元海将の吉田正紀・双日米国副社長(国際安全保障担当)は、3月25日、定例の企画委員会にゲストスピーカーとして来所し、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換をした。
【概要】
ウクライナ戦争の教訓を語る前に、同じ景色をワシントンから見る時と東京から見る時とでは大きく異なるという事例を紹介。自身が佐世保地方総監時代、尖閣諸島沖で日中間の緊張が高まった。佐世保目線では中国が緊張を高めたもののコントロールはできていると認識。他方、ワシントンの多くの有識者は、緊張の高まりは日中双方に原因があると認識していた。このような認識のギャップを埋めることの重要性を感じ、現在にいたっている。
さて、現在進行中のウクライナ戦争の戦況である。当初、ロシア側の電撃的かつ大規模な攻撃に目を奪われたが、現在は膠着状態のように見える。他方、ロシア側の損害が当初の見積もりより拡大し、戦死者約1万人という報告もある。かつてのソ連がアフガニスタン侵攻時10年間で戦死者約1.5万人。これと比較しても甚大な損害が出ていると言えるだろう。
今回ロシアは平時からハイブリッド戦を仕掛けていた。情報戦、心理戦ではウクライナの偽情報画像をSNSで配信し、ゼレンスキー大統領がネオナチというナラティブ(物語)で悪いイメージを植え付けようとした。あるいはウクライナの神経中枢を破壊するサイバー攻撃を仕掛けた後、通常戦力を投入した。
これに対し、米国は統合抑止(Integrated Deterrence)概念のもと、DIME(外交、情報、軍事、経済)を駆使した総力戦で臨んでいる。例えば、ロシアに徹底的な経済制裁をかけ、西側諸国の結束を確認し、NATO諸国の軍事力を向上させ軍事圧力をかけた。特に情報の面では、ロシアの偽情報に対しては機密情報の開示を積極的に行い、いわゆる偽情報の武装解除(Disarming Disinformation)と機密情報の秘密解除(Declassified)に踏み切った。
このような戦局からわが国は多くの教訓を得る。まずは、情報戦(Intelligence)の備えである。その前提となるのは情報優越の獲得であり、陸上戦が繰り広げられたウクライナ戦争とは異なり、例えば、東シナ海の海洋空間で情報優勢を維持するため情報・監視・偵察(ISR)を強化し、更にそれを同盟国・パートナー国間で共有し、南シナ海、インド洋に至る海域で中国の不法行動を早期に探知し、発信することで抑止する「探知による抑止(Deterrence By Detection)」態勢を整える必要がある。更に、台湾問題では中国は、歴史、政治、法律面で台湾は中国の不可分の一部という「物語(Narrative)」で情報戦を仕掛ける。その中には当然尖閣も入る事から、正しい情報で偽情報を解除するとともに、戦後日本の歩んだ歴史、政治、外交面での努力を正しく伝える「物語(Narrative)」を創り対抗する事が必要であり、そこでは、戦後の「日本の姿(Identity)」が問われる事となる。また、米国の相対的な「強さ」や、国内分断等による「正しさ」に陰りが見える中、政治外交においてはFOIPやCPTPPに代表されるような、我が国の主体的(Initiative)な対応も求められる。
今後わが国は、上述の様々なI(アイ)を駆使し国際社会で生存競争を戦うことになる。
年末には国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画という戦略3文書が改訂されるが、DIMEが統合された有効な抑止力を構築できるのか、これからが正念場になるとした。
【略歴】
1979年に防衛大卒業(第23期)、在米日本大使館防衛駐在官、海幕指揮通信情報部長、海自幹部学校長などを歴任、2014年に海自佐世保地方総監を最後に退官。2016年まで慶應義塾大学特別招聘教授として勤務し、2015年から現職。
双日総合研究所「季報」などで国際安全保障に関する多数の論稿を発表している。
(文責 国基研)