公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

最近の活動

2025.04.17 (木) 印刷する

月例研究会「日本再生」

令和7年4月15日(火)、国家基本問題研究所は、定例の月例研究会を東京・内幸町のイイノホールで開催しました。今回は当研究所の企画委員を登壇者として日頃の国基研での議論を壇上で展開する形式とし、「日本再生」の道を探りました。

登壇者は、日米を含めた国際関係の視点から湯浅博・産経新聞特別記者、金融経済の視点から田村秀男・産経新聞特別記者、経済安全保障の視点から細川昌彦・明星大学教授、そして司会は櫻井よしこ理事長というメンバーで議論しました。

【概要】
まず登壇者の湯浅氏、田村氏、細川氏が順にそれぞれの視点から発言し、この日の研究会が幕を開けた。

湯浅氏:トランプ「関税砲」が乱れ撃ちの様相を呈している。豪州の無人島にまで関税をかけるなど、こちらはムダ撃ちが多いという印象である。貿易収支対米赤字国や同盟国にまで高関税をかける始末で、友と敵の区別もない。関税の目的は中国を抑えて製造業を米国に引き戻すことにあるというが、果たして本当に効果があるのか疑問が残る。

関税の圧力に関税で立ち向かう中国は真っ向勝負に出て、強気の姿勢を崩さない。懐事情は決して良くはないはずだが、中国は習近平氏の顔色次第という側面があり、決して侮ることはできない。

さて、トランプ政権内の役割分担は、関税の「設計者」であるピーター・ナヴァロ貿易・製造業担当上級顧問と、「扇動役」のハワード・ラトニック商務長官が旗を振り、スコット・ベッセント財務長官が「調整役」という構図だ。最近ベッセント氏が、「照準は略奪的な貿易慣行の中国に的を絞るべし」と発言したことは妥当な判断だろう。米国は中国を屈服させ、同盟国には妥協を迫る。その中で日本は、早期に米国とともに有志国を巻き込み、対中包囲の旗の下に結束すべきである。

今のトランプ外交は、他国に脅しをかけ、強引に政策を推し進める中国の戦狼外交に似てきた。中国が南シナ海周辺国などで進めた戦狼外交に対し、米国などの自由主義陣営は日米豪印のクアッドや米英豪のオーカスといった安全保障の枠組みで対抗した。大国の高圧的な外交に対し、周辺国は一致団結して跳ね返すから戦狼外交は失敗だった。第2次トランプ政権が同様に、関税砲の乱れ撃ちや、グリーンランドの併合、パナマ運河奪還などの強圧外交に出れば、撃ち込まれた国は身構える。中国がトランプ圧力外交の動きを利用し、それらの国への取り込みに乗り出すから要注意なのだ。
 
田村氏:米国では現在、トランプ関税砲の影響で金融不安に陥りかけているが、米国内でトランプ氏の経済政策を批判する声はあまり大きくならない。米国の有力経済学者たちは追加関税率の算出手法を批判することはあっても、相互関税という考え方自体には反対ではない。相互主義は米国の伝統的理念であり、米国民多数にはすんなりと受け入れられる。

トランプ関税への対抗として逆関税措置を中国が発動したことがきっかけで、金融市場が荒れ出し、ドル安と株安に続いて国債相場が下がり始めた。国債は内外の投資家の最後の拠り所であり、国債相場が崩れることは米国売りを意味する。だからベッセント財務長官は中国以外の国々への相互関税上乗せ分発動を90日間猶予し、交渉に応じることで市場への衝撃を和らげようとしている。

米中関税戦争とドルというのは金融戦争の側面を持つ。米国の金融市場は自由市場だが、中国の金融市場は共産党の支配下で、徹底的に監視と規制下におかれる。この非対称の市場で米国が有利とは言い切れない。米国を支えられるのは世界最大の対米投資国で同盟国の日本しかない。ここが日本の強みであり、関税交渉でこれを活用しない手はない。

中国では不動産バブル崩壊不況が続き、若年者の失業率は16%を越える。外貨が流入しないと金融緩和できず、財政出動もままならない。輸出に頼るしかないが、そこにトランプ高関税砲が追い打ちをかける。もとより貿易ルール無視の中国は、鉄鋼、EV、太陽光パネルなど広範な品目で安値輸出攻勢をさらに加速させ、日欧、新興国や発展途上国の経済に打撃を与えるだろう。自由主義陣営はいまこそ中国包囲網を作り結束するチャンスである。

