトナムとの境界であるトンキン湾部分以外、全域で未画定なのだ。未画定な海域で、中国海警が武器を使用してこれを守ろうとすれば衝突は必至といえる。
中国のいう「管轄海域」とは、内水、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚に加え、歴史的水域などの「その他の海域」(いわゆる九段線内)を含む広大な海域である。国連海洋法条約が沿岸国に認めていない権利をこれらの海域で行使することは、明らかに国際法違反となる。
今後、このような海警法のもと、中国がどのような行動をとるのか。
中国の統治機構が新たな行動を具体的に実行する際には、まず、共産党の指導者が全体の方針を「精神」として示し、関連部局が具体策を策定する。その具体策が包括的なものであれば、その後、国家レベルの法的根拠を形成するために立法措置が取られる。その後、実務者間でルールや細則が定められて実施メカニズムが構築され、さらに今後何をやっていくかというアクションプランを長期計画として策定する。このアクションプランは、一度策定されれば期限内に実行に移されることになる。
習近平は2015年に「軍民融合」を国家戦略に格上げした。2021年3月の全人代では「2035年遠景目標」制定に向けた要綱が出され、「国土空間長期計画」が議論された。海警法はこの長期計画の実施を念頭に置いている。全人代が同日に採択した法律の施行が5月以降なのに比べ、海警法の施行は2月と極めて速い。中国は4月以降、第14次五カ年計画の実施期間に入る。新たな長期計画の中で、尖閣諸島周辺を含むアクションプランが準備されている。中国がこれを実行に移すのは時間の問題だろう。
具体的には、陸海一体で軍民を融合する方向で諸施策が整備されてきている。たとえば、双方向の通信が可能な「北斗」衛星を使い、陸上の当局と海上を繋ぐ。海警局の船舶はもとより、漁船、オイルリグ、貨物船、観測装置などを有機的に連携した、ハイテク・ゲリラ戦が準備されている。
尖閣に関する中国の最終目標は「奪回」である。フィリピン沖の220隻中国漁船のような船団が尖閣周辺に集結したら、海保で対応可能なのか、はなはだ心配である。もし中国が日本に脅威を与えていると考えるならば、日本はさまざまな分野の専門家を動員して総合的な中国研究を進め、中国の手の内を真剣に解読していくべきではないのか。
【略歴】
九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授。専門は中国の対外政策、国際関係論。
東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。北京大学留学、日本国際問題研究所研究員、ハーバード大学エズラ・F・ヴォーゲル名誉教授研究助手などを経て、2008年から現職。
単著に『中国の行動原理』(中公新書、2019年)、『中国政治外交の転換点』(東京大学出版会、2010年)、共著に『中国外交史』(東京大学出版会、2017年)、訳書に『日中関係史』(E・ヴォーゲル著、日本経済新聞出版、2019年)など多数。(文責国基研)