総合安全保障プロジェクトの中川研究員の報告に続き、米ハドソン研究所の村野将・上席研究員がゲスト講師としてオンラインでプレゼンテーションを行いました。
村野氏は、中国の核戦略・核戦力の変化を米国の情報を駆使し、マクロからミクロにわたる分析を行い、先行実施した中川研究員の報告とは異なる視点が提供されました。
【概要】
●中国の核戦略のこれまでの傾向
中国にとって核兵器の唯一の目的は、相手の核攻撃や核恫喝の抑止であり、核攻撃を受けた後でも相手に一定程度の損害を与えうる最小限の核戦力を維持することであった(最小限抑止戦略)。
その具体的な措置として、核ドクトリンや核戦力を秘匿及び曖昧化するとともに、抑制的な宣言政策(先行不使用、消極的安全保障)を採用していた。実際、弾頭とミサイルを分離保管し、攻撃下での発射や警報即発射という体制整備を追求してこなかった。
●中国が保有する核戦力の変遷
・核投射手段:
現状を確認すると、対日核戦力といわれるDF-21(射程2150㎞)が老朽化しつつあり、新たに戦域核・非核両用のDF-26(射程4000㎞)の規模と役割が拡大している。また、現状では通常弾頭での運用が主体と見られるが、極超音速滑空ミサイルDF17(射程1800~2500㎞)の配備も進んでいる。最も顕著な変化は、DF-31、DF−41に代表される固体燃料ICBMの増強である。3箇所で見つかっている新設ICBMサイロ群がほぼ完成したことで、中国のICBM発射基数は、ロシアの約2.5倍、米国の約4分の3に相当するまで拡大した。
・推定核弾頭保有数:
2024年時点で500発、今後2027年までに700発、2030年までに少なくとも1000発、2035年までに1500発を保有する可能性が高いと推定される。
・以上から近年の変化として、最小限抑止戦略からの脱却を図っていると見積もられる。
●まとめ
・中国の狙い:
対米関係においては、中国は自国の核戦力を増大し、相互脆弱性(相互確証破壊)を公式に受け入れさせることで戦略的安定を求めている。結果として米国の戦略レベルでの核戦力優位を相殺し、(西太平洋)戦域レベルでの中国の通常戦力優位を高めることで、台湾攻略をより確かなものにしようとしている。まさに、安定・不安定のパラドックスを利用した戦略である。
・日本の対応:
能力(ハード)面では、日本の通常能力と米国の核能力の連携を強化すべきである。例えば、空自による米爆撃機への空中給油訓練、米国の通常弾頭型中距離ミサイルの受け入れ(通常戦力面での補強)が挙げられる。戦域核抑止力を補うため、バイデン政権は海洋発射型核巡航ミサイルSLCM-Nの開発を再開した。この早期配備を求めることも必要。2034年ごろまでにSLCM-Nは通常任務も担う攻撃型原潜に搭載される可能性が高いため、核を積んだまま補給目的で横須賀等に寄港することになるだろう。この時までに非核3原則の「持ち込ませず」論争を整理する必要がある。ただし、これは核持ち込みによって核の傘を強化するためというよりは、攻撃型原潜の通常任務を阻害しないためである。
制度(ソフト)面では、先の2+2を経て、日米拡大抑止協議のハイレベル化や、核を含む統合作戦計画の立案が始まった。これは重要な一歩である。今後は、欧州・台湾・朝鮮半島などの多正面同時対処リスクが高まっていることを踏まえ、日米NATO、日米韓、日米台といったグローバルな単一統合作戦演習が必要だ。その企画・運営を支えるため、NATOのNPGハイレベルグループを参考に、そのカウンターパートとなる事務方と専門家を合わせたEDD(extended deterrence dialogue)ハイレベルグループのようなものを日本で組織するのも一案だろう。
【略歴】
拓殖大学国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年よりハドソン研究所。マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らと共に、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、共著、2020年)、“Alliances, Nuclear Weapons and Escalation: Managing Deterrence in the 21st Century”(Australian National University Press, 共著、2021)など。
(文責 国基研)