元内閣府事務次官の松元崇・国家公務員共済組合連合会理事長は7月17日(金)、国家基本問題研究所企画委員会において、日本語の特徴を生かせば世界のまとめ役にもなれるとの考えを述べ、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換した。

【概要】
主語がない、すぐに結論を出さない、空気を読む。そんな日本語の特徴は、世界のリーダーが強烈な自己主張を繰り出す現代において、逆に「まとめ役」として最適な思考を提供できると考える。
・主語を使わない日本語
日本語は主語を使わないが、これは「他人と仲良くする」という言語の原点をよく保存しているからである。日本語では主語がなくても、相手との関係性を重視し、敬語の使い方などにより発言者は明確である。例えば、紫式部の『源氏物語』にも主語などないが、登場人物が誰のことかは当時の読者には敬語などで一目瞭然だったのである。
また、愛の告白をする時、日本人は「私はあなたを愛します」ではなく「好きです」とだけ囁くだろうが、英語圏では「I love You」、中国では「我爱你」のように主語を明確にする。
今日の国際公用語として英語は不可欠だが、英語のように主語を使う言語は、実は世界の言語の中では少数である。欧米の一部や中国語などがこれに該当する。
以下では、隣国である中国と韓国の事例について触れながら、日本語思考の世界において果たすべき役割について考えてみたい。
・中華文明は筆談で他民族を融合
中国では古来、多様な言語を持つ人々とのコミュニケーション手段として漢字による筆談が広く用いられていた。かつて遣唐使として唐に渡った阿倍仲麻呂が高官として重用されたのも、言語空間の全く異なる地でありながら、筆談によって意思疎通ができたためである。筆談は、唐という大帝国の国際色豊かな社会を支える優れた機能を持っていた。近代になっても、例えば日本軍の特務機関員が現地で日本人と見破られなかった理由の一つに、筆談の活用がある。シルクロードの成立も筆談によるコミュニケーションが基盤となり、多民族文明の融合を促進し、グローバルな中華文明構築に大いに貢献した。
他方、中国において主語を用いる漢文で書かれた儒教が支配階級の統治の道具でもあった。今日の共産党政権が権威主義的な統治のために押し進めているのが、北京官話(清代に定着した現代の「普通話」)による言語の統一である。北京官話の強制は、多様な民族言語の喪失を招くとともに、漢字が本来持っていた多様な文明を吸収する機能を損なうことにもなった。共産党政権の文化大革命(1966~1976年)により、中国の伝統文化や宗教、市民社会が破壊され、社会的絆も失われた。一旦徹底的に破壊された文化財や伝統を取り戻すことは、もはや不可能である。
結果として、現在の中国が偉大な中華文明を失うとともに権威主義的な強権国家となり、周囲の国に対して経済的・軍事的圧力を加えている現状は、深く憂慮される事態である。
・中華圏に融合されなかった日本
逆に、偉大な中華文明(漢字)の恩恵を最もよく活かしてきたのは日本だと言える。日本は「かな文字」を作り出し、訓読みを発明することで、漢字を自国語化し、日本語で中華文明を取り込みながら伝統的な日本文明を創り上げてきた。周辺国の中で中華文明に埋没しなかった唯一の国である。
米国の政治学者サミュエル・ハンチントン氏は著書『文明の衝突』の中で、世界を8つの文明圏に分類した際、日本だけを独立した「日本文明」と定義し、他とは異なる独自の文明国家だと看破した。
杜甫が安史の乱に際して詠んだ名句「國破れて山河在り、城春にして草木深し」も、訓読(日本語化)することで日本語の詩として理解してきた。幕末に頼山陽が著した『日本外史』も全て漢文で書かれたが、女子供でも読みこなせるものとして、日本の教育と社会基盤が築かれていた。
・韓国はハングル普及で歴史が断絶