さて、湯浅氏が指摘した米国の戦狼外交という表現に一言付言しておきたい。パナマ運河の管理権はトランプ発言をきっかけに米国投資ファンドが取得した。またメキシコからの中国産合成薬物流入も中国、メキシコがようやく取り締まるようになった。グリーンランドも中国資本の進出に警戒を強める。トランプ流は中国脅威抑止で成果を挙げているわけだ。武力などによって相手国を威圧する強権中国の戦狼外交と同一視できないのではないか。

細川氏:湯浅氏が指摘したトランプ政権内の力学は重要なポイントである。まずナヴァロという強硬派の過激な意見で政府が走り始め、それから外国と交渉する。その後マーケットの反応を見たベッセント財務長官がトランプ大統領に伝え軌道修正するというのが、現在の右往左往劇場の構図である。

今次政権はトランプ独裁政権と言えるので交渉の相手はトランプ大統領しかいない。日本がトランプ大統領と交渉する時のヒントはすでにトランプ大統領の日本に関する発言に出ている。一つ目は自動車、二つ目はコメ、三つ目は安倍総理への賞賛。

まず自動車について。トランプ大統領は日本の安全基準が厳し過ぎるというが、実は日本は国際標準で米国が特異。大統領の単純な誤解なので、基準そのものは変える必要はないが、米国で検査が通れば日本でも通用する車種を拡大するなど柔軟な運用は可能だろう。二つ目は日本のコメについて。大統領は関税700%というが、実際には200%で無税枠が70万トンある。このような基礎知識さえトランプ氏に届いていないことが大きな問題。安倍総理がトランプ氏の好印象を得て上手に何度も説明し誤解を解く努力をしたことに比べると、現政権には不安しかない。

今後交渉のカギになるのは農産物であろう。米国で大豆、トウモロコシを育てる中西部の農家はトランプ氏の支持者が多い。次の選挙に勝つにはここを押さえる必要がある。中国は強かに狙いを定めて逆関税をかけ、トランプ氏に打撃を与えようとする。他方トランプ氏は日本に対してコメだと言う。これを彼が示すヒントと捉え、放出した政府備蓄米の分をカリフォルニア米の無税枠を増やすなど、柔軟に対応するような発想が必要である。高騰するコメに直面している日本の消費者にとってもプラスだ。

いま米国の最大の関心事は製造業の復活だが、関税を上げれば自動的に復活する訳ではない。米国の製造業の生産基盤は毀損しており、防衛産業の中でも造船業やミサイル生産能力も落ちている。今後、日米防衛協力といった場合、米国の武器を買うだけでなく、日本企業が米国での共同生産などで支えるという発想が必要になってくる。

中国は、米中関税戦争でダメージを受けるが、社会体制による耐性が高い。中国が一番困るのは中国包囲網を作られること。それを阻止するのが習近平氏の思惑だ。東南アジアを歴訪するのもその一環。日中韓貿易大臣会合でFTA交渉を進めようとしているが、中国に取り込まれる危険があることに注意しなければならない。

全体討論での発言要旨
・高騰するコメ価格の原因は日本の減反政策。作らない米に補助金を出すことが正しいとは到底思えない。これを止めて米作りの為の補助金に舵を切るべき。国内市場で余剰米が出たら海外用に回せばよい。
・製造業の実力は中国が米国を凌駕している。例えば、中国が建造した商船の最近1年間の建造数が、米国が1945年から今日まで80年間で建造した数より多かったという統計もある。
・そもそもモノづくりは米国よりも中国に利がある。例えば自動車製造だが、中国はゼロから作る能力がある一方、米国は部品を組み立てるだけ。トランプ関税により中国からの部品供給が滞ると、米国の自動車産業は壊滅的な痛手を負う。そうなれば米国の部品輸入相手として日本に頼ることになるのであるから、そのための関税に修正すべきである。

櫻井理事長:世界がトランプ氏に振り回される中、米政権ではエルブリッジ・コルビー氏が国防次官に就任することが決まった。彼の著書『拒否戦略』によると、米国単独でアジア太平洋を守りきることができないという。他方、中国が台湾、フィリピン、ベトナムなどを取り込むと、アジアに巨大な中華経済圏が形成されることになる。それを防ぐには、日本、韓国、豪州などが反覇権連合を作って一致団結するしかない。

最後に櫻井理事長は、わが国はトランプ氏の対日批判をプラスのエネルギーに変えて大きく前進する好機と捉えるべきである、と力強い言葉で研究会を総括した。
(文責 国基研)