欧州情勢に詳しい東京外国語大学の渡邊啓貴教授は、6月29日、国家基本問題研究所の定例の企画委員会におけるゲストスピーカーとして、欧州情勢の現状と今後の見通しなどについて語り、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員と意見交換した。
教授はまず、最近の欧州情勢を各国の選挙の状況から概観した。とくにフランスでは昨年の大統領選で極右政党が大幅に後退したこと、英国の議会選挙でも与党が大敗し左派ポピュリズムが躍進しBREXIT機運に陰りが見え始めたのに対し、ドイツ、オーストリアでは反移民の右派に勢いがあるとした。またイタリアでは、反EUで反移民のポピュリズム政党の連立政権が誕生し、欧州全体が政局の混沌状況にあるという。
例えば、難民に厳しいイタリアの政策の一例として、難民救助船「アクエリウス号」事件を取り上げ、概要を次のように説明した。
6月9日にリビア沖合で漂流する難民船を同船が救助、翌日従来の慣行に従いイタリアへ、しかし伊内相は入国を拒否した。難民拒否を選挙公約にした極右政党の党首がついていたからだ。文字通り行き場のない漂流船となったが、そこへスペインが助け舟を出し落着した。しかし、難民受け入れの実態は混乱している。これまで欧州全体で受け入れを表明してきたが、独仏をはじめ割り当て数には程遠く、各国が押し付けあう状況となっている。難民・移民問題が欧州内の亀裂の鍵を握る可能性は高い。
その他、欧州の対中認識についても話が及んだ。欧州には基本的に歴史を尊重する気風があるため、中国に対しては良いイメージがあるという。そのため、シルクロードを髣髴とさせる中国の「一帯一路」政策にも協調的。ただし、その一環である「16+1」という東欧16カ国との経済協力枠組みに対しては、EUが分断されるのではないかという懸念もあるという。
さらに中国が利用を目指す「氷上のシルクロード」北極海航路について、中国と欧州を短時間で結ぶ輸送ルートになりうることから、自国を「北極圏に最も近い国の一つ」と位置づけ、権益確保に積極関与している。よってその沿線上にある日本も少なからず影響を受けるという。東シナ海や南シナ海ばかりでなく、たまには北極海を中心にした世界地図を使えば、これまでとは別の景色が見えると指摘した。
渡邊教授は、1954年生まれ。東京外国語大学卒業、パリ第一大学大学院博士課程修了。パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校客員教授。1992年、『ミッテラン時代のフランス』で渋沢クローデル賞を受賞。アジア研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員研究員、在仏日本大使館広報文化担当公使などを経て現職。著書に『フランス現代史』『ポスト帝国』『米欧同盟の協調と対立』『シャルルドゴール』など多数。
(文責・国基研)