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2023.11.27 (月) 印刷する

「大改革が必要なわが国のイノベーション」 山本尚・中部大学ペプチド研究センター長・卓越教授

山本尚・卓越教授は、11月24日、国家基本問題研究所において、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員に対し、「大改革が必要なわが国のイノベーション」と題して講話し、その後意見交換した。講話の概要は以下のとおり。

【概要】
アカデミアの研究構造と課題追求型の必要性
最初に名古屋大学の上田良二博士の4象限模式図を用いてアカデミアの研究構造を説明する。研究には社会に役立つ「応用」研究、自分の探求心から行う「純正」研究がある。そして企業で行われる研究は既存の学理による「抹消」研究で、当面役立ちそうもない純正研究は、未知の学理を求める「基礎」研究から生まれる。これら4研究を4象限に配置した関係がアカデミアの研究構造である。

日本のアカデミアの99%が「抹消」研究に基礎を置く「純正」研究である。残りの1%の大学だけが、「基礎」研究から「応用」研究を進めているに過ぎない。だがこの流れこそ目的に向かう研究で、その結果として破壊的イノベーション(革新的なアイデアで既存の市場構造を覆すイノベーション)を引き起こすのである。

科学技術者は開発した技術を何に活用するかをすぐに考える、つまり出口を探すという悪い癖がある。しかし、こうした安易な出口はすぐに追いつかれる。見えている要求より奥深いところ、人間の本質的な要求こそが、探す必要のあるニーズとなる。これを課題追求型の研究という。

課題追求型の研究の目標は研究の「入り口」であり、決して「出口」ではない。日本の研究者の多くは出口を求めることに終始する。こうした、すでに終わっている既存の研究成果を、課題に沿ったものに変えるだけでは、他者の類似の技術に簡単に追い抜かれてしまうのである。

わが国に絶対必要な破壊的イノベーション
応用研究(イノベーション)は目標の発見から始まるが、その中にも持続的イノベーションと破壊的イノベーションがある。持続的イノベーションは製品の性能を持続的に向上させるが、これに対比する破壊的イノベーションは、異なる価値基準と市場を提供する。

例えばハロゲン化銀写真がデジタル写真に、固定電話が携帯電話に、真空管がトランジスターに、小売業がオンライン小売業に、外科手術が内視鏡に、金型が3Dプリンターへと破壊的に変革する。ここに全く新しい市場が創造される。

1980年代から30年以上わが国は成長しなかった。その原因は持続的イノベーションしか追求してこなかったから。その基本構造を作ったのが既存の大学教育である。

明治維新で日本の大学は設立されたが、その目的は西洋文明を導入することだった。対して欧米の大学設立目的は世の中を変えること。だから日本の大学は持続的イノベーションにとどまるのである。

他方、日本に破壊的イノベーションが全くなかった訳ではない。戦後の復興期が好例である。戦後焼け野原となった国土が日本人の既存の価値観を一変させた。つまり何もないことが逆に、何でもできるという発想を生み、これが破壊的イノベーションの原動力となった。

逆の事例は、いま政府が進めるムーンショット型研究開発制度というものがある。9つの研究目標とそれに付随する具体的目標が細かく決まり、研究分野が限定されている。残念なことに、これらの目標は文部科学省の文官が決めて枠にはめ、柔軟性のかけらもない。これでは破壊的イノベーションは生まれない。

わが国の教育を考える
米国では「教育」ではなく「学育」と言い、学生は教えられるのではなく自ら学ぶものという発想。例えば学生の段階で研究目標を自ら模索し市場まで調査しベンチャーを起業することも盛んである。対して日本では、学生全員が同じ黒板を見て同じ勉強をする。欧米と教室の風景がまったく違う。

入試の例だが、英国オックスフォード大学では先生と受験生が1対1で2時間の討論をして合否を決め、米国の大学ではエッセイの提出のみであったりする。韓国と日本だけが記憶力テストをいまだに行う。これでは若者にイノベーションを期待することは難しい。

日本でも思い切った発想のできる若者を育てる社会を作らねばならない。例えば米国の世界的化学メーカー・デュポン社にExperimental Stationという数十名の小さな研究室がある。ここで研究者は「何をしてもいい」という環境を与えられる。だからこそ、ナイロンなどの革新的商品を生むことができたといえる。

イノベーションへの道は「考えて、考えて、考える」こと。失敗を恐れず、自分のセンスを信じて考え続けることが重要だ。

【略歴】
昭和18年(1943年)神戸市出身の化学者(有機合成化学)。1967年京都大学卒業後、1971年ハーバード大学博士課程を修了。東レ勤務を経て、京都大学、ハワイ大学、名古屋大学、シカゴ大学、中部大学などで教鞭を執った。名古屋大学及びシカゴ大学名誉教授。2018年に瑞宝中綬章、文化功労者、2017年に有機化学の分野で権威あるロジャーアダムス賞など国内外で多数の受賞歴。
著書は『80歳・現役科学者 感動の履歴書』(2023年、産経新聞出版)『日本人は論理的でなくていい』、『日本の問題は文系にある なぜ日本からイノベーションが消えたのか』など。

(文責 国基研)
 
 

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第474回 破壊的イノベーションを生み出せ

今日の勉強会で80歳現役科学者の山本尚・卓越教授の話を拝聴。我が国は少しずつ成長する持続的イノベーションは得意だが爆発的に変革する破壊的イノベーションは苦手。これを為すには新しい地平を切り開く飛びぬけた人材・研究者を育てること。政府も企業も教育現場も大改革が必要だ。

櫻井よしこ 国基研理事長
有元隆志 国基研企画委員