米国防総省は2009年3月25日、年次報告書「中国の軍事力」を公表した。オバマ政権下で初めてとなる今回の報告書をブッシュ前政権下で出された過去数年の報告書と比較すると、米国の対中軍事政策のキーワードだった「ヘッジ」という言葉が、最も目立つ巻頭の「要約」から消えていることが分かる。
「ヘッジ」とは、中国の不透明な軍事力増強に対して「保険をかける」とか「防衛措置を講じる」といった意味で、2006年の報告書から一貫して使われてきた。例えば2008年の報告書は、中国の軍近代化の動機などが不明なことに懸念を表明した上で、「この状況は当然ながら、不明なことに対してヘッジすることにつながる」と記述していた。つまり、増強される中国の軍備が何に使われるか分からないので、米国は周到に準備しておくべきだという警戒心を表明したのだった。
ヘッジの具体的内容は昨年までの年次報告書に明示されなかったが、米国の有力シンクタンクの報告書や研究者の論文には、①中国に対する軍事的優位の維持②日本などとの同盟関係の強化③米軍事力の大西洋から太平洋へのシフト―などが例示されている。
しかし、今年の「中国の軍事力」では、ヘッジに触れた文章がなくなり、代わって「米国は域内の同盟・友好国と協力して事態を見守り、政策を適宜調整する」という当たり障りのない文章が挿入された。この置き換えが何を意味するか今のところ分からないが、オバマ政権の対中警戒心の低下を物語るとしたら看過できない。
また、昨年まで問題視してきた中国の軍事面での「透明性欠如」が、今年は「限られた透明性」と表現が和らげられ、透明性の若干の向上を評価するかのような言い回しに変わった。
さらに、今年の報告書は、中国の軍近代化は「台湾以遠」にも影響を及ぼすと従来通り警戒を示しながらも、中国は軍近代化のおかげで「(国際)平和維持、人道支援・災害救済、海賊対策などの分野で国際社会の責任に協力的に寄与できるようになった」と指摘し、軍近代化の肯定的側面にわざわざ言及している。
今年の報告書であと一つ目を引くのは、ブッシュ前政権後半における対中政策のもう一つのキーワードだった「ステークホルダー(利害共有者)」も姿を消したことだ。2006年以来の年次報告書は「中国が責任あるステークホルダーとして(世界の問題に)参加することを促す」とあった。それが今回は「中国が世界の問題に責任を持って参加することを促す」に変わった。
両者の間に実質的な違いは直ちに読み取れないので、オバマ政権はブッシュ前政権のキーワードを単に使いたくなかっただけかもしれないが、米国の対中政策を注視する立場からは、気になる変化ではある。(了)