国家基本問題研究所理事兼企画委員の加藤康子・産業遺産情報センター長・元内閣官房参与は10月13日(金)、国基研の企画委員会において、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員と意見交換した。
【概要】
9月14日サウジアラビアの首都リヤドで開催されたユネスコ(国連教育科学文化機関)の第45回世界遺産委員会で、長崎市の端島(通称軍艦島)を含む世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の、産業遺産情報センターの展示における戦時徴用を巡る追加の取り組みを評価する決議が審議なしで採択された。2021年、中国・福州で開催された第44回世界遺産委員会での、「朝鮮半島出身労働者に関する説明が不十分」という決議から一転した形である。日韓関係が改善しているなどの環境の変化もあるが、展示をリニューアルするなかで、基本方針である、一次史料や証拠などの記録の充実と端島元島民の記憶に基づく客観的事実をありのまま示すという原則がユネスコで大きな評価を得たと言えるだろう。
そもそも「明治日本の産業革命遺産」は、19世紀半ば、鎖国をしていたわが国が西洋科学の情報の乏しいなかで、開国と体制の変革を通し人材を育成し、わずか半世紀で工業立国の土台を築いたその道程を物語る、製鉄・製鋼、造船、石炭産業の遺産群である。8県11市に立地する23の資産は全体で一つの世界遺産価値を有しているが、19世紀後半からの半世紀の変化を顕しており、第二次大戦は対象の年代から外れる。
しかし、ドイツのボンで開催された2015年の第39回世界遺産委員会で同遺産が登録された時には、韓国の市民団体の凄まじい大反対キャンペーンが行われたため、日本代表団の佐藤地大使は、「意志に反して連れて来られて過酷な環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者がいた」と発言し、産業遺産情報センターの開設を約束した。2020年のセンター開設のさいには韓国側から「朝鮮半島出身の徴用者がいたこと」「犠牲者を悼む展示」が求められた。争点となった端島では、登録時より「強制労働が行われ百人以上が殺された」とか、「一千人以上が殺害された」などと偽のプロパガンダが囁かれ、端島元島民たちを苦しめてきた。史実に基づかない議論に終止符を打つため、戦時中何人が犠牲になったのかを正確に把握し、展示することに留意した。
具体的には端島炭鉱の元島民 100人近くの証言を収集したほか、朝鮮半島出身労働者の給与袋を展示し、端島炭坑の戦時中の保安日誌や保安月報をアーカイブ化し、労災の正確な記録を紹介している。調査の過程で戦後GHQが端島を調査したときの史料など、十万点以上の労働環境が分かる一次史料を発掘することができた。
さらに日本が徴用政策を実施していたことが理解できるように、台湾、朝鮮半島を含め、国民徴用令が公布された当時に大日本帝国の主権が及んだ範囲が示された史料を展示するとともに、戦時徴用に関する史実を明確にする年表を作成した。日本内地における朝鮮人の人口推移、朝鮮人の日本内地渡航・帰還、朝鮮人の日本内地の在留地など、当時の内務省の統計も展示している。また戦後の引揚の実態を示す米国国立公文書館所蔵のGHQ記録写真も初公開した。こうしてこれまであまり触れられなかった部分にも光をあてることで、歴史の全体が理解できる展示となった。
最後に、センターでの展示はユネスコ側からも高い評価を得たことを付言しておく。
【略歴】
東京都出身、慶応大学文学部卒業後、国際会議通訳や米CBSニュース調査員等を経て、米ハーバード大学ケネディスクール政治行政大学院修士課程修了(MCRP)。一般財団法人「産業遺産国民会議」専務理事、筑波大学客員教授、平成27年から令和元年まで内閣官房参与を務め、「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録に尽力した。現在は産業遺産情報センター長。 (文責国基研)