拓殖大学海外事情研究所の名越健郎・教授(元時事通信社外信部長)は7月24日、国家基本問題研究所で「ロシアの対日戦略」について語り、同研究所の企画委員と意見交換した。名越教授は、時事通信のモスクワ支局長を務めるなどロシア取材経験が豊富である。同教授の主な発言内容は次の通り。
対日関係
ロシアの対日アプローチが活発になっている。この1、2か月の動きをみてみると、7月28日にソチ(黒海沿岸の保養地)でプーチン大統領・玄葉外相会談、9月8、9日はウラジオストクでAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議、日露首脳会談を予定しているほか、今秋にはイーゴリ・シュワロフ第一副首相、ニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記、モスクワ総主教のキリル一世、アレクセイ・ミレル・ガスプロム(国営エネルギー企業)社長らが相次いで訪日を計画している。ロシアの大統領が日本の外相と会談するのは異例で、10年ぶりぐらい。また、パトルシェフ書記はプーチン大統領側近の一人で、台頭する中国について日本側と意見交換が行われるとみられる。さらに、APECサミット開催中に日本企業とのLNG(液化天然ガス)製造工場の建設など大型プロジェクトが発表される見込みだ。ロシアは極東発展省を創設、極東の開発を重視している。
対中警戒心
日本と韓国、中国との領土問題についてロシアは“悪乗り”せず、自制しているようだ。また、日本との活発な交流計画も、強まる対中警戒感の裏返しではないか。バイカル湖以東のロシア極東部には中国人がどんどん入り込んでおり、違法入国者を含めその数200万人ともいわれる。中国人農民が借り上げている休耕地は40万ヘクタールに達するといわれ、中国人の“実効支配”が進んでいる。中央アジアでも中国の進出が激しく、中露間で主導権争いが展開されている。かっては中国に対しロシアが兄貴分だったが、今やロシアは中国の妹になったと指摘するロシアの学者もいる。ロシアがハワイ周辺海域で展開される環太平洋合同演習リムパックに招かれ、今年から正式参加したり、ラブロフ外相が日露安保対話、防衛交流を要請、さらに日米露三国官民合同会議が早ければ来年半ばにもスタートするのは、こうした中露蜜月が後退している背景がある。
北方領土問題
とはいえ、プーチン大統領は、「北方領土は大戦の結果ソ連領となり、国際法で確定」(2005年)との態度を明確にしている。「これは国民との公約である」とさえ大統領は述べているが、ゴルバチョフ・ソ連邦初代大統領やエリツイン・ロシア連邦初代大統領は、こうした表現は使わなかった。千島社会経済発展計画(2007年―2015年)をさらに延長する動きもあり、北方領土のロシア化が進んでいる。四島のうち、歯舞、色丹の二島を1956年の日ソ共同宣言に沿って引き渡す用意はあると思われる。