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2022.05.09 (月) 印刷する

「核をめぐる日米の安全保障とその課題」 村野将・米ハドソン研究所研究員

米ハドソン研究所の村野将・研究員は、5月6日、定例の企画委員会にゲストスピーカーとしてアメリカからオンラインで参加、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換をした。

【概要】
抑止力には懲罰的抑止(都市部に対する核報復の脅しなど)と拒否的抑止(ミサイル防衛などによる損害限定)がある。前者は、報復的措置として相手に耐えがたい損害を与えるという脅しを重視するが、抑止が効いているうちは実際の報復は行われないため、核兵器を使えない兵器(=存在するだけで抑止力となる)と位置付ける。一方後者は、核兵器は使える(使われる)兵器と位置付け、相手の軍事能力を削いで損害を限定することを重視する。この場合、相手のエスカレーションに柔軟に対応可能だが、さまざまな種類の能力を構築する必要があるためコストがかかる。冷戦期から今日までの核戦略論争は、前者と後者のバランスをどう調整するかという議論であった。

核抑止概念を歴史的に概観すると、その嚆矢はバーナード・ブローディであり、「破壊力が大きすぎる核兵器は軍事的には使えず、その役割は戦争の抑止に限定される」というものだった。この考え方の下、アイゼンハワー政権は、朝鮮戦争の出費で財政的制約がある中での安上がりな抑止戦略として、ソ連の通常戦力優位を早期の核反撃で相殺しようとする「大量報復戦略」を採用する。しかし、ソ連の核能力が向上して、米国や欧州が核報復を受けるリスクが高まると、大量報復戦略は抑止失敗した後のことを考えていないという批判にさらされることになった。その結果、ケネディ政権は軍事目標を優先的に攻撃することで損害を限定し、全面核戦争に至らない段階での限定核戦争を可能にしようとする「柔軟反応戦略」を採用する。

ところが、ソ連の核戦力がさらに増強されると、損害限定は現実的に実現できないことが明らかとなった。そこでジョンソン政権は、確実な第二撃を与える「確証破壊戦略」を採用する。その後もソ連の核軍拡は続き、「相互確証破壊(MAD)」の状況が成立する。これは米ソが互いに報復を恐れ先制攻撃に踏み切れない状態で「恐怖の均衡」という。1970年代以降の米国では、MADを安定的に維持することでソ連との共存を図るべきか、MADを脱して対ソ優位を目指すべきかという論争が激化した。レーガン政権で提唱された「戦略防衛構想(SDI)」は後者、すなわち拒否的抑止を重視して、限定核戦争を勝ち抜く態勢を整えるべきだという議論の典型。結果的に、SDIのような野心的なレーガン軍拡がソ連を疲弊させ、冷戦終結に貢献したという評価がある一方、同時期にはSTARTやINF条約などの軍備管理の制度化を通じて、米ソの戦略関係の安定化が図られたこともまた事実である。

2001年に米国中枢に対する同時多発テロが発生し、懲罰的抑止が効きにくい脅威に対処する必要に迫られ、拒否的抑止を重視する流れとなった。2009年に登場したオバマ政権は「核なき世界」を追求し、核の役割を低減させ、ロシア・中国と戦略的安定性を重視する戦略へとシフトさせることを試みた。しかしその後、核をめぐる国際安全保障環境はオバマ政権が期待したほど好転しなかった。トランプ政権ではその反省のもと、核戦略の重点を大国間の核抑止へ戻すとともに、低出力SLBMなど現状変更勢力による核恫喝に対抗するための手段を導入したが、バイデン政権になってオバマ時代に回帰するような動きを見せている。

オバマ政権が核の役割低減を追求しようとした際には、米国の一強時代=圧倒的な通常戦力優位が前提にあったが、もはやその優位は崩れつつある。バイデン政権はこの厳しい現実を直視しないまま、核の役割低減だけを進めたいという政治的欲求が先行しており、2022年版の「核態勢見直し(NPR)」にもそれが現れている。2022NPRでは、当初懸念されていた「唯一目的化」の採用などは見送られ、表現ぶりは2010NPRとほぼ同じ内容に落ちついた。しかし、バイデン政権が核の役割低減に熱心であることに変わりはなく、それをプーチンにも見透かされている。そのことで同盟国の不安も高まっている。これらを総合すると、NPRの文言がどのような表現になったとしても、米国の拡大抑止の信頼性は、実質的に低下しつつあると言わざるを得ない。

今後の展望と課題として、米中間の戦略的安定性と相互脆弱性について言及したい。これまで米中には相互確証破壊が公式には存在しないとされてきたが、オバマ政権は中国との戦略対話を模索し、トランプ政権も米ロ中の軍備管理対話を模索したが、中国はいずれにも反応しなかった。

他方、近年中国が行っている急速な対米打撃能力の増強は、米国政府に相互脆弱性の存在を公式に認めさせることで、戦略核レベルでの安定性を追求すると同時に、地域におけるグレーゾーン、通常戦力、戦域核能力面での優位を活かそうという試みに見える(安定・不安定のパラドックス)。

わが国としては、米国が中国との対話の中で公式に相互脆弱性を認めることは好ましくなく、その時期は遅い方がよい。しかし、米国政府が言葉の上で何と言おうとも、中国の対米打撃能力がさらに増強されれば、それに伴って次第に自信を強めていくだろう。つまり、米中間に物理的な相互脆弱性が生じるのは時間の問題である。そうした中で、中国が機会主義的な現状変更に乗り出そうとするのを抑止するには、第一義的にはグレーゾーンや通常戦力の強化が不可欠だ。しかし、リソース制約下でこの格差を短期間で埋めることは容易ではない。特に、インド太平洋地域における戦域打撃能力は既に中国側に優位がある。その間に、この地域で米国の核兵器が果たす役割や最適な核態勢のあり方について、日米で議論を深める必要がある。

日本で核共有を論じる場合、冷戦期のNATOで行われてきた核共有の実態や、現在の東アジアの安全保障環境との違い、米国の核配備態勢の違いを正確に把握することが必要。実際に戦域核の欧州配備は、核同盟としてのNATOの一体性の象徴という意味だということを念頭に置いておく必要がある。その他、冷戦期の韓国で米軍による核持ち込みがあったが、これは核共有とは異なる。日米間の場合、まず核協議の枠組みを格上げしていくとともに、日本が保有を目指していく長距離打撃能力と、米国の核・非核の打撃力の統合を進めていくことが現実的と考える。その上で、わが国が年末に向け防衛戦略を検討する際、十分に核リスクを考慮した戦略を構築することが肝要である。

【略歴】
拓殖大学国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らと共に、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。
著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、共著、2020年)、“Alliances, Nuclear Weapons and Escalation: Managing Deterrence in the 21st Century”(Australian National University Press, 共著、2021)など。
(文責 国基研)