中国の文化大革命で、共産党政権に都合の悪い史実が全て否定された背景には、儒教の「天命思想」がある。天に代わって現王朝が統治する正当性を主張するために、「前王朝には徳がなかった」とし、現政権が行うことは全て天命に基づく「正義」としてしまうのである。
かつて小中華を自任し、中華文明の優等生だった韓国(朝鮮半島)にも、中国同様の天命思想が根底に流れている。李氏朝鮮は、明の冊封体制のもとで高麗王朝の国教であった仏教を排し、儒教を国教とした(崇儒廃仏)。李氏朝鮮ではハングル(訓民正音)が作られたが、それは、漢字を知らずその意味がわからなくても漢籍(儒教の経典)を正しい発音で読ませるためのものだった。その後、日本統治時代に、漢字ハングル交じり文へと変化し、戦後の韓国では漢字が完全に廃止されることになった。
しかし、これによって漢字文化圏における歴史的・文化的な断絶を生むという弊害が生じた。同音異義語の判別が困難になり、若者の語彙力も低下した。韓国政府は1999年に漢字教育の再導入を打ち出したが、顕著な改善は見られていない。
他方、天命思想の精神は根強く残り、自国に都合の悪い歴史を否定する傾向がある。例えば徴用工問題では、当時の朝鮮人徴用工が日本人の労働者と同待遇だった証拠があっても、非人道的行為だったと繰り返し、客観的史実が顧みられない。愛国無罪(愛国であれば何をしても許される)という言論空間は、現代に変容した天命思想の表れとも言えるだろう。
・誇るべき相対敬語を使う日本語
日本語は「相対敬語」を使うが、それは周囲との良好な関係を重視する、世界でも稀有な言語体系である。アダム・スミスの『道徳感情論』に見られるように、「他者との共感(感情の共有)」が言語の原点にあり、日本語はその原点を最も残している言語と言える。
芥川龍之介は短編『手巾(ハンカチ)』の中で、息子の死に直面しながらも微笑を浮かべる母親の姿を描いた。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、こうした「周囲への配慮や幸福を優先する」日本人の深層意識を理解していたが、周囲への配慮の前に自己の存在を重視する一般の西洋人には理解しがたい感情かもしれない。
西洋では啓蒙主義時代にデカルトの「自我」の概念が登場し、言語空間においても主語が登場した。これが科学技術の発展を支えた一方で、まずは論理の整合性を優先した自己主張が行われるという弊害も生み出した。この西洋思想は、明治期以降の日本にも影響を及ぼし、芥川が遺書で「ぼんやりとした不安」と表現したように、流入した自我の概念は日本人の精神に揺らぎを与え続けていることは要注意である。
内閣府の幸福度調査で、日本人は「ほどほどの幸せ」を理想としていた。自我を強く意識する欧米人とは異なる幸福感を持っているのである。それは、ハーンが「(日本人にとっての)人生の喜びは、周囲の人たちの幸福にかかっている」としたことだった。日本人の自立は多くの人々に少しずつ依存できるようになることである。自己主張や分断が起きやすい昨今のSNS空間では、こうした関係を創り上げ、維持することが難しくなっており、教育現場での注意や導きが必要である。
結論として、日本語の基本は、欧米の言語のような「議論や自己主張のための道具」ではなく、「他者と調和し仲良くすること」にある。そのような、日本語思考や、その根底にある精神を世界に広めていくためには、英語の議論に負けないことが大切である。「敵を知り、己を知れば、百戦して殆うからず」である。そのようにして、日本語が、現代の国際社会における対立を和らげ、平和の創造に寄与するものと考える。
【略歴】
1952年、東京生まれ。76年東大法学部卒業後大蔵省に入省、80年米スタンフォード大でMBA取得、その後主計局を中心に勤務し2004年財務省主計局次長、12年内閣府事務次官を経て14年退官。現在、国家公務員共済組合連合会(KKR)理事長。
著書に『武器としての日本語思考』(新潮新書、2026年)、『日本経済 低成長からの脱却 縮み続けた平成を超えて』(NTT出版、2019年)など多数。
(文責 国基研)




