公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2025.06.26 (木) 印刷する

電波の戦いに勝利を 荒木和博(特定失踪者問題調査会代表)

私が代表を務める特定失踪者問題調査会では、平成17(2005)年から北朝鮮に向けて短波放送を流している。北朝鮮にいる拉致被害者に家族・関係者のメッセージなどを送って、日本で救出努力をしていることを知らせるとともに北朝鮮の各層に対して拉致被害者救出を求めること、そして北朝鮮の置かれた国際的状況や人権状況などについて情報を注入することが目的である。その目的から放送は「しおかぜ」と名付けられている。

「しおかぜ」は当初、英公共放送BBCの子会社に委託して第三国の施設から送信していたが、菅義偉総務相(当時)の尽力で平成19(2007)年から順次日本国内からの送信へ移行し、現在は全ての放送がKDDI八俣送信所(茨城県古河市)から行われている。JSRというコールサインを持ち、国際電気通信連合から周波数割り当てを受ける正式な放送である。

一方、北朝鮮側は放送開始の翌平成18(2006)年から「しおかぜ」に対して妨害電波をかけてくるようになった。妨害電波は大量の電力を消費する。電力が慢性的に不足している北朝鮮が妨害してくるのは「しおかぜ」にそれだけ効果がある証拠である。

妨害電波への対策として私たちは総務省に依頼して複数の周波数割り当てを受け、妨害電波のかかっていない周波数に放送を流す対策をとったが、やがて北朝鮮側は妨害電波の周波数を合わせてくるようになった。その後さらに対策を強化するため、2波の周波数で同時に同じ内容を流すことで妨害を回避する努力をしている。まさに電波の戦いである。

短波放送に限らないが、北朝鮮にとって情報の流入は体制への脅威であり、直ちに武力に訴えることのできないわが国としては、北朝鮮への最大の圧力となる。

NHKによる大幅値上げで送信の危機

八俣送信所はKDDIの所有だが、NHKが一括借り上げをして国際放送を行っている。「しおかぜ」はその隙間で放送している形である。「しおかぜ」の使用料金はNHKによって決められ、KDDIを通してNHKに支払っている。

そのNHKは現在短波の国際放送を減らしており、八俣の送信機も300キロワット5基、100キロワット2基あったものが最終的に300キロワット4基になる方向で現在順次工事が進められている。さらにNHKは積算根拠を提示しないのだが、この工事のあおりで使用料金が値上げされ、昨年約4200万円だったものが今年はこのままだと5400万円になってしまう。この金額はあくまでKDDIを通してNHKに支払う金額であり、制作費を含めた諸経費や、もちろん他の調査会運営に関わる費用は含まれていない。

「しおかぜ」では現在、日本政府の北朝鮮向けラジオ放送「ふるさとの風」の一部番組を委託送信しているほか、「しおかぜ」自体の番組にも政府広報を入れて、業務委託費として昨年で約3000万円を受け取っているが、当然それでは足りず、個人や産業別労働組合のUAゼンセン、今井光朗歴史道徳文化教育研究会などの団体の寄付をいただき、グッズの販売を行う他、毎年のクラウドファンディングも実施するなどしてなんとか乗り切っているという状態である。

今年のクラウドファンディングも6月初めから7月末まで行っているが、今回は都議選、参院選と重なっていることや拉致問題に動きがないことなどで、極めて低調である。本稿をご覧いただいている方でご協力いただける方はぜひお願いしたい(クラウドファンディングのホームページ )。

国際放送の抜本的改革を

以上は短期的な問題なのだが、私たちが20年間「しおかぜ」を続けてきて、どうしてもやらなければならないと痛感している問題がある。短波国際放送の政府による管理である。

インターネットでの情報発信が急速に発展している今日、短波放送の情報伝達手段としての役割が縮小していることは事実である。しかし、非常時においてインターネットは遮断されたりフェイク情報を流されたりする可能性が高く、ラジオさえ持っていれば地球の裏側でも聞くことができ、フェイクもほぼ不可能な短波放送は重要な役割を果たすことができる。戦乱に巻き込まれた在外邦人に正確な情報を提供するには最も適当な手段である。

しかし、NHKは前述のように短波国際放送を縮小する計画であり、それ以前にこれまでの実績をみても、緊急時に的確な放送を流すことはほとんどない。戦乱に巻き込まれた自国民に対して在日米軍向け放送FENやBBCが繰り返し情報を送り慰労している時にNHKは大相撲の中継とか、ほとんど関係ない放送を流しているのだ。門田隆将さんの『日本遙かなり』によればそのような体験をして帰国した日本人がNHKに抗議したところ、NHK側は「国際放送を聞いているのはあなたたちだけではない」と答えたという。

この感覚では、危機に瀕した日本人を救うことはできない。八俣送信所に政府による危機管理を主目的とする短波送信施設を作るべきである。100キロワット送信機が2基あれば、十分にその役割を果たすことができる。

ウクライナ戦争や中東情勢を見れば、いつ何が起きるか分からないということだけは分かる。その時のために邦人保護の手段を確保しておくことは、絶対に必要である。これもまた「電波の戦い」であることを忘れてはならない。(了)