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2013.05.24 (金)

日印の戦略的パートナーシップと協力の枠組み

要旨および行動計画

国家基本問題研究所
ビベカナンダ国際財団
平成25年5月21日

 

第1部 変化する国際情勢
分析

 中国はじめ新興大国が力を付けてきたとはいえ、米国の総合的な国力は依然として他を圧する。その米国がイラクとアフガニスタンの戦争にけりを付け、世界戦略の軸足をアジア太平洋地域に移し始めた。このアジア回帰政策は、中国の台頭と、それがもたらすかもしれない不安定さに米国が対処しようとしている表れである。日本とインドはこの変化に前向きに応えるべきである。インドが日本はじめ域内の民主主義国に同調し、米国と協力するなら、インド洋・太平洋地域の平和と安定を高める「アジア協調」体制を築くことができる。
 日本とインドは、民主主義の価値観を共有し、中国の潜在的脅威に対抗する共通の利益を有し、アジア太平洋地域やアジア全般の将来について類似した意見を持っている。日印は互いに国力を補完する関係にある。両国関係の拡大には大きな将来性がある。日印安保協力の拡大を阻害する最大の要因は、憲法をはじめとする日本の戦後体制である。

行動計画
1、日本とインドは米国のアジア回帰を利用し、「アジア協調」体制の構築を目指せ。できるだけ多くの国をこれに取り込むため、日印は志を同じくする域内諸国と協力せよ。
2、日本は戦後体制からの脱却し、憲法改正に取り組め。
3、中国はインドとの陸上国境画定に真剣に取り組まねばならない。数十年間に及ぶ交渉にもかかわらず、中国は実効支配線について概念を共有することや、国境合意の基本原則に応ずることにすら消極的である。また中国は、東シナ海の尖閣諸島で緊張を高める行為を中止しなければならない。これらはアジアの大きな摩擦要因であり、緊急に対処する必要がある。
4、中国がパキスタンとの原子力協力を継続していることも懸念要因である。核兵器関連の協力とは別に、チャシュマ原子力発電所3、4号機の建設問題があり、中国の援助計画は原子力供給国グループ(NSG)の指針違反であって、許されてはならない。北朝鮮のミサイル発射や核開発に対して、中国が強い圧力をかけることに消極的なのは遺憾である。中国は安保理常任理事国として賛成した対北朝鮮制裁決議を履行するとともに、北朝鮮へのエネルギー流入を止めることを含めあらゆる影響力を行使すべきである。

 

第2部 アジア太平洋の安全保障
分析
(1)あつれきを増す中国の行動

 中国は共産党体制維持のため経済発展を必要とし、経済発展のため資源獲得を必要とし、資源獲得のため、北はロシア極東部、東は南シナ海と東シナ海、南はインド洋地域、西は中央アジアに手を伸ばしている。
 中国は経済的、社会的、政治的課題に直面している。台湾、チベット、新疆の領有を確保することが短期的には中国の大きな関心事のようだ。社会不安は、暴動を含む抗議行動が2011年に18万件発生したとの報道に示されており、その数字は2012年にさらに増えた。こうした要因が伝統的な中国の大国願望と相まって、軍備増強の背景にあるようにみえるが、増強の目的や基本理念はなお不透明である。
 南シナ海では、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)巨浪2を搭載する晋級原子力潜水艦の配備で対米核報復能力を強化することが中国の軍備増強の大きな狙いの一つである。
 インド洋では、中国はグワダル(パキスタン)、ハンバントタ(スリランカ)、シトウェ(ミャンマー)、チッタゴン(バングラデシュ)に港湾施設を建設している。インドを取り巻く「真珠の首飾り」戦略である。
(2)テロと国境を越えた犯罪
 インド洋・太平洋地域ではテロや、海賊など国境を越えた犯罪の脅威が増している。テロはインドネシア、タイ、フィリピンなどで深刻な被害を出しており、インドも数十年間にわたり国家に支援されたテロの標的になってきた。しかし、国家レベルのテロ対策は明らかに不十分である。今こそさまざまな国際合意と国連決議を実行し、効果を上げるために行動すべき時である。
 日本とインドは、関係当局の協力を緊密化することでこの問題の先頭に立ち、テロや国境を越えた犯罪の資金を断つために協力することができる。「アジア協調」体制に加わる他の諸国も関与を深めるべきである。現在のところ、そうした取り組みへの政治的理解は十分でなく、テロや国境を越えた犯罪について、国家が集団的にではなく個別に直面している問題であるとみなす傾向が依然として存在する。

