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国基研ろんだん

2022.11.28 (月) 印刷する

現場感覚に欠ける残念な報告書 織田邦男(麗澤大学特別教授、元空将)

11月22日、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書が提出された。9月、有識者会議の構成員が発表された際、自衛官OBが入っていないことに違和感を覚えたのは、筆者だけではない。「防衛力を考える」のに、防衛力の中核である自衛隊の現場の声は必要ないのかと。

この会議はもともと財務省が主導したものであり、防衛費を国内総生産(GDP)の2%にどう「見せかける」か、「財源確保」をどう担保するかが主目的であり、現場の声など必要としないという声もあった。3回目の会議において、元統幕長と元海上保安庁長官の意見を聴取しているが、批判に対するアリバイ作りの感は拭えない。

公表された報告書は、「防衛力の抜本的強化について」「縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化について」「経済財政の在り方について」の3項目から構成される。結果的には1番目、2番目が重要な内容を含んでおり、部隊運用に係る記述も多い。

会議の主目的が「財源確保」であるため、3番目だけが重要であり、1番目、2番目の記述はいわば付け足しで意味がないという論者もいる。だが、安保関連3文書が改訂される直前の報告書でもあり、防衛体制強化などの記述が「意味がない」で済まされない。「日本の防衛体制の弱点をどう克服し、対処能力を高めていくか。その方策を網羅した提言が示された」と大手新聞の社説にもあるように、安保関連3文書に大きな影響力を持つ。ここではあえて「財源確保」は除き、1、2番目についてのみ述べる。

現行法制の問題点を等閑視

提言内容を個々に見ると優れたものも多い。「反撃能力の保有」「常設統合司令部、司令官の設置」「防衛産業は防衛力そのもの」「防衛装備品の海外移転の促進」「自衛隊員の処遇改善」「退職自衛官の活用」「防衛力の基盤としての最先端科学技術」「アカデミアや最先端研究者の協力」「能動的なサイバー防御」などである。某新聞の社説のように「政府は重く受け止め、具体的な政策に反映させるべき」だろう。

残念なのは、現場の視点が欠けていることである。「5年以内の防衛力の抜本的強化」と言うのであれば、今ある防衛力を最大限活用するしかない。その際、ネックとなっているのが現行法制である。有事法制は2003年、2004年でほぼ整った。だが現代戦は、ハイブリッド戦がそうであるように、戦時に至らないグレーゾーンでの戦いが多くなる。つまり、平時の法制下で戦わざるを得ない。現場部隊の足枷となっているのは「平時法制」なのである。サイバー攻撃対処が典型であり、現行法制では「能動的なサイバー防御」はできない。こういう現行法制の改正に関する強い提言がないのは残念である。

「海保の法執行活動も死活的に重要である」とあるが、海上保安庁法2条には、海保の任務として「海上の安全及び治安の確保」だけが規定されており、「領域警備」はない。海保を「大幅に強化し、抑止力・対処力を増強」させるには2条の改正と共に軍事的行動を禁ずる25条の改正が不可欠だが、この言及もない。

「反撃能力」について、「早期に十分な数のミサイルを装備すべきである」とある。だが、1種類のミサイルを「十分な数」装備しても抑止力は限定的である。多種多様なミサイルを保有し、相手に対応策を絞らせないことによって初めて高い抑止力が得られる。これも現場の視点が欠けている一例である。

タブーに挑戦してほしかった

また、有識者であればこそ主張できることを主張してもらいたかったという思いも強い。たとえば我が国の防衛基本政策の矛盾点である。

ウクライナ戦争を見ても分かるように、「専守防衛」では本土が戦場になる。だから戦争は絶対起こしてはならず、抑止が絶対的必要条件となる。抑止には「強力な軍事力」が必須であり、「巧みな外交」と相まってこれが実現できる。一方、我が国は「他国に脅威を与えるような強大な軍事力を保持しない」(防衛白書)ことを基本とする。しかも「態様も自衛のための必要最小限にとどめ」(同)るという。大いなる矛盾である。「他国の脅威にならない必要最小限の防衛力」では抑止が効かないのは、ウクライナ戦争の教訓でもある。

「核」に全く触れていないのも画竜点睛を欠く。日本は三つの核保有国に囲まれ、世界で最も核の脅威に晒されている国である。北朝鮮などは「日本を海に沈めてやる」と「意図」も明確にしている。こういう現下にあって、核抑止について全く触れていないのは奇異に感ずる。有識者であるからこそタブーなき議論を促すべきだった。

防衛政策に関する矛盾、まやかしなどは、分かってはいるが見ないふりをして放置されてきた。だが、戦後最大の安全保障上の危機を迎えている今こそ直視すべき時期である。有識者会議こそタブーに挑戦し、安全保障政策を正しい方向に導く役割を果たしてもらいたかった。多くの優れた提言が報告書に含まれているだけに、残念である。(了)

 

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