前国家安全保障参与の宮川眞喜雄氏が11月5日、国家基本問題研究所企画委員会に来所した。前回の来所は2011年3月11日で東日本大震災の当日だったことから双方ともに大変印象深く記憶に残る会であった。今回は、激動する東アジアの安全保障環境や防衛装備品の問題など幅広く語り、櫻井よしこ国基研理事長をはじめ企画委員らと、意見を交換した。
【概要】
1. 前回2011年3月11日、この研究所で、外務省の原子力担当の部長として、我が国にとっての原子力の重要性をお話しさせて頂いた。民主党政権下で原子力に逆風強かったが、インフラ輸出の一環として原子力産業の強化を進めていた。しかしその日午後の東日本大震災に続く津波で福島原発が大事故に遭い、結果として日本の総電力の30%を供給していた原発54基が全部停止した。
2. 原発事故の一年前に米国政府から、日本の原発施設にはプルトニウムも貯蔵され、米国と同様に防護を確実にするよう要請を受けていた。軍の配備、不意の攻撃への対処訓練、予備電源を複数の見えない地点に確保するなどである。2001年9月11日のテロを体験した米国が原発テロを予期した対策を、テロ意識の低い日本に要請したものだった。しかし、当時の関係省庁も発電企業も真剣に取り合わなかった。もしこの対策を実行していれば、福島原発事故は防止でき、全原発は稼働し続け、日本経済が中国にかくも差をつけられることはなかっただろう。経済、特にエネルギーは、安全保障の重要な柱である。
3. あの時対応していればという懸念は、過去2年程の国家安全保障局での経験から、防衛装備品について深刻だ。対応は既に十分遅いが、未だ遅過ぎてはいない。しかし今対策を実施しなければ、日本を取り巻く安全保障環境が急激に悪化する中、取り返しがつかなくなる。問題点はわが国防衛装備品の生産基盤に行きつく。
4. 第一に、防衛予算が伸びず、防衛装備の研究開発費が低迷し、韓国の半額に落ちた。第二に、民間企業の科学技術開発も徐々に弱体化してきている。第三に、WTOでもOECDでも安全保障は例外扱いであるのに、我が国では防衛装備の調達に一般競争入札を適用し、輸出自由で規模経済を享受している外国企業と同列の競争を強いられている。第四に、米国のFMSが増大し我が国企業の製品調達が圧迫され、生産能力が更に低下する。第五に、調達の利益率も低く抑えられているため、株主からの要求もあり、大企業の防衛部門が縮小に向かい、中小企業が死に絶え始めている。その熟練工を中国が高収入で目を付けている。第六に、武器輸出3原則は緩和されたが、相変わらず輸出には諸課題が山積し、成果がほとんどない。第七に、先端技術の漏洩防止の制度作りが政治的理由で遅れ、同盟諸国や友好諸国の技術者との連携が阻まれている。
5. これらの諸問題に対する対策は、大きく3点に集約される。第一に、防衛予算の大幅増額とともに、競争入札の廃止や利益率の大幅引き上げなどの国産防衛生産を増強する調達制度に改正する。第二に、国内の装備品生産企業の装備品部門を統合し、米国のロッキード・マーティンのような特別の目的を持った会社を設立する。第三に、米国のFMS(Foreign Military Sales)のような装備品の輸出を扱う政府組織又は民間企業も入れた準政府組織を設立する。これら3点の実施に向けて、議論を活発にし、遅きに失して臍を噛むことのないようにすべきではないかと思う。
6. 装備品の東南アジアの友好諸国への輸出は、これら諸国との外交防衛協力の肝となる。我が国の艦船航空機の使用する装備品の修理や部品調達を容易にし、共同訓練や共同行動を円滑にする。
7. 東アジアの安全保障環境は風雲急を告げる状況だ。中国の軍事力増強は目を見張るものがある。潜水艦、艦艇、戦闘機の他、海警など政府船舶や民兵も侮れない。質・量ともに突出した中国戦力に対し、現在のわが国防衛装備品基盤で対抗できるとは到底思えない、早急な手立てを要する、と警鐘を鳴らした。
【略歴】
1951年、京都出身。東京大学工学部航空学科宇宙コース卒、オックスフォード大学国際政治学博士。1976年運輸省に入省、1979年外務省移籍、その後、日本国際問題研究所所長、気候変動交渉担当審議官、軍縮不拡散科学部長、中東アフリカ局長兼アフガニスタンパキスタン担当特別代表兼日米原子力協力担当大使、駐マレーシア特命全権大使など歴任。
東京大学大学院及び政策研究大学院大学で教鞭をとる。元内閣官房国家安全保障局国家安全保障参与。著書:「Do Economic Sanctions Work?」(Macmillan社)、「経済制裁」(中央公論社)訳書:「同盟の力学」(東洋経済新報社)叙勲:フランス国家功労勲章コマンドゥール。 (文責 国基研)