行動計画
1、中国の軍事行動と軍備増強を透明性と安定性を増す方向へ導くためには、安全保障上の利益と懸念を共有する諸国の緊密な協力が不可欠である(リムランド安全保障構想)。南シナ海では、海洋利用国と東南アジア諸国連合(ASEAN)各国が米国や日本と協力して行動する有志連合を形成し、合同パトロール体制を構築することが望ましい。
2、海上自動航路通報システムおよびインド洋合同海上警察部隊の創設を検討せよ
3、日印とも、海軍(海上自衛隊)、沿岸警備隊(海上保安庁)、警察など関係機関の連携を強化せよ

 

第3部 産業・技術協力
分析

 近年、日本とインドの経済関係は拡大してきた。しかし、防衛、原子力、サイバーといった戦略分野での産業・技術協力はほとんどない。日印両国には、産業・技術協力の進展を妨げている制度的、政治的要因が依然として存在する。両国が標榜する「戦略的グローバル・パートナーシップ」を真に構築するには、戦略産業における協力を促進しなければならない。
産業・技術協力を制約する日本とインドの制度的、政治的要因
(1)防衛産業・技術協力
 日本の武器輸出3原則は、武器だけでなく、軍事技術や軍民汎用技術の輸出と共同開発を妨げてきた。野田佳彦政権は2011年12月に3原則を緩和した。2012年12月に政権に復帰した自民党は3原則の一層の見直しに熱心だ。安倍晋三首相は日印安保協力の拡大に意欲的であり、インド向け輸出規制の緩和に前向きに取り組むと期待される。
 インド側にも前向きな動きがあり、それが日本の防衛協力政策の見直しと相まって、相互の利益になる可能性がある。ゆくゆくは、インドは防衛装備品の共同開発・生産や、民間部門の関与を受け入れるようになるだろう。
(2)民生産業間協力
 日本はインドでの投資で上位5カ国の一角を長年占めてきた。しかし、インドでの投資や市場占有率で日本を追い越す国も出てきた。日本の国際協力銀行の調査で、インドは2011、2012両年度とも長期的な海外事業展開の有望国のトップになったものの、2011年度の日本からの投資は海外からインドに流入する投資総額の4%を占めるにすぎない。インド日本商工会がインド政府に提出した建議書によると、配当分配税、移転価格税制、優先部門向け貸し出し規制、保健部門の外資出資比率の上限などが日本からの投資拡大の制約要因として働いている。
 しかし、最近インドは2020年までに同国小売市場の20%を占める可能性の大きい組織小売業への外資規制を緩和した。これは当然ながら日本の小売業の投資者には歓迎すべき政策変更である。一方、製造業部門への投資を促すには一層の政策見直しが必要である。さらに、日本企業が外国との競争を望むインドの産業部門の多くが労働集約的な部門である。インドは外資の一層の流入を必要としているが、雇用の成長と雇用の安定を確保する必要もある。
(3)原子力協力
 日印原子力協力協定交渉は、インドが核実験を再開したなら協力を停止する旨の条項を協定に盛り込むよう日本側が求めたことで暗礁に乗り上げた。今こそ日本は戦略的見地から、反核の強迫観念を捨て去るべきである。安倍政権はインドとのエネルギー協力の推進を公約しているので、日印原子力協力交渉の再開が期待される。
 一方、原子力発電所の事故が起きた場合に事業者だけでなく原子炉のメーカーにも賠償責任を負わせるインドの国内法も、外国メーカーのインド進出を阻害しかねない。同時に、ボパールでのガス爆発事故で米ユニオン・カーバイド社の賠償が不十分だった結果として、インドの世論を念頭に置く必要もある。
(4)サイバーセキュリティー協力
 サイバーセキュリティーに対する脅威について、国基研とVIFは基本認識を共有している。日印がそれぞれの強みを提供し合うことで、サイバーセキュリティー分野で協力できる余地は十分にある。日本の民間企業がインドにサイバー技術を移転したり、日印の企業がサイバー技術を共同研究・開発したりすることに日本の憲法問題は生じないが、一部の汎用製品・技術が日本政府の輸出規制の対象となる可能性はある。
 日印防衛当局間のサイバーセキュリティー協力については、日本の現法制が課す制約下においても具体的な協力を協議するのに好都合な状況が生まれつつある。しかし、自衛隊が国際的なサイバーセキュリティー協力に本格的に関与するには、憲法の政府解釈を見直して集団的自衛権の行使を容認することや、憲法改正により「専守防衛」の規制を取り払い、サイバー攻撃兵器の開発を可能にすることが必要になる。
 国基研とVIFは半導体チップ製造施設を日本の協力でインド国内に設置するのが望ましいことで一致するが、多少の懸念が残っており、障害が存在する場合にはそれを除去するためにさらに協議する必要がある。

行動計画
1、日本はインドを武器輸出3原則の緩和対象とし、インドとの防衛技術協力を進めよ。
2、インドは日本との産業間協力を阻害するインド側要因の解消に取り組め。日本企業も対インド投資を自制せず、他国企業と同様に、成長するインド経済を利用すべきである。自動車産業への日本の投資が成功したように、他部門も成功する意志があれば同様な成果を生むであろう。
3、日本はインドの核戦略を理解し支持すべきである。
4、インドは原発事故で原子炉のメーカーに賠償責任を負わせる国内法の根拠を論じ、説明すべきである。
5、サイバーセキュリティー分野で、日印は日本の現憲法下で進められる協力を推進すべきである。憲法改正後は、電子戦用装備品やサイバー攻撃兵器の開発で日印が協力することも可能になる。

 

第4部 国際機関・地域問題での協力
分析
(1)国際機関での協力

 日本とインドは国連安保理の常任理事国入りを目標としてきた。しかし、現常任理事国として拒否権を持つ中国が、日印の影響力を増大する国連改革を支持するとは思えない。
 従って、常任理事国入りを試みる一方で、日印は国連以外の国際的枠組みを利用することに努力すべきである。日印が中国と対等の権限を持つ東アジア首脳会議(EAS)は、日印が発展に努めるべき国際的枠組みの一例である。
国際的な軍事協力を要する問題に関しては、われわれは国連安保理決議の重要性を認め支持するものの、決議をただ待つのではなく、日本、インド、米国、オーストラリアを中心とする有志連合を形成し、で機動的に対処する必要がある。
(2)日印協力の強みと克服すべき課題
 日本とインドは互いに強い親近感を持っている。その親近感は、歴史観の近さで顕著である。日印両国は自由、民主主義、法の支配、人権尊重という人類普遍の価値観を共有している。また、政治、経済、安全保障上の利益を共有している。従って、日本とインドはパートナーとなるのが自然の国家である。
 しかし、日印パートナー関係には現時点で幾つかの制約がある。まず、インドの新興大国としての立場には曖昧なところがある。インドは、中国やパキスタンと陸上国境をめぐり緊張が生じた場合に、西側やアジアの民主主義国の支持をどれだけ当てにできるのか確信を持てないでいる。日本が世界の安全保障問題で、自ら課した制約のために、責任ある国家としての役割を果たすことができないでいる。
(3)地域問題における協力
 チベット問題は重大かつ緊急の問題である。チベット問題には国際社会が関心を持たねばならない三つの側面がある。第一は人権問題である。チベット自治区だけでなく、チベット人が居住する中国の各地で焼身自殺が続いていることは、チベット人社会の絶望と不満を反映している。第二の問題はチベットに水源を持つ河川の水路変更とダム建設計画に関するものである。ブラマプトラ川、メコン川、インダス川など、アジアの主要河川の多くはチベットに源流がある。中国のダム建設計画は南アジアと東南アジアに深刻な影響を及ぼすので、この懸念に対処する必要がある。第三に、国連は1961年の総会決議でチベットの民族自決を求めた。ダライ・ラマはチベットが中国からの独立を求めないことを受け入れたものの、ダライ・ラマが言うところの「文化的虐殺」は続いている。
 新疆のウイグル人も危機的状況にある。中国は新疆ウイグル自治区を支配するため漢人の大量移住を奨励し、それが原因でこの地は根深い民族的偏見によって分断されているが、その自治区で2009年に暴動が発生した。暴動後に中国はウイグル人に経済的刺激を与えると約束したが、ウイグル人の抑圧を持続的にもたらしている構造的問題を除去することができず。地域の不安定を生んでいる。
 内モンゴル自治区(南モンゴル)でも漢人の大量移住がモンゴル人を少数派の立場に追いやり、全ての生活分野でモンゴル民族的なものが失われた。中国の文革期には多くのモンゴル人が徹底的に弾圧され、モンゴル出身の学者はこれを「ジェノサイド」と非難してきた。北京政府は自決の動きを引き続き抑圧している。2011年5月には、モンゴル人活動家が漢人の運転するトラックに故意にひき殺された事件を受けて、自治区内の各地で抗議行動が起き、武装警察隊との衝突で負傷者や逮捕者が出た。

行動計画
1、日本とインドは、東アジア首脳会議(EAS)など、両国が中国と対等の権限を持つ国際的枠組みを発展させることに努めよ。
2、インドは途上国の代表としてより、責任ある大国としての立場を明確にせよ。西側のパートナー国はインドの安全保障上の懸念を受け止め、それに対処せよ。
3、日本は世界の安全保障問題で、責任ある大国としての立場を明確にせよ
4、チベット問題で取るべき行動の方向は、同問題の3側面から直接出てくる。人権侵害、河川の水路変更とダム建設、国連総会決議に基づく行動に、もっと焦点を合わせる必要がある。また、チベット人のみならず、ウイグル人やモンゴル人についても、その人権、文化的独自性、宗教的信条といった基本的価値を守るため、日本とインドはイニシアチブを取るべきである。